子供の頃から親しんできた、僕の見た宮沢賢治の世界を描きたい
―― そのイーハトーヴ交響曲を書かれるに至る経緯をお伺いしたいんですが。
冨田 僕が小学校5年か6年の頃、戦時中でしたけれども、叔父や叔母たちが読んだ本がそのまま、物置きにいっぱいあったんです。その中に『銀河鉄道の夜』があってね。それまで僕は宮沢賢治なんて知らなかったんですよ。内容も、小学校5、6年じゃ分からない。ただ、すごくメタリックに光る、キラキラした印象があったんです。それで高校から大学に入ってもう一回読んだんです。宮沢賢治って、原稿のページ数も書かなかったらしくて。
―― 版によって原稿の順番が違うんですよね※2。
冨田 そう、位置が違うんですよ。銀河鉄道でも、カムパネルラが川に落ちて死んだところが、最初だったような記憶があるんですよ、最初に出た版ではね。それで最近読むと、カムパネルラが死ぬのが一番最後のところに出てきたり。もちろん宮沢賢治の研究者、弟さんの清六さんなんかも一緒になってページの位置を決めたんでしょうけど。
―― 銀河鉄道の夜は、死後に原稿が見つかったんですよね、確か。
冨田 なんかね、普通、夏目漱石とか森鴎外じゃ考えられないような。(ほかの作家は)もっときちっとしてますよね。ほかにも「雨ニモマケズ」の中に「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」を、みんな「ヒデリ(日照り)ノトキニハ……」と直しちゃてる。その後が「サムサニナツハオロオロアルキ」とあるので、冷害なんですよね。だからヒドリは「日どり」、つまり日雇いのこととも取れるんですよ。うちに宮沢賢治の自筆が額にはまってあるんだけど。あ、下から持ってこようかな。
―― 冷害による不作で、日雇いの仕事に出ている状況かもしれないと。
冨田 でも、どっちでもいいんですよ。これが宮沢賢治の不思議なところで。たとえば初音ミクがエンタティナーとして出てくる「注文の多い料理店」では、死んだはずの猟犬がいきなり飛び込んできて、最後の土壇場で食べられようとしている二人を救うわけですけど、この意味がわからないんです。こういうのを研究したって深みにはまっちゃうだけで、結論は出てこない。じゃあ宮沢賢治の話はいい加減だから、誰も読まないかというと、そうじゃない。読んで何も感じなければ、原作には何もないわけだけれど、感じるものがあれば、それは宮沢賢治にとって重要な部分じゃないかなと思っているんです。
―― そういう意味では音楽的ですよね、宮沢賢治の作品というのは。
冨田 ただ、宮沢賢治の世界を音楽で表現するとこうなりますよという書き方ではなく、僕が子供の頃から親しんできた、僕の見た宮沢賢治の世界というものを、今回は描きたいなと思っているわけです。
※2 宮沢賢治の作品は著作権が消滅しており、青空文庫ですべて読むことができる。

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