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星新一がコンピュータで甦る? 人工知能は芸術を創れるのか?

2012年10月23日 12時00分更新

文● 美和正臣 撮影●小林伸

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松原 仁(まつばらひとし) 人工知能研究者・工学博士。1986年東大工学系大学院情報工学専攻博士課程修了。同年通産省工業技術院電子技術総合研究所(現独立行政法人産業技術総合研究所)入所。2000年より公立はこだて未来大学教授。2050年までに人間のサッカーのチャンピオンチームに勝つロボットチームの実現を目指すロボカップの提唱者の一人。2010年情報処理学会50周年事業で将棋の清水市代女流王将に挑戦して勝利した「あから2010」開発チームの責任者。2012年より社団法人人工知能学会副会長。

 9月7日、なんとも夢のある記事がネット上を賑わした。人工知能を搭載したコンピュータに星新一さんが得意としたショートショートの小説を書かせ、ペンネームで応募し、あわよくば入選させようというのである。プロジェクト名は「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」。この計画を発表したのは、公立はこだて未来大学の松原仁(まつばらひとし)教授だ。数人のグループで開始するとしており、ブレーンには「パラサイト・イヴ」でも有名な作家の瀬名秀明さんが参加しているという。今回、この松原教授にプロジェクトの概要を伺う機会を得た。まずはどうしてこんなことを始めることになったのか、お話を聞いてみよう。

言葉の善し悪しは
検索エンジンを利用する

――まず、今回のプロジェクトに瀬名秀明さんの名前が並んでいるのですが、そのあたりからお話を伺えますか。

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瀬名秀明ロボット学論集
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読楽 2012年 05月号 [雑誌]

 瀬名さんはずっと題材としてロボットを追われていて、ロボカップを始めた1人ということで、取材を受けたのが最初です。『ロボット学論集』も出していらっしゃいます。90年代後半くらいには、日本のロボット研究者のほとんどの人に会われたのではないでしょうか。ロボカップの世界大会にもいらっしゃったので、何度もお会いしているうちに友人になりました。はこだて未来大学でも講演してもらったし、(ご自宅のある)仙台でも会ったりしています。

 今回の話のきっかけは瀬名さんと私で飲んでいた時に、「コンピュータで小説を作れないか?」という話になったのがきっかけなんです。瀬名さんとは徳間書店の月刊誌「読楽(どくらく)」という文芸誌で対談して、そのときに「こういうプロジェクトをやりたいね」という話を2人でしていました。「コンピュータに小説は作れるかしらね」みたいな話をして、「官能小説やライトノベルではいまでもコンピュータを使っているかもしれないけれど、普通の小説はまだだからやってみたら面白いのではないか」という話になりました。

――話が出てきたのは2011年のことですか?

 そうです。瀬名さんには去年の半ばくらいからグループに入ってもらって、星新一さんのお嬢さんの星マリナさんとお話したのが去年の11月か12月だったと思います。今年に入ってからは3人の間でメールが飛び交って、「面白いからやりましょう」という話になりました。星マリナさんに紹介してもらって新潮社の方と会って、電子データを使わせてもらえないかという話をしたのが今年の春ぐらいです。

――話しかけるとキーワードを拾って反応する人工無能って昔からあったじゃないですか。PCをずっと追いかけてきた人間からすると、今回の話はそのイメージがあります。PCが作家になるわけですよね。どういった構造で組み立てて出力するのかということが不思議でしょうがない。簡単に概念みたいなものを教えていただけると大変助かるんですが。

 小説の作り方は、プロット、要するにあらすじを考えるのと、それができたら文章化するという2つのプロセスです。一般にはコンピュータにプロットを作らせる方が創造的で難しいと言われています。新しいプロットを作らないといけないから創造性が必要なんですよね。プロットさえさえできれば、人工無脳じゃないけれど、今の自然言語処理の技術を使えばそれなりにできるんじゃないかと思われているのではないでしょうか。

 でも私の直感は逆で、プロットを作る方は比較的うまくいって、それをちゃんとした日本語にする方が難しいのではないかと思っています。人工無能のチャットやゲームのソフトなどではそういった処理をコンピュータでやるものがたくさんありますけど、あれは短い文章で相槌をうったりするだけだから、あまり破綻しないわけです。長い文章、2文以上の文章を、脈絡をつけて日本語で生成するというのは、現在の言語処理の技術でもそんなにうまくいっていないんですよね。そこが難しい。このプロジェクトには自然言語の専門家にも入ってもらっていますが、その彼はずっと「8000字は長すぎる!」と言っています。ショートショートでも長すぎて難しいと。

――ショートショートの文章量は原稿用紙20枚で、それを目標にするという話ですよね。

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小さな物語のつくり方
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小説 野性時代 第102号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐05 (KADOKAWA文芸MOOK 104)

 今後5年間かけてやりますから、最初はもっと短い携帯小説のような100文字前後のものとか、400字の小説を作るところから始めようと考えています。そういう賞も多いですからね。まずしっかりとした日本語にするのが難しいので、プロットを作らせるのが簡単だなんて言うつもりはありません。作家の一番大事なところはそれを作るところだと思いますから。

 星さんのお弟子さんの江坂 遊さんが『小さな物語のつくり方』という本を書かれています。Excelなどで形容詞と単語を並べますよね。「美しい女性」とか、既存のところからペアで全部並べていく。それをいっせーのせで形容詞と名詞をずらすと、全然違うものができあがります。例えば「たくましい女性」って、昔は珍しかったけど今では珍しくないですが、本当に珍しい組み合わせができたときに、それで話ができないかっていうのを考えるわけです。江坂さんは、ショートショートのプロットのアイデアというのは、そういうところから未知の組み合わせを思いついて、それが使えるかどうかっていうのが発想の原点とおっしゃってます。星さんはそういうことを結構していて、メモノートとかが残っているらしいです。だとすると、コンピュータはトライ&エラーが得意というか、人間のように偏見がないので、未知の組み合わせを作るという機能はコンピュータでできるかもしれないと考えられます。

――人間にとってはその組み合わせがものすごく斬新だと思うけれど、コンピュータは分からないわけですよね。そこをどういう風に判断させるのでしょうか。

 コンピュータ自身は判断できないですが、インターネットという先生がいるので、それと組み合わせることを考えています。例えば、ある言葉の組み合わせで検索をしたときにヒット数が少なければ、この組み合わせは珍しいということがコンピュータには疑似的にわかるわけですよね。

――なるほど、数値的に判断させるわけですね。

 人間も、この言葉の組み合わせでどれくらい検索エンジンでヒットするのだろうとかやりますよね。マーケティングでもそういう手法がありますが、非常にヒット件数が少ないとなれば、これはもしかしたら斬新なのかもしれないと思うわけです。でもそういうもののほとんどは価値がないものなんですが、その中にもしかしたら「光る」ものがあるかもしれない。難しいのは、この「光る」新規の組み合わせをコンピュータが作れるかもしれないけど、ショートショートを作ろうとすると、そのまま作るとほとんど駄作になってしまう可能性が高いということなんです。その中でどうやって「光る」もののを選び出すのがポイントだと思います。それは正直に言うと、今、解はないわけです。解があったらできるということになるんで(笑)。

――プロットを作って、検索件数と比較して、いけるんじゃないかと考えるわけですよね。すると、プロットに対して合う言葉を選んできてストーリーを作らないといけないわけじゃないですか。そこはどう組み立てる予定なんですか。

 ゼロからはいまの人工知能では無理なので、星さんの作品を部品化することを考えています。一文そのままを貰ってこられるかわからないですが、星さんの文章の文節を使える可能性は結構高いとこちらは思っていています。借文という考え方ですね。英作文を勉強するときに、日本人はゼロから作るのが大変だから、基本例文をたくさん覚えますよね。実際に英作文をする時には似た文章を持ってきて、単語とか動詞とかをちょっと変えますが、例えばそれをやれば星さんの文体を保ったまま単語を一部入れ替えて文章を作れます。

 でも、それが難しいところで、本当にちょっとだけだと、ほとんど星さんのパクリじゃないかと言われてしまうわけです。このプロジェクトは星新一さんを先生とするのですが、先生とちょっとずれる必要がある。5年間の経過としては、最初は「どこを見ても星さんだよね」から始まって、「このストーリーはなかったかもしれないけれど、星さんだよね」を中間地点とし、それだと星さんから抜けられないので、最終的には「星さんの影響は感じられるけれど、新作だよね」という形にしたい。これは小説だけじゃなくて、絵画だろうが音楽だろうが、先生に学んでる弟子がみんな抱えている問題だと思うんですけどね。今回のプロジェクトも基本的にそれを踏襲する形になる。最初は結構、星さんに似ているところから始める。英作文じゃなくて「星借文」みたいにです。星さんのマニアからすると、ここから取ったと分かるような、そういう感じになると思います。

――なるほど。プロットを作って、その後の文章の流れは過去の作品を部品にするわけですか。

 そうです。新潮社さんからほぼ全作品の電子データを提供してもらえることになっているので、それを分析するところから始めます。いろいろ調べてみると、星さんの小説を満遍なく分析して、プロットとか、扱っている単語とかを統計評価している人がいるので、そういう研究も参考にしようと考えています。

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