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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第29回

『アニメ作家としての手塚治虫』筆者・津堅信之准教授インタビュー

アニメ業界は手塚治虫から何を学べるか?

2011年09月28日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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新しいビジネスモデルは偶然の産物だった

―― アニメ作家としての手塚治虫先生の業績を見直すことで、アニメ業界の現状に対しての打開策が見つかるのでは、と感じています。

 手塚先生はどのようにして、アニメを生み出し続けられるような仕組みを作ろうとしたのか? それはどこが優れていたのか? に関して、取材・執筆を通じてお考えになったことを聞かせてください。

今回は、アニメーション史研究家にして、京都精華大学 マンガ学部 アニメーション学科 准教授を務める津堅信之氏に、アニメ作家としての手塚治虫について伺った

津堅 「結論から言うと、結果的にアニメビジネスが生まれたと考えています。当初から明確に計算や想定があったのではなく、走り出して、そこから得られたもの、実践されたものから取捨選択してビジネスモデルになっていったという形だと思います。

 というのも、鉄腕アトムは4年近く放映されていますが、当初は3ヵ月で終わる予定だったというのです。6ヵ月という説もあるので、どちらなのかは、さらなる検証が必要ですが」

―― 今でいう1クールとか2クールとか、深夜アニメみたいな単位ですね。

津堅 「そうです。毎週1本作ることの大変さ、非現実さを理解していた。作るのはいいけれども、長く続けるのは到底無理だろうという認識があったと思います。だから“まずは3ヵ月”という期間が示されたのではないかと。

 一方、ビジネスモデルでいうと、明治製菓がスポンサーになり、アトムシールをはじめとするキャラクターグッズを売り出すという形になっています。しかしこれも、放映と同時に始まったものではなく、タイアップ開始は数ヵ月後なのです。

 走り出してみて、どうやら行けそうなのでビジネスとして拡がっていった――そういう説明の仕方が正確だと思います。なおかつアトムから半年経つと、傍見していたほかのスタジオ、たとえば東映動画や竜の子プロも同じ形で始めるわけです」

―― なるほど。

『アニメ作家としての手塚治虫』津堅信之(NTT出版)/1963年から1966年まで放送された初代「鉄腕アトム」。テレビの黎明期に30分のアニメ番組を週一回放送するスタイルを確立した

津堅 「アトム1本では特殊事例ということで商売にはならなかったでしょう。ところが2本、3本、4本と出てきたことで、ある種のマーケットが形成された。そういう意味でも、結果としてビジネスモデルになったと言ったほうが良いと考えています」

―― 連続放送のアニメは鉄腕アトムで始まった、と誤解されている方も多いと思います。

津堅 「当時から輸入アニメは盛んに放映されていました。アメリカ製がほぼすべてで、1話5分からせいぜい10分ぐらいのものです。それを今日で言うところの帯番組として放映していたのです。たとえば月曜から金曜までの5時半から5時45分まで、というようなスタイルですね」

―― 30分ではなかった。

津堅 「はい。いわゆるテレビアニメは、アトム以前から本当に沢山あったのです。ただ、放送時間が短いものばかりだった。

 一方、30分番組としては少年向けのドラマ、月光仮面や忍者部隊月光が人気を博していました。これはわたしの仮説ですが、いわゆる“30分”のモデルは、これらの少年向け実写ドラマをある種下敷きにしたのではないかと考えています」

―― そういったドラマを見ていた子供たちをそのまま引っ張って来ようという狙いはあったかもしれませんね。

津堅 「そうですね。一方でアメリカからやってくる5分とか10分という短いテレビアニメシリーズの場合、手塚先生に言わせると『5分や10分とかじゃあ、もう、ほとんど一発ギャグやって、終わり』だと」

―― ストーリー作りが難しい。

津堅 「そこでテレビの編成に目を向けると、少年向けの実写ドラマで30分という形の枠がある。ではそれを使おう、というようなやり取りがあったと予想します。……残念ながら、このようなことを手塚先生が仰ったというコメントは、誰からも引き出せなかったのですが。

 まあ、『確信は無かったけれど、たまたま上手くいった』と言ってしまうと、もしかしたら草葉の陰で手塚さんが怒るかもしれませんけどね(笑)。ただ、証言を並べる限り、明確なビジョンがあったとはとても言えない。その代わり、手塚先生一流の勘はあったと思うんです。間違いなくお客はついてくるだろうという」

『アニメ作家としての手塚治虫』は、虫プロ出身者の杉井ギサブロー氏、林重行(りんたろう)氏ら多数の関係者への取材を元に著わされた

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