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ディズニーランドは宗教か

2014年07月24日 07時00分更新

盛田 諒(Ryo Morita)/アスキークラウド編集部

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 「うちの学生が東京ディズニーランドでゴミを落としたら、キャストがサッと寄ってきた。『これは何ですか?』とキャストに聞くと、『星のかけらです』と答えたというんですね」

 國學院大學神道文化学部 石井研士学部長の教え子が体験した話だ。石井学部長によれば、宗教学者のあいだでは約10年前から、東京ディズニーランドの宗教性がたびたび指摘されてきたという。


宗教の基本構造は「分離・移行・結合」

 「ディズニーの宗教性は2つ。1つは圧倒的に空間ですね。外からは中が見えず、中から見えるのはディズニーのスペースだけ。外を走っているクルマの音さえ聞こえないようにしています」

 他にもディズニーランドは、3本の地下トンネルを走らせて飲食用のトラックを見えなくする、アトラクションの入り口に近づくほど音楽のテンポを速くする、映画の撮影手法によって距離を錯覚させるなど「夢と魔法の王国」にふさわしい演出を施している。「目的は世俗性の排除です」

 「我々にとって時間や空間は均質じゃない。差異によって意味が生まれる。楽しいときは短く、つまらないときは長く感じる。濃密な時間はどこかに必要。そういう必然性から宗教は生まれる。旧来は、山や滝や川など自然物がご神体になることが多かった。ある種の自然物に通常とは違う時空間を感じるためです。ディズニーランドは一般人が宗教性を感得する『聖なる場所』として成り立つのではないでしょうか」

 もう1点はコンセプト。入場料を払ったあとはアトラクションにお金を使わせない、キャストとゲスト(客)のコミュニケーションを重視させる……といったやり方は、宗教性のあらわれだと石井学部長は指摘する。

 「聖地巡礼でも祭りでもなんでもそうですが、基本構造は3つです。分離・移行・結合。その落差が大きいほどインパクトと救済感は上がるんですね。それまで所属していた団体から分離してからの移行期間が重要で、離脱する高さが高いほどインパクトがある」


地域共同体が失われ、ポップカルチャーが救いになった

 なぜ聖地としての東京ディズニーリゾートが受け入れられたのか。理由は戦後、高度経済成長に伴い、地域・血縁共同体が失われたからだという。

 「むきだしの個人が社会と対峙できなくなっている。ばりばり仕事をして、地位やお金を持っていても同じ。地域社会や親族に頼らず、自分で向き合える人間は多くはありません」

 新宗教などの宗教団体もあるが、信者数を見ると全体の1割にも満たない。それは日本人が日常に戻りづらい宗教ではなく、日常の延長線上にあるポップカルチャーに救済感を求めたためだ。

 「(戦後日本で)宗教団体の関与は嫌われています。言い方を変えると、深入りすることの危険性を察知している。オウム真理教だけが原因ではありませんが、忌避・拒絶感は強くなりました。東京ディズニーリゾートなら、パスポートに6400円を出せば安全に充足感が得られます。本当の充足感ではないかもしれませんが」

 東京ディズニーリゾートの熱心な女性ファンに話を聞くと、季節ごとに登場するキャラクターグッズの購入は「おさい銭のようなもの」と表現していた。東京ディズニーリゾートは海外のディズニーリゾートと比べても稼ぎが良いことで有名だが、成功の理由は日本人の宗教観にもありそうだ。本誌9月号の特集「ディズニーvs.KADOKAWA×ドワンゴ」でもコンテンツビジネスの王者としてのディズニーに迫っている。


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