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2社合同「秋葉原トーク・デスマッチ」(前編)

電気街はなぜ「萌え」たのか?──ASCII×ITmedia対談

2008年07月30日 16時00分更新

文● 藤山哲人

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MS-DOSでアマチュア無線屋が98専門店に衣替え


 そんなダメ人間でも拾ってくれる会社を発見! それはアスキーと言う会社だ(笑)。

 ゲーム雑誌の「LOGiN」でたまにバイト(地位は、足軽の足軽)していたツテで新卒採用に応募。面接時には、数年で書いたBASICやらアセンブラのコードを全部打ち出して(136桁のプリンター用紙を厚さにして20cm程度のバインダーに閉じて持っていった)、面接官に自慢したらアッサリ採用だ。あははは。そう筆者は、1989年(平成元年)入社の元アスキー社員だ。

 ゲーム開発部門からもお声がかかったが趣味は残しておきたくて、NECやら富士通なんかのOEMマニュアルを書く部門に所属した。MS-DOS 5.0のマニュアルに漫画が載ってたが、ありゃ俺の趣味だ(笑)。

 とはいえ、筆者にまわってくるのは技術系のマニュアルばっかりで、INT21H(MS-DOSのシステムコール)やらIOCSコール(BIOSコール)やらのマニュアルばっかり。そんな欲求不満を解消するのがテレビアニメ「美少女戦士セーラームーン」(1992年)だった(笑)。

PC-9801

PC-9801

 当時のアキバは、ビジネスソフトと美少女ゲーの街に変貌。アマチュア無線機屋が、軒並み98専門店(パソコン屋=98専門店)に衣替えしていった。また8bit機であるPC-8800シリーズの限界が見え始めて、ホビーユーザーの一部がPC-9801に乗り換え出したのもこのころだ。ただ98には、ゲーム用のサウンドカードが内蔵されていない。

 そのためアキバには、ビジネス機では不要なマウス(DOSベースでも美少女ゲーの対応は早かったのだ!)と音源ボード(PC-9801-26Kまたは互換品)を買いあさりに来る美少女ゲーマニアでにぎわっていた。一方でビジネス客が求めたのは、EMSメモリー※1と数十MBの緑電子製HDDだ。

 その後、インテル386DXをサイリクス486DLCに乗せ替える、オーバークロックの先駆けとも言えるブームが到来し、やたらとサイリクスの広告が目立っている時期があった。

 途中、1992年にWindows 3.1なるものが発売されてちょっとしたヒットを飛ばしたが、筆者的にはDOS窓がいっぱい開けて便利なタスクスイッチャとしてしか使っていなかった(笑)。なにせ仕事はDOSのマニュアルとヘンテコな98※2が中心だったので、一方のDOS窓でコマンドを動かして、もう一方の窓でDOS版「MIFES」を使ってガシガシ原稿を書くと。

 まぁHIMEM.SYSとDEVICEHIGHで、常駐ソフトをメインメモリーから追い出すのには便利なツール(はっ! もうOSじゃなくてツール扱い!)だったが……。ってこれもどちらかというと、MS-DOS(NECだと3.3Dとか5.0かな?)の恩恵だ。

※1EMSメモリー PC-9800シリーズで640KB以上メモリーを確保するための特殊なメモリー。MS-DOSユーザーには「Device = emm386.sys」でおなじみだろう
※2ヘンテコな98 PC-98HA(1990年)とかPC-98GS(1991年)とか。98HAは、ハンディ98と呼ばれたA5型ノートPC。サッパリ売れなかった98LT互換だったので不発に終った。98GSは、後の「98MULTi」につなげるための市販された試作品(笑)。こいうったヘンテコ系98は、ハード屋さんと会議しながらマニュアルを作るので、その辺に明るい筆者が当てられてた。あー、そう言えばPC-H98(1990年)のデモディスクのコードや、モバイルギア(1996年)のデータ圧縮ロジックも書いてた。



Windows 95で一気にパーツショップに!


 Windows 95が出たころには、アキバのメイン通りは一斉にビジネスパソコンの街に変貌。中央通りでは富士通製のPC/AT互換機が飛ぶように売れてたが、一歩裏手の路地に入ると、それまで大型店などのバックヤードとなっていた倉庫や事務所が、PC/AT互換機のパーツ屋に変わっていく。


 現在における、アキバのPCパーツ街の誕生だ。


 メーカー製パソコンを買うより、自分でゼロから組み立てた方が安く、安定したマシンを組めるとあって自作PCブームが到来。それまで倉庫街だったため、一般の買い物客が集まることはなかったが、一大PCパーツ街としてアキバと呼ばれる領域を一気に広げた。

PCパーツ街

青い部分がWindows95以前のアキバエリア、ピンクの部分がPCパーツ街の登場で広がったエリア

 ちなみにPCパーツ街の店は、1階店舗の天井が異常に高い。これは元々倉庫なので、フォークリフトが出入りできる高さを確保していたというワケだ。

 この時期、美少女ゲーはWindows 95の発売に隠れてしまったが、裾野を着々と広げていた。とはいえ、美少女ゲープログラマーは「職人」が多く、ハードを直接バンバン叩くスゴいコードを書くことも珍しくなかったため、逆に美少女ゲーのWindows対応化は遅れ気味となる。

 また、電話回線経由でインターネット接続できる時代が到来し、必死に無修正のエロ画像を集めたのも、この時代の特徴だろう。エロ画像欲しさにWindows 95を導入するという、男の欲望に直結したOSは爆発的に売れまくった。かたや美少女ゲーユーザーもチョットだけ、リアルの女性になびいた瞬間だ。

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