木材の健康診断、歩行の個別化治療、CO₂回収 MASPが後押しする3つの社会実装プロジェクト
TechDay 2025 東北アカデミア発ピッチレポート
提供: MASP(Michinoku Academia Startup Platform)
2025年11月17日、「ASCII STARTUP TechDay 2025」で実施されたセッション 「東北アカデミア発ディープテックピッチ~技術シーズを社会実装へ~」。東北・新潟24校が参加する「みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム(MASP) 」の支援を受ける3名の研究者が登壇し、研究室発のビジネスシーズを披露した。
東北・新潟24校が連携する大学発スタートアップ基盤「MASP」
東北・新潟の大学や高専から生まれる研究シーズの事業化を後押しする広域プラットフォームが、「みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム(MASP)」だ。少子高齢化や産業構造の変化など課題が先行して表れやすい地域から“解決先進地域”へと転換することを目指し、ディープテック領域を中心にスタートアップ創出の土台づくりを進めている。
MASPには東北・新潟エリアの大学・高専24校が参画し、JST「START 大学発新産業創出プログラム」の採択後、全国9地域に設置された大学発新産業創出プラットフォームのひとつとして活動を展開。研究者が事業化に踏み出す際の障壁を取り除くため、資金支援から育成、ネットワーク形成までを一気通貫で提供している。
研究シーズと事業化の“谷”を埋める「みちのくGAPファンド」
中核となるのが、研究と事業化の“谷”を埋める「みちのくGAPファンド」だ。STEP1では、モノづくり・Deep-Tech枠、医療系・創薬枠に最大500万円、ソーシャル・イノベーション枠に最大200万円を支援。さらに概念実証や起業準備を担うSTEP2では、複数年度で最大6000万円を投入し、研究の社会実装を加速させる。
資金だけで終わらせない、事業化を進める伴走支援
資金面の支援に加え、セミナーやワークショップを行う「MASPスタートアップアカデミー」、事業計画の壁打ちメンタリング、CXO候補やVCとのマッチングイベントなど、起業に不可欠な環境整備にも力を入れる。研究者が“ひとりでは越えにくいハードル”を多面的な支援で下げることで、地域から世界水準のディープテックスタートアップを継続的に生み出すエコシステム形成を目指している。
木材の劣化を“見える化”するモニタリングシステム
秋田工業高等専門学校の丸山耕一氏は、木材建築物の劣化兆候を早期に把握するためのモニタリングシステムを発表した。秋田県では、駅舎や温泉施設、温水プールなど多くの公共建築に秋田杉が採用されている一方、雨雪・高温多湿といった過酷な環境による腐朽リスクが大きな課題になっている。特に集成材は、フィンガージョイント部の劣化はないわけではないが、材料自体が健全でも、雨雪・高温多湿といった過酷な環境による腐朽リスクが安全性の確保上、大きな課題になっている。
丸山氏が開発を進めるシステムは、多チャンネルセンサーを木材に設置し、応力の変化を時系列で解析し、正常・異常の判定や予兆検知を行うというものだ。すなわち、腐朽の入り口を検出しやすくなる点に強みがある。
もともと風車発電機のブレードの落雷監視研究から発展した技術で、FRP・CFRP・コンクリートなどにもセンサーを設置できる。また、センサー素材が、補強材とモニタリングの“二役”を果たす可能性もある。
最後に丸山氏は、秋田県内の施設で活用できれば建築物の安全性向上だけでなく、長年続く木材文化の価値を持続的な形で次世代へつなげられると強調。構造物ヘルスモニタリングとしての応用範囲と、地域への大きな還元可能性を示した。
1回の歩行動画で“個別化治療”を実現するリハビリDX
2人目の登壇者は、脳卒中リハビリを専門とする理学療法士で、現在は東北大学 研究推進・支援機構の特任講師を務める関口雄介氏。脳卒中患者は退院後、約43%が「買い物すら困難」な後遺症が残るという。回復には適切なリハビリが必要だが、介護リハビリの現場ではマンパワー不足や短いリハビリ時間から、十分な評価・治療サイクルが回せていない。その結果、改善を実感できないまま保険リハビリを中止し、高額な保険外リハビリにも手が届かない“リハビリ難民”が増えている。
こうした課題に対し、関口氏が開発を進めるのが 「1回の歩行動画撮影で、個別化された治療提案を行うソリューション」 だ。既存のサービスが画一的なトレーニング提案にとどまるのに対し、本ソリューションはどのタイミングで、どの関節に異常があるのかまで踏み込んで分析し、原因に沿った治療方針を導く点を特徴としている。
関口氏が長年の臨床経験で蓄積してきたノウハウに加え、歩行安定性に対する身体各部位の貢献度を分析する特許技術を保有。歩行安定性が損なわれるメカニズムから治療提案を行える点が強みだ。
脳卒中は年間22万人が新規発症するとされる。さらにASEAN諸国では高齢化率が急上昇しており、歩行リハビリ市場は今後66兆円規模まで拡大する見通しだ。関口氏は、PoCを経て企業とのアライアンスを進め、日本発のリハビリDXを世界へ広げたいと語った。
疎水性膜でDACを低コスト化する東北大発CO₂回収技術
最後の登壇者は、東北大学・松田由樹氏。同大学福島研究室で、疎水性膜を用いた低コストCO₂回収システム「HumiDAC」の社会実装に取り組んでいる。2027年に、この技術を軸にしたスタートアップの設立を予定している。
松田氏はまず、カーボンニュートラル時代には“石油の代わりとなる炭素資源”が必要になり、大気中のCO₂を回収してクリーンな炭素源として活用するという発想が重要になると指摘。合成燃料やプラスチック、食品用途など、CO₂は高濃度で回収すれば幅広い産業の原料になり得ると説明した。
しかし既存のDAC(Direct Air Capture)は、空気中の水分を除去するために多大な熱を必要とし、特に日本・東南アジアのような湿度の高い地域ではコストが跳ね上がる。そこで鍵となるのが、福島研究室で開発された疎水性膜 「HumiFlect」 だ。この膜はCO₂を通し、水分は通さないという特性を持ち、DACの前処理に組み込むことで、加熱コストを大幅に削減できる。
松田氏らは、HumiFlectに加えてDAC本体も独自に開発し、両者を組み合わせた新システムを 「HumiDAC」 として提案。試作機では水分の混入を約90%削減し、試算ではDACコストを約70%削減できる見込み。
ビジネスモデルは、初期は装置販売ではなく CO₂回収量に応じた従量課金制を採用し、導入ハードルを下げる設計。想定顧客は、CO₂回収を必要とする化学メーカーや合成燃料メーカー、廃棄物焼却施設など。競合はCO₂1トンあたりの回収コストが600ドル前後であるのに対し、HumiDACは200〜250ドル程度で回収できるとし、海外勢に対しても大きな競争力を持つ。
今後はHumiFlectの量産化を進め、2027年の創業と同時に販売を開始。その後1年ほどでHumiDACの提供にも着手し、シンガポールを起点とした東南アジア展開を計画している。さらに水分除去技術は半導体・触媒産業にも応用可能で、CO₂回収以外の用途にも広い可能性があると締めくくった。



































