無機ELディスプレーの研究開発で知られる、カナダのiFire Technology社の業務担当副社長、ジョセフ・バージニア氏(※1)が半導体産業新聞((有)産業タイムズ社発行)主催のセミナーに出席するために来日、ascii24編集部では22日にインタビューを行なった。同氏は「当社の無機EL技術は大画面化に向いている。2003年には30~40インチの大型ディスプレーを製品化する」などと語った。
※1 バージニア氏は、5年前にiFire Technologyに入社する以前は、米富士通マイクロエレクトロニクス社に14年間勤務し、フラットパネルディスプレー製品部門ディレクターを務め、液晶ディスプレー、プロジェクションディスプレー、PDP(プラズマディスプレーパネル)などの事業開発分野の責任者だった。![]() |
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iFire Technology業務担当副社長、ジョセフ・バージニア氏 |
無機厚膜ELは堅牢で製造コストも安い
当社の“iFireディスプレー”の特徴には以下に挙げるようなものがあります。
- デバイス部分の厚みは2.1mm
- 完全固体デバイスのため動作温度、耐衝撃性で有利
- 自発光デバイスのため視野角はCRTをしのぐ160度
- 応答速度が1ms以下と速い
- 加工工程が簡素化されているため製造コストが低い
- RGB各色8bitの1670万色フルカラー
※2 光を発する蛍光材料に有機化合物を使うものを有機EL、無機化合物を使うものを無機ELと呼ぶ。
iFireはもっと大型のディスプレーも可能です。また、大型のフラットパネルディスプレーとしてはPDPがありますが、PDPは発光セルを真空にしてガスを封じ込める炉が必要となり、製造設備が大がかりなものになりコストが高くつきます。また、同じ理由から衝撃には弱くなります。iFireは完全な固体デバイスで、かつ不純物などの影響を受けにくいので、高度な無塵設備などが不要で、製造コストを低く抑えられます。衝撃にも当然強いものとなります。
'97年に大きな技術的ブレークスルーがあり、大きく製品化に前進しました。それ以前にEL技術については“3つの障壁”というものがありました。それは1つめは、フルカラーディスプレーの困難さ、2つめは大型ディスプレーの製造、3つめは輝度を高くできるかという問題です。ここでいう大型ディスプレーとは25~50インチサイズです。
まず青色(シアン)の蛍光体の安定化に成功しました。その蛍光体がSrS(硫化ストロンチウム)です。フルカラーディスプレーを作るためには青色蛍光体の安定化が不可欠でした。
そして我々が扱っている厚膜ELの構造の特徴として、絶縁体が厚い(20μm。薄膜ELでは1μm程度)ことがあります。まさにこのためにディスプレーの大型化が容易に行なえるのです。
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(グラフ1)iFireの無機厚膜ELと有機薄膜ELデバイスの比較。縦軸が輝度、横軸が印加電圧 |
これは横軸に発光デバイスへの印加電圧、縦軸に輝度をとったグラフです(グラフ1)。薄膜ELとiFireの厚膜ELを比較しています。まず立ち上がり(光り始め)の電圧が、薄膜ELに比べてiFireのものは非常に低くなっています。またこれは同じ材料で同じ電圧を印加したときのグラフですが、輝度を見ると、iFireは薄膜ELの4倍の輝度となっています。これには高誘電率が大きな要素となっています。絶縁体の厚みと高い誘電率が相まって、蛍光体に向けての電子の射出が強くなるためです。
それから、このグラフの曲線に注目してください。iFireのものは長くなだらか、薄膜ELの方は短くて急なものになっています。このような緩やかな傾斜特性は美しい画像表現に有利です。フルカラーと高い輝度を実現しただけでは、美しい画像を表示できることにはなりません。20μmという絶縁体の厚み、それと高誘電率を備えた絶縁体、さらに当社が加えたさまざまな材料や技術によって、高い輝度、フルカラー、大型ディスプレーが実現できるのです。
'97年に青色蛍光体である硫化ストロンチウムを発見し、非常に発色がよく安定した蛍光体を実現しました。現在の青色蛍光体の寿命は2万時間ですが、今後民生用として十分とされる10万時間を目指して研究開発を続けます。
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試作した無機厚膜ELディスプレーパネル。左が第2世代、右が第1世代のもの。輝度やコントラストが明らかに向上しているのがわかる。この夏に試作しようとしているのは第3世代で、さらに画質が向上するという |
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無機厚膜ELディスプレーパネルは自発光デバイスなので、非常に浅い角度からでもきちんとした色合いで見える(画像がぶれているのは撮影時のシャッター速度による) |
さらに開発は今、新しい段階に入っています。これまで蛍光体には、黄色と青色の2色を使い、カラーフィルター処理によってRGB各色を作り出していました。今回は、赤色、緑色、青色3色の蛍光体を使うことにしました。これによって、カラーフィルターが不要になり、色純度や輝度を上げることができます。この“3パターン構造”を用いることにより、より良好な輝度を持ち、色の質の高いディスプレーを作る見通しが立ったのです。いま展示できるものは2インチの単色のものです。これから夏に8.5インチのプロトタイプを作り、それにグラフィックスディスプレーとしての機能性を持たせるというのが目標です。これはこれまでiFireが発表している第2世代の厚膜ELディスプレーに比較して、3つのポイントでの改善を目指しています。1)より高い色純度、2)より高い輝度(現在の輝度は150cd/m2。一般的なLCDでは150~250cd/m2、CRT方式TVでは500cd/m2)、3)現在のテレビに近い高い色温度(1万ケルビン程度。一般的なCRT方式TVは9300ケルビン)、です。
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夏に試作するm8.5インチのディスプレーパネルで使われる、第3世代技術を使った、2インチの発光セル。これはグリーンのものだが、レッドやブルーももちろん試作されている |
42インチのHDTVを40万3000円で
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2001年から2003年における、30~37インチTV(3:4)と42インチTV(ワイド)の予想価格グラフ(PDP対iFire) |
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iFire Technology無機厚膜ELディスプレーTVの、製品化までのロードマップ |
インタビュー後に、iFire Technologyがこれまでに試作した、第1世代と第2世代の技術を使った試作ディスプレーを使って、DVD画像を表示するデモンストレーションを見ることができた(画像参照)。第1世代のほうはさすがに暗く、コントラストも低いものだったが、第2世代の試作品は発色、コントラストともに向上していた。画質としては、液晶よりはCRTにずっと近いが、CRTよりは輝度とコントラストが劣る、という印象だった。iFireが製品化を目指して現在開発中の、3色の蛍光体を使う第3世代のものでは、色の品質と輝度の点でCRTに匹敵するものになるという。現在すでに市場投入されているPDPよりも数年登場は遅れるものの、薄くて軽く、価格も安いということで、このまま順調に開発が進めば、大型フラットパネルディスプレーデバイスとして台風の目になりそうだ。
