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星新一がコンピュータで甦る? 人工知能は芸術を創れるのか?

2012年10月23日 12時00分更新

文● 美和正臣 撮影●小林伸

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長編小説になると
飛躍的に難易度が上がる

――お話を聞いていると、かなり難しいプロジェクトですよね。

 難しいです。極端に言うと研究っていうのは難しくないとやる意味がないので(笑)。

――まずは8000文字っていう形ですよね。

 8000文字以内です。4000字以内っていうのがいい線かもしれませんけど、とりあえず8000字を越えることがないというショートショートを考えています。

――ここで1つ雛形ができたとします。仮想人格的な作成マシンができたとするじゃないですか。そうすると今度はもっと長いものができるんじゃないかって話になってきますよね。例えばアガサ・クリスティは長短含めると作品数が数百はあるわけじゃないですか。それを同じようなアプローチでやっていくと、星新一さんの8000字の世界から、何万字の世界になってくる。文字量やプロット量が増えてきて、オチとしてドンデン返しまで出てくると思うんですけど、そういうところまで行き着くことはできるんでしょうか。

 瀬名さんと最初に話し合っていたのは、「目標は、めざせ芥川賞、直木賞!」なんですよね。コンピュータに取らせたいと。

――リリースを読んでいたら、匿名で賞に応募するという話がありましたけど。

 さすがにこの5年は、ショートショートの賞に応募するくらいですけど、その先には芥川賞・直木賞とかを考えています。原稿用紙だと200枚くらい、10倍になりますかね。ただ、星さんのようなショートショートがそれなりにうまくできたとして、それをそのまま延長してうまくいくかというと難しいと思います。星さんは長編もいくつか書いていますが、ショートショートに比べるとアイデアの練り方も大きく違うと思いますから。

――それはどう異なるのでしょうか?

 長編小説の作成がコンピュータに難しい理由は、出てきた登場人物の人となりとか、生まれてからのこととか、そういうことがかなり書き込まれているためですね。「この主人公が生まれた時には~」とかいう、本題とは違うようなところから寄り道していく。寄り道といっては著者に失礼だけど、今の時代でのメインのテーマを含む、いろんなものが出てくるんです。

 一方、ショートショートはそういう書き込みがなくて、いわばメインストーリーのみなんです。長編のような膨らませ方というのはショートショートにはないので、それをやるためにはまたさらに新たな挑戦というのが必要だと思います。星さんのショートショートは、人の名前がエヌ氏で、中島とか具体的なものは出てこない。中島と表現すると、この人は何歳だとか、何県で生まれたのか、親はどうしているとか、こちらとしても考えたくなる。星さんの作品では「エヌ氏っていうのは博士だった」と書かれていたら博士であって、メインのストーリーとは関係ない事柄は全然出てこないわけですよね。ショートショートっていうのは、基本的にそれで完結する。プロット内で「閉じている」というのが、とりあえずコンピュータで始めるには扱いやすいかなと感じたわけです。

――そう考えると閉じているという意味においては歴史小説というものも比較的簡単かもしれませんね。歴史はもうすでに決まっていて、ここからこの時期をポコンと取ってきて、そこに人物と文章作成エンジンをあてはめて、ということも可能ですよね。ある時代があって、そこに対して人物がいて、人の心や行動の振れ幅みたいな感じのものを付け加えて行くという感じで。

Image from Amazon.co.jp
菜の花の沖〈1〉 (文春文庫)

 歴史小説みたいなものは、その人が生まれてからの行動を入力して、いわゆる伝記生成アルゴリズムみたいなのを使うことになるでしょうね。年表から伝記を作るというのは、研究テーマとしておもしろい。ショートショートとはタイプが違うかもしれないですけど、コンピュータに取り組みやすい課題かもしれません。伝記ができれば、それに蘊蓄を加えれば歴史小説になるかもしれない。司馬遼太郎さんが書いた小説に『菜の花の沖』というものがあります。高田屋嘉兵衛という函館を大きくした海運商がいるのですが、函館にとっては英雄なので今読み直しているんです。年表に高田屋嘉兵衛のエピソードを付け加えて、司馬さん風にしたければ現代の蘊蓄をそこかしこに散りばめるとかする。例えば、司馬遼太郎さんの書く歴史モノの「もどき」というのは、コンピュータで対応するプロジェクトとしてありかもしれませんね。

――『菜の花の沖』って、最後に高田屋嘉兵衛が死ぬときに「ウラー(万歳)」というロシア語の言葉で見送って欲しいというセリフが出てきますよね。あの文章を入れたタイミングって本当に絶妙で、その後の1文と合わせて高田屋嘉兵衛の人生最良の思い出と日本の鎖国政策の状況を表している。あの発想っていうのはコンピュータになかなか出てこないんじゃないかって気がするんですが。

 あれは何回も読み直したのですが、あそこが一番いいシーンですよね。あれをゼロから思いつくのはコンピュータには無理ですけど、ああいう終わり方をしている司馬遼太郎の作品、もしくは歴史小説があれば可能だと思います。主人公が海運商でロシア語じゃなくてもいいのですけど、死ぬ直前に異国の言葉を発して周りの人が分からないという小説がどっかにころがっていれば、それをうまくアレンジして、ああいう形はできる可能性はある。

 本当の「創造」っていうのは、無から有を生み出すことという見方があります。人間がどうやって創造性とか芸術性を発揮しているのか、まだ分かっていません。ずっと分からないのかも知れないけれど、我々は「創造」というものの一部は「新しい組み合わせを生み出したこと」だと考えています。それは私たちが言い始めたことではくて、いろいろな人が言っていることですけど、芸術作品の場合でも新しい画期的な技術というのは既存の技術を組み合わせたものだと言います。いろいろな人がショートショートを書いていますが、本人が意識しているのかしていないのか分からないけれど、部分部分を取って見てみると多くの場合、その原型っていうのは過去の作品にあるのではないかと思うんです。だとすれば、組み合わせを新しく作り出すということは、コンピュータは得意なので、できる可能性があるかなと思います。おっしゃる通り、この世界でその小説が初めてというパターンは、少なくともコンピュータには今のところできないし、このプロジェクトでもそんな小説は書けない。例えば、アガサ・クリスティ―みたいに「最後は私が犯人だった」っていうものをゼロからコンピュータには作れない。今はあれがあるので、最後に書き手が犯人だったというものはコンピュータでも書ける可能性はありますね。

――このシステムが出来上がるとするじゃないですか。この技術が一般的に広がってくれれば、音声入力とかと組み合わせて、「なんとかって人に謝る文章書いといて」と言うと自動で作成してくれて、「このたびは大変申し訳ございませんでした~」とか、メールを送ってくれるとか、そういうのがあるとうれしいなと思います。全然心がこもってないけれど(笑)。

 手紙とかメールの文章は、ショートショートよりは簡単でしょうね。音声はともかくとして、文章の生成は結構いい線をいってると思います。謝る文章とか、御礼を言う文章とか、ワープロソフトでも定型のものがありますよね。あれがもうちょっと賢くなれば、私の名前と、謝りたい人の名前と、ドジった事実を書くと「大変申し訳ございません、こんな粗相をしてしまいました。二度と致しません」と出力できるでしょうね。謝り方は決まっているので、それはショートショートよりも短いし、ある程度はできていると思います。ショートショートがかなり難しいのは、最後落として、読んだ人に最後に「ああっ!」と言わせないといけないですから。とくに星新一さんのタイプはそうですね。謝る手紙の自動生成を考えるのなら、官能小説の方が謝る手紙に近いかなと思います。

――官能小説のほうが楽なんですか?

 官能小説は、作成ソフトがインターネットに転がっていますよ。

――ある作家さんが「官能小説 用語 表現辞典」の中の例文を読んでびっくりしたとおっしゃっていました。ウナギを捌くときに目釘を打って止めるというのがありますけど、「彼女の身体は目釘を打たれたウナギのようにのたうちまわった」とか、そんな独特な表現は私には思いつかないよとおっしゃっていて、「あれはあれで特殊な世界だ」みたいなことを言っていました。

Image from Amazon.co.jp
官能小説用語表現辞典 (ちくま文庫)

 官能小説はオチはない小説で、その代わりに30ページ読み進んで初めて感心したというのは困るので、各ページに目的を果たすようなものを入れなければならないわけです。話に関係ないものが30Pも続いていると目的を外すわけですね。早く本筋に入って、それなりに感情移入をできるようにと、目的がはっきりしているので比較的作りやすいのではないかと思います。あとライトノベルと言われている小説も難しくはないかもしれません。主人公がいて、仲のいい友達と、仲の悪い友達がいて、恋人がいて、三角関係の相手がいて、ぐちゃぐちゃで、仕事もあり、恋もあり、最後波乱万丈いろいろあるけれど、最後は幸せにね、というストーリーがベースだとすると、舞台とか、主人公の仕事とか年齢層とか何処の国で何をしているとか、いろんな組み合わせでどんなトラブルがあることにするのかとか、彼氏が真面目な人にするのか遊び人にするのか、そういうパターンを組み替えることで可能でしょうね。外国の話でいうと、そこの組み合わせの生成をコンピュータにさせているという例もあるみたいです。この組み合わせでライバル社はまだ本を出していないから、この組み合わせで本にすると売れるといったような分析もあるそうです。

――いわゆるハーレクインものですよね。

 そうです。ああいうタイプは、プロットが決まっていますよね。何かあって、起承転結じゃないけれど波瀾万丈のできごとがあって、最後にハッピーエンドになっている。そこに何を入れていくかっていうだけになる。逆に言うとライトノベルも、文章化は作家がしているという話です。やはりいまのコンピュータにとってはそこが難しいのだと言いますね。

――我々は編集兼記者をやっていて、いつも自分が書く量は35文字×200ラインくらいなんです。それぐらいの原稿を、写真とリリースをボーンと入れると画像認識でここに入れたいんだろうなっていうのを自動的に判断して全文作成してくれると、人生が楽になるなと思ってるんですけどね(笑)。

 今年の春にアメリカの新聞で、新聞記事をデータから自動生成するシステムの研究というものが載りました。それができると、新聞記者がいらなくなるっていうのを新聞記事で見て、「これを書いている新聞記者はどういう気持ちで書いているのかなぁ」と思いましたよ。一部できるとは思います。例えば事故の記事は定型ですから、どこでどういう事故が起きて、どういうケガ人がいて、死者がいて、加害者がいて、とかですから。5W1Hで大体記者の書くことは決まってますし、芸術的な形容詞とかいらないからそんなに難しくない。新聞の記事のほうが、コンピュータなら自動生成しやすいですね。昔の似たような記事ってたくさんありますから、似たような事故の記事を持ってきて、数字とか場所を変えれば記事として成立する。そんな記事にオリジナリティとか、感想とか書いてないですから。

 ショートショートは、人をクスっと笑わせるとか、人をなんとなく幸せな気分にするとか、そういう抽象的な目的でそれを満たせればなんでもありっていうところが難しい。瀬名さんからは三題噺、落語家が観客から単語を3つくらい聞いて即興でやるっていうのがありますけれど、それを勉強しなさいって言われています。あれは落語家さんがすごいと思うのですけど、コンピュータにやらせようと思ってるのは、比較的それに近いことなんですよね。落語家さんの三題噺は、今までの自分が勉強した落語の知識とか、基本的な笑いのパターンっていうのをたくさん持っていて、素人にわからないようにそれらを組み合わせて話にするからうまいと感じるのでしょうね。あんな5分間で、三題噺でゼロからストーリーを全部生み出したら天才だと思うんですけど、普通の人は組み合わせていると思いますね。

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