圧縮水素を使って発電するワンモーターの電動車両
2015年にトヨタが燃料電池専用車、その名も「MIRAI」を出したことに続き、ホンダも燃料電池車を名前で示す「クラリティ フューエルセル」を登場させた。もっとも、トヨタが一般向けの販売を行なうのに対して、ホンダの燃料電池車はフリート(官庁や企業)向けのリース販売のみというスタイルとなっているが、今後の水素供給インフラをにらみ、同じインフラを前提とした燃料電池車が増えてくるのは、水素社会へ向けたステップボードとなることは間違いない。
あらためて説明すると、水素社会が最終的に目指しているのは、再生可能エネルギーで生み出した電力を、水の電気分解により水素のカタチにして保存して活用すること。ご存知の通り、現在の電力供給というのは基本的に貯めておくことを想定せず、需要に合わせて供給する仕組みだ。しかし、再生可能エネルギーによる発電は需要に合わせたフレキシブルな電力供給は苦手。だからこそ、電気のバッファが必要となる。その手段として、可搬性にも優れた水素が有力候補となっている(充填時間が約3分と速い。大型バッテリー装置やフライホイール型の蓄電に対するメリット)。そのほか、水素は化石燃料の精製などからも生まれ、エネルギー多様化の共通フォーマット的な存在として使いやすいというメリットもある。
燃料電池車というと、排ガスの代わりに水素と酸素が反応した結果としての水(水蒸気)しか排出しないという点から環境対応車という面がクローズアップされているが、再生可能エネルギーの普及を考えるとクルマに限らず水素燃料電池は、キーになるテクノロジーといえる。
そうした点から、クラリティ フューエルセルに合わせてホンダは岩谷産業と共同開発した「SHS(スマート水素ステーション)」を販売している。これは商用ではなく、フリートユーザーが自分たちで運用する燃料電池車のために用意する水素供給装置。水道水と電気により水素を生み出し、コンプレッサーを用いずに350気圧まで圧縮する仕組みが特徴で、非常にコンパクトにでき上がっている。このSHS、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーと組み合わせて運用することで補助金の対象となるのも、水素社会の目指している姿を示しているといえるだろう。
大幅にダウンサイジングされた燃料電池システム
さて、水素を高圧(現在の規格でも700気圧!)としてタンクに充填、大気中の酸素と反応させて発電するというのが水素燃料電池の基本。水素を使うフューエルセル=燃料電池車とは、そうした生み出した電気によりモーターを動かして、タイヤを回して走るクルマとなる。開発初期には「走る化学プラント」とまで呼ばれ、車両のほとんどを燃料電池が占めていた時代もある。
また、15年前までは車両の床一面を燃料電池システムが占めていたこともあったが、燃料電池システムの小型化が、こうした市販モデルの実現につながった。なにしろクラリティ フューエルセルは、フロントフードの下に燃料電池・パワーコントロールユニット・駆動モーターを一体化して収めているのだ。その大きさはV型6気筒エンジンとトランスミッションを合わせたサイズと同等か、少し小さいくらい。
高圧水素タンクは、重量面(100kg以上!)でも体積面でもガソリンタンクに比べると巨大なものだが、パワートレインをコンパクトにできたことで、燃料電池車だからというエクスキューズのない広々とした室内空間を実現している。ちなみに、トヨタの燃料電池車MIRAIは、後席2人乗りの定員4名のパッケージングだが、クラリティ フューエルセルは後席3名乗車の定員5名となっているほどだ。
ちなみに、フロントフード下に収まるパワートレインは三階建て構造。一階にあたる部分に同軸タイプのモーターなどから構成される駆動ユニットがあり、ここでフロントタイヤを駆動する。二階部分に従来比で33%小型化したという燃料電池スタック、そして最上階には昇圧コンバーターが配置されている。注目は、この昇圧コンバーターだ。世界で初めて量産車において、ダイオードやMOS-FETをすべてSiC(シリコンカーバイド)としている。スイッチング損失の少ないSiCを使ってコンパクトにできたことが、小さなパワートレインの実現につながったという。