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「作品」から「仕掛け」へ進化するカンヌライオンズ

2013年07月11日 11時00分更新

文●佐藤達郎/多摩美術大学教授、コミュニケーション・ラボ代表

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 “カンヌ”と聞くと、みなさんは何を思い出すでしょうか。南仏のビーチ? ムール貝と冷えたワイン? それとも映画祭?

 いえいえ、思い出して欲しいのは、何よりもカンヌライオンズです。実際、広告界やデジタルマーケティング業界の方にとっては、カンヌと言えばこの祭典。以前は「カンヌ国際広告祭」として広く知られていましたが、2011年からは“広告”の2文字が取れ、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」になりました。ライオンがシンボルとして使われていることから、公式ニックネームとして「カンヌライオンズ」と呼ばれています。

会場の外観・60周年記念のライオンのイラスト

60周年を迎えたカンヌライオンズ

 今年は60周年にあたり、6月16日〜22日まで開催されました。広告の、マーケティングの、クリエイティビティの、そして、実はデジタルやソーシャルのヒントも満載のこの「カンヌライオンズ」について、今年の話題作を含めて解説します。

「作品」から「仕掛け」のクリエイティビティへ

 カンヌから帰って来るとよく聞かれるのは、「今年のトレンドは?」という質問。もちろん最新のトレンドを知ることは大切ですが、単年のトレンドや話題作だけを漫然と眺めていても、自分自身へのヒントは多くありません。少なくてもここ数年の変化を見据えた上で、今年は? 来年以降は? と考えてこそ、実り多いヒントを手にできます。

 ここ数年のカンヌライオンズのいちばん大きな傾向といえば、「作品のクリエイティビティ」から「仕掛けのクリエイティビティ」へと重心が変化していることでしょう。テレビCM1本の出来栄え、バナー1本のアイデアよりも、テレビもデジタルもソーシャルも横断的に活用して課題を達成する「仕掛け」自体のクリエイティビティに注目が集まっています。

 例えば、2011年の話題作「American ROM」があります。ルーマニアの国旗をモチーフにしたROMというチョコレートバーが、突如パッケージを星条旗に変更。周囲が大騒ぎする中、1週間で元のパッケージへ復活するというもの。実は、愛国心を呼び戻して商品を売るための“仕掛け”だったというものです。

ルーマニアのチョコレート「ROM」のキャンペーン。2011年の話題作だ

 これは何もカンヌライオンズの受賞作の傾向ということではなく、現実のマーケティング・コミュニケーションが、急速に「仕掛け」の方向に動いていることを示しています。デジタルやソーシャルが高度に発達した現在、コミュニケーションを機能的にしようと考えれば、テレビCM1本だけ、ポスター1本だけで勝負するのではなく、Webキャンペーンやツイッター施策などからめた「仕掛け」として企画をしようとする方が、むしろ自然でしょう。

レジェンドが大集合、「クリエイティビティの足元を見つめ直そう」

 60周年を迎えた今年の最大の特徴は、審査委員長にレジェンド(伝説的クリエイター)をズラッと揃えたことです。ナイキで有名なダン・ワイデン、リーバイスほかの話題作で知られるジョン・ハガティ、タップ・ウォーターなど従来にない手法で数々の賞を受賞しているデビッド・ドラガ、ナイキ・フューエル・バンドが記憶に新しい世界最大のインタラクティブ・エージェンシーR/GAのトップであるボブ・グリーンバーグなどなど。さらに、セミナーの目玉としては、アップルの広告で有名なリー・クロウが登場。カンヌでの殿堂入りも果たし、自らのクリエイティブ哲学について熱く語りました。

スピーチをする“レジェンド”の1人、リー・クロウ

スピーチをする“レジェンド”の1人、リー・クロウ

 こうしたレジェンドたちが居並ぶ審査会やセミナーでは、「次のトレンド」よりも、どちらかと言えば、「クリエイティビティとはそもそも」といったニュアンスが強くなります。審査委員長を務めたレジェンドたちは、かなり高齢。これを、「今年の審査はコンサバティブだった」と感じた比較的若手の審査員もいたようです。しかし別の見方をすればそれは、広告やマーケティング・コミュニケーションやクリエイティビティとはそもそもどうあるべきなのか? といった足元を見つめ直す機会であったとも言えるでしょう。

注目を集めたDOVEの「Real Beauty Sketches」

 実際の注目作も、ひとつご紹介しましょう。DOVEのReal Beauty Sketchesです。もっともイノベーティブで革新的な施策に与えられ、他の部門よりも一段格が高いと言われるチタニウム部門のグランプリを受賞したほか、サイバー部門ゴールド始め、他の部門でも数多く受賞しました。

 DOVEは、スキンケアや石鹸のブランドで、アンチ・メイクの立場から、「自分自身の美しさに気づこう」という趣旨のReal Beautyキャンペーンを長年繰り広げており、2007年には同じテーマの作品でフィルム部門グランプリを受賞しています。

 今回のReal Beauty Sketchesは、ブラジルの作品。FBIで目撃者の証言から犯人の似顔絵(スケッチ)を書く仕事をしている絵描きを呼ぶことから、ストーリーは始まります。何人かの女性が現れ、まず本人が自分について語った内容を元に(絵描きは本人を見ることなく)似顔絵を描きます。次に、今度は、他の人の証言を元に、同じ人の似顔絵を描く。そして、その2枚を並べて見る。すると、どうでしょう?

 どれも、本人以外の人の証言を元に描かれた似顔絵の方が、美しいのです。好感が持て、自信があるように見えます。動画の後半では、本人たちに2枚の絵を並べて見せるのですが、登場した何人かの女性達は一様にその差に驚きます。中には、涙を浮かべる女性も。そこにDOVEからのメッセージが。「あなたは、あなた自身が思っているよりも、美しい」

DOVEの「Real Beauty Sketches」

 この動画は、僕自身もソーシャル・メディア経由で知って何度も見ていたし、一部大学の授業でも紹介していました。4月にローンチしたばかりなのに、6月時点において全世界で1億1400万回視聴されており、広告関連動画の新記録だと言います。グランプリ受賞式では、メインに登場した3人の女性が壇上に登るなどのサプライズも用意されて、大きな拍手で迎えられていました。

 ほかに今年特に目立った注目作としては、Dumb Ways to Die(ひどい死に方の数々)があります。フィルム部門、インテグレーテッド部門、PR部門、ダイレクト部門、ラジオ部門、なんと5つの部門でグランプリを受賞しました。これは、オーストラリアの地下鉄公社のために行なわれたキャンペーンで、酒酔いや不注意から線路に落ちて死亡する若者が絶えないことから、若者に対して、地下鉄で死ぬようなことのないよう注意を促したものです。

オーストラリアの「Dumb Ways to Die(ひどい死に方の数々)」。さまざまな「ひどい死に方」をかわいらしいアニメーションで紹介

 さらに、同じフィルム部門のグランプリ(フィルム部門は今年グランプリが2つあった)、ブランデッド・コンテンツ&エンタテイメント部門、サイバー部門の3冠を獲得した「The Beauty Inside」キャンペーン(インテル&東芝)も話題を集めていました。

カンヌライオンズの魅力は背景がつかめること

 カンヌライオンズをウォッチングする魅力のひとつは、こうした「仕掛けのクリエイティビティ」に溢れたさまざまな施策について、応募ビデオや応募ボードによってその内容が分かるということです。

 イマドキのキャンペーンは、YouTubeで動画を1本だけポンと見ても、その背景や狙いはよく分かりません。動画自体の面白さは伝わってきたとしても、自分自身の仕事へのヒントは得づらいのです。しかし、応募ビデオやボードには、課題から狙いまでがコンパクトにまとめられている。それはある種の「宝物」でもあります。

 そして、現在の受賞作のほとんどは、デジタルやソーシャルも活用したキャンペーンになっています。デジタルやソーシャルの視線で見ても、多くのヒントが詰まっていることは間違いないでしょう。

セミナー会場に入るため行列に並ぶ参加者たち

セミナー会場に入るため行列に並ぶ参加者たち

著者:佐藤達郎(さとう・たつろう)

多摩美術大学教授、コミュニケーション・ラボ代表。1981年一橋大学社会学部卒業、アサツーディ・ケィ勤務。コピーライターからクリエイティブ・ディレクター、クリエイティブ戦略本部長に。博報堂DYメディアパートナーズ移籍後はエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務める。2004年カンヌ国際広告祭フィルム部門日本代表審査員。
著書に『教えて!カンヌ国際広告祭 広告というカタチを辞めた広告たち』(アスキー新書)、『自分を広告する技術』(講談社+α新書)、『アイデアの選び方』(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。受賞歴に、カンヌ国際広告祭、アジア・パシフィック広告祭(アドフェスト)、東京インタラクティブアドアワード(TIAA)、ACC賞など・審査員:カンヌ国際広告祭フィルム部門、アドフェスト、New York Festival、ACC賞などがある。

『佐藤達郎のどこよりも早い「2013年カンヌライオンズ」速報』開催決定!

 カンヌ国際広告祭フィルム部門日本代表審査員(2004年)である佐藤達郎氏がどこよりも早く今年のカンヌライオンズを報告するイベント佐藤達郎のどこよりも早い「2013年カンヌライオンズ」速報が7月24日、東京・渋谷で開催されます。お好きなドリンクを飲みながらのライブ形式で受賞作品を解説。お得なペアチケットもあります。

日時
2013年7月24日(水) 17:00〜(16:30開場)
会場
FabCafe(東京都渋谷区道玄坂1-22-7 道玄坂ピア1F)
料金
5000円(ワンドリンク付き)、ペアチケット8000円
主催
株式会社ルグラン

詳細・申し込みはhttp://eventregist.com/e/cannes2013から

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