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コンプガチャ規制についての考察 第1回

規制に論拠はあるか

コンプガチャ規制は政策として誤っている

2012年06月16日 09時00分更新

文● 田中辰雄

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(3)コンプガチャに適用できるか

 ここでソーシャルゲームのコンプガチャにこれらの理由が適用できるかを考えてみよう。するとあまり当てはまらないことに気づく。

 第一の利用者が子供というのはまったくあてはまらない。利用者は子供ではなく大人である。それも30~40代が多く、確率を大きく見込み違いをするような年齢ではない。

 確かにコンプの確率の計算自体は難しく、コンプシミュレータなるものまでつくられているほどで、全部そろうまでの期待回数の確率計算は容易ではない。しかし、これは一人でやるゲームではなく、ソーシャルゲームである。全部そろうまでに何回まわしたかの情報はプレイヤーの間でやりとりされており、「私は5回でそろった」「8回かかった」「15回まわしてもだめであきらめた」などの情報がやりとりされている4。

 このような友人の口コミ情報からコンプまでにかなりの金額が必要になることは周知のことであり、それを知らなかったということはない。

 一部に確率計算でだまされているという見解があるが、それはユーザでない人の意見であり、実際のユーザの言動にそれをうかがわせるものは見られない。コンプを回すようなユーザはかなり入れ込んだコアユーザで、3万円かかった、5万円になった、などの情報をもとにコンプに臨んでおり、覚悟の上であったと考えられる。

 第二の、景品のほうが商品よりおおきくなってはいけないという論点もあてはまらない。なぜなら、カードは景品ではなく、ゲームの一部であり、いわば商品そのものだからである。

 コンプガチャで手に入るのは、ゲーム上で使われる強く魅力的なカードで、ゲームの不可欠な一部である。ただ、たくさんカードを引かなければあたらないので、結果として高額化しているだけである。キャラメルと景品の例になぞらえれば、キャラメルの景品が高額化しているのではなく、キャラメル自体が高額化して高級キャラメルが売られていることに相当する。景品は存在しておらず、あるのは商品だけなので、商品と景品の本末転倒は起きようがない。

 一般論として言えば商品(この場合はゲームアイテム)の価格付けは業者の自由であり、高額で販売してはいけないという法はない。消費者庁はコンプで得られるレアカードは景品であって一般のカードではないという見解のようであるが、この論理を理解できるプレイヤーはいないだろう。

 第三の確率操作の問題だけは、論理的には可能性がある。実は実際のユーザの間でもっとも多い不満はこれである。特に最後の一枚になったときが問題とされることが多い。

 たとえば5枚そろえるコンプで4枚がそろい、あと残り一枚となると人間の心理としてやめにくくなる。ここで何度も出ないことが続くと、確率が操作されているのではないかという疑念が生じてくる。わざと4枚を簡単にそろえさせ、その後出にくくしているのではないか、私は騙されているのではないかという懸念である。

 念のために言えば、最後の1枚がなかなか出ないのは、確率が公正でも一定数は起こりうることである。しかし、電子的なくじでは操作はいくらでも可能であるので、疑いは絶えない。このような不公正な確率操作がもしあるならプレイヤーを欺くもので消費者の利益に反し、消費者庁は調査に乗り出すべきであろう。

 しかし、消費者庁がそのような調査に着手し、証拠をつかんだという話は聞かない。証拠がないまま、絵合わせに当たるとして警告を発し、結果的に禁止に追い込んでしまった。

 調べる方法はいろいろあっただろう。方法は業者にデータを出させるだけではない。ガチャを回した人に対して回数などアンケート調査すれば、確率の推定はある程度可能である。もし大規模に不正な操作をやっていれば、出方の分布が偏ってくるからである。必要なら消費者庁自らガチャをまわして調べることもできただろう。

 ガチャの確率が固定されているかどうかを調べる制度的仕組みをつくってよいし、もっと単純なのは、一定回数回せばかならずコンプできるように天井を設定することである。演出の工夫でそのような天井を設けることは可能である。

 不満は最後の一枚が出なくて非常に高額になったというケースが多く、そのように思いがけない出費を強いられる人を無くすだけで問題はかなり改善する。

 重要なのは、コンプガチャの禁止の影響は、お菓子の絵合わせの時よりもはるかに大きいことである。お菓子の場合、絵合わせ景品はお菓子の本体ではなく、その禁止がお菓子全体に及ぼす影響はたかがしれていた。

 しかし、コンプガチャ形式は(次回述べるように)ソーシャルゲームの重要な一部をなしている。それゆえに株価総額が2000億円も低下したのである。お菓子にたとえていえば、お菓子の砂糖の使用量を現状の半分にせよと規制をかけるようなことをしたと考えればよい。お菓子の甘さは商品の重要な特性であり、ここを規制すれば大きな悪影響を及ぼす。

 趣旨にさかのぼって考えると適用は疑問であった。子どもではなく大人がやっていること、カードは景品ではなく商品本体であること、確率操作の証拠が出ていないこと、これらから考えてそのままの適用には無理がある。

 思わぬ出費を強いられたとするユーザがいたとしても禁止する以外にも解決の方法はさまざまにあり、影響の重大性にかんがみていきなり禁止に向かうより慎重に検討を重ねるべきであっただろう。

 しかし、以上のように適用に疑問ありと言ったとしても納得しない人も多いだろう。このような法律の適用問題ではなく、そもそもコンプガチャ自体がおかしいという見解が世上にあるからである。

 デジタルデータに過ぎなく、通常なら300円で得られるカードに、なぜ3万も4万もお金をつぎ込むのか。そこにはうさんくさい仕掛けが隠されており、消費者をだましているのではないか。法律はともかくとしてこのようなうさんくさいものはなくなった方が業界の健全な発展のためにはよいのではないか。コンプガチャをめぐる議論には、そのような論調が見え隠れする。

 はたして、コンプガチャは怪しい手法なのだろうか? なくてもよいものなのだろうか。これを次に検討してみよう。

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