なぜオープンソースのコーデックが重要なのか
ここからは、なぜWebMのような新コーデックが必要なのかについて考えてみよう。
一般に、ユーザーがウェブブラウザーを利用する場合、(その機種やOSで動作する要件を満たしているのならば)好きなブラウザーを選択して無料でダウンロードできる。そのため「ウェブブラウザーは無料」などと考えてしまいがちだが、実際にはソフトウェア内部で使用されている特許やソフトウェア部品の許諾を得るために、特許保持者や権利者に対して一定のライセンス料が支払われているのが通例だ。
WindowsやMac OS Xなども同様で、ユーザーが支払っているOS料金の内訳に、こうした権利保持者への支払い金額が含まれている。「でも、ウェブブラウザー使用時にはお金を払っていないよ?」と思われるだろうが、前述のH.264のように特許に抵触する技術を使用している限り、製造者側から権利者に対して何らかの形で利用料が支払われている。ユーザーはそれを意識していないだけで、一見無料の製品のようでも間接的に利用料支払いは発生しているわけだ。
MicrosoftやAppleのようにウェブブラウザー自体がコアビジネスではない企業の場合、こうした支払いはたいした問題ではない。むしろ自身が権利者である可能性さえあり、これもまた特許を利用したビジネスの一環となる。
オープンソース陣営の懸念
一方で、オープンソース陣営の場合はどうだろう? 開発しているのは無償奉仕のオープンソース開発者たちであり、あくまでその成果をユーザーが利用しているにすぎない。つまり、ライセンス料支払いの方法がユーザーからの直接支払い以外に(基本的には)ないわけだ。
また、特許が絡む技術のオープンソースソフトウェアへの導入は特許紛争の原因となり、利用上の大きな問題となる。同技術を利用して作られる別のソフトウェアに波及する可能性もあり、こうした特許侵害の芽をあらかじめ摘んでおくのがオープンソース開発での必要事項となる。そのため、現時点ではライセンス料の支払いが凍結されていたとしても、H.264の導入には慎重にならざるを得ないのが実情だ。特に営利団体ではないMozillaでは致命的となる。
そこで、オープンソースでも利用可能な権利関係を放棄したコーデックが必要となり、登場したのが「Ogg Theora」だ。Theoraというビデオ圧縮コーデックに、Vorbisの音声コーデック、Oggのメディアコンテナを組み合わせたものになる。もともと、前述のOn2 Technologiesが開発した「VP3」がオープンソースとして公開され、それが改良されたものとなっている。
ただしコーデックとしてはすでに旧式のもので、最新のH.264などの技術と比べて圧縮率やパフォーマンスなどの面で必要十分な品質を備えていない点が指摘されている(これはMozillaなども認識している)。
実際、On2がVP3をオープンソース化したのも旧式の技術であるがゆえで、これについて異論を唱える人は少ないだろう。特許の存在がビジネスとして成立するだけの理由が、こうした動画コーデックにはあるのだ。
「WebM」で事態の収拾に動いたGoogle
両陣営の対立が深まる中、事態の収拾に動いたのがGoogleだった。2009年に同社がOn2買収を発表した際、そこで最も注目されたのがOn2の最新コーデック「VP8」のオープンソース化だ。VP8がオープンソースとして権利関係を放棄して公開されるのであれば、Theoraで問題となったパフォーマンスの問題はクリアできる。あとはVP8をどれだけのベンダーがサポートするかにかかっている。
かくして、VP8は「WebM」として公開され、ソフトウェア/ハードウェアの両ベンダーともに多くが支持を発表した。Flashを提供するAdobeもサポートを表明しているため、当面は動画再生問題をクリアできる。WebMはビデオ圧縮コーデックにVP8、音声コーデックにVorbis、メディアコンテナにMatroska(マトリョーシカ)を採用している。
「Android 2.3」(Gingerbread)で正式サポート
Google内部でいえば、WebMはAndroid OSの最新「Android 2.3」(Gingerbread)で正式サポートされたほか、後にはVP8の技術を応用した画像の非可逆圧縮フォーマット「WebP」も発表している(「Android 2.3 Platform Highlights」)。WebMのサポート体制は次第に進んでおり、前述のようにMPEG LAがH.264のライセンス料の恒久無償化を表明したのも、こうした事態への対抗策だと考えられている。
Android 2.3 Official Video
(次ページへ続く)