iPhoneにバックドアを用意すると、乱射事件が防げるのか?
個人的な意見としては、「Appleは確かに捜査に協力すべきではあるが、バックドアなどの仕組みを設けるべきではない」という考えです。ただし、筆者にとっても、この意見には奥歯にものがひっかかりながら絞り出すというのが実際のところです。
実際のところ、米国民の半数以上が「AppleはFBIに協力すべき」とするアンケート結果がいくつか出されています。テクノロジー業界は「個人のプライバシーと国家安全保障を天秤にかけている」と見られています。人々の生存に関わる安全保障がなければ、プライバシーの議論をしても意味がない。そんな考え方によって、AppleがFBIに協力すべきだという議論が形成されているとも受け取れるのです。
この論調については、筆者も納得感が強いのです。たとえ筆者が“プライバシー擁護派”であっても、です。サンバーナーディーノ市の事件は個別の事案であったとしても、筆者も現在、米国という、身の安全をいかに確保するかを重視すべき社会で暮らしているからです。
筆者が住んでいる地域でも銃撃事件は絶えません。また先日は、筆者もよく利用する高速鉄道BARTでの発砲もありました。暴動に近いデモも経験していますし、カーチェイスになると警察が主要道路を封鎖し、ヘリコプターのサーチライトがぎらぎらと街中を探し回ります。日本の東京に住んでいたときの頻度とは比べものになりません。
そうした、身の危険を感じる状況下に置かれることが少なくない場合、安全保障はより上位に置かれてしかるべき、という考え方を支持することは不思議なことではありません。
しかし一方で、例えば今回Appleがバックドアを用意したら、個人的な感情の行き違いに端を発した事件までも防ぐことができるようになるのか。こう考えると、Appleがバックドアになり得る仕組みを用意して、個別の事件の解決に協力することが「行き過ぎだ」であるとの意見に自信が持てます。
おそらく、iPhoneのバックドアの設置より先に、より厳格な銃規制を導入する方が、安全保障という面では効果的なのではないか、と銃がほぼ市中に存在しない日本から来た筆者としては思うのです。
皆さんはどう考えるでしょうか
Appleは米国政府に対して、専門家委員会の設置を求めたそうです。また、Google、Facebook、Twitterなどは、今回のAppleの姿勢を支持することを表明しています。Appleを含むこれらのテクノロジー企業は、捜査協力を行なってきましたが、iPhoneのロック解除を行うことと、これまでの情報提供とは異なる事例だと解釈する向きが強いのです。
また、今回の米国の動きを注視しているのは、米国民だけではありません。人々がスマートフォンで何を話しているのかを探りたい中国政府は、もしもAppleがFBIに屈する「前例」を作ってしまった場合、Appleに対して、同様の協力を求めることになるでしょう。
銃がある国、思想や言論の規制の可能性がある国は極端な例であり、日本で過ごしているとどちらにもさほど共感しにくいかもしれませんが、現在非常に難しい状況に置かれている点が伝われば、と思いました。
筆者紹介――松村太郎
1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。
公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura
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