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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第53回

【JSTnews12月号掲載】イノベ見て歩き/大学発新産業創出プログラム(START) プロジェクト推進型 SBIRフェーズ1支援「IoTを活用した実海域での省エネ効果モニタリングシステム構築による空気潤滑システムの実用省エネ効果向上の研究」

小さな気泡を発生させて水の摩擦抵抗を減らし、船舶航行の省エネを実現

2025年12月10日 12時00分更新

文● 本橋恵一/写真●島本絵梨佳

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藤井啓太(左)/ナカシマプロペラ株式会社 エンジニアリング本部 装置設計部 課長、川島英幹(中央)/海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所 流体設計系 流体制御研究グループ 上席研究員、新川大治朗(右) /同 実海域性能研究グループ 主任研究員

 社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第26回は、船舶と水との摩擦抵抗を低減する高度な空気潤滑システムをIoTと組み合わせて省エネ効果を向上させる研究開発に取り組む国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所の川島英幹上席研究員を訪ねた。この技術は社会実装され、1番船は2025年1月に就航している。

30年続く研究、巨大水槽で実験
省庁連結型の実用化制度に採択

 三鷹駅からバスで約10分、神代植物公園をはじめ緑が多く残るエリアにある海上技術安全研究所を訪れた。同研究所は、東京都三鷹市と調布市にまたがる広大な敷地に多数の試験施設を有している。中でも目立つのが全長400メートルもある巨大な実験用水槽だ(図1)。船の模型を利用し実際の航行時に近い環境での実証実験が可能だ。川島英幹上席研究員は、現在の研究所の前身となる運輸省船舶技術研究所時代の1995年から、空気潤滑法の研究に取り組んできた。

図1:全長400メートルもある世界有数規模の実験用水槽。

 船底から空気を吹き出すようにすると、船舶と水との間の摩擦抵抗が減少し、船舶の燃費が向上する。これが「空気潤滑法」だ。一般に、水に含まれる小さな気泡の割合が増えると、摩擦抵抗は減少する。実験では100パーセント近くまで摩擦抵抗を減らすことができるが、実際の船舶では30~40パーセント程度の低減となっている。摩擦抵抗の減少は、船の速度や波などによっても変わってくる。さらに、空気の吹き出しを連続的ではなく周期的に行うことでも、摩擦抵抗を削減することができる。同研究所の新川大治朗主任研究員によると「数値シミュレーションを用いて、さまざまな条件下での気泡による摩擦抵抗減少の効果を検証している」という(図2)。

図2:シミュレーター画像。

 空気を周期的に吹き出し、モニタリングして制御することで省エネ効果の向上を図る高度空気潤滑法(AdAM)の実用化に向けた研究は、内閣府が主導する省庁連結型のSBIR(Small/Startup Business Innovation Research)制度に採択され、フェーズ1とフェーズ2の2段階で進められた。フェーズ1はJSTの大学発新産業創出プログラム(START)プロジェクト推進型SBIRフェーズ1支援によって実施した。国内を航行する内航船を対象にIoTを活用したモニタリングシステムのプロトタイプを構築し、船体の状態や波や潮の流れなどの海象条件に対応した空気潤滑システムの制御技術を開発。499トンの貨物船への搭載を想定し、数値シミュレーションや実験によって、経済性や省エネルギー性能を評価した。実験には、先述した巨大水槽を使った。

 続くフェーズ2は国土交通省による実用化開発支援で、社会実装に向けたより本格的な技術開発を実施した。波による揺れなど船舶の状態に応じた最適な空気の吹き出し方のシミュレーションや、IoTによるモニタリングシステムの検討などだ。「船体が揺れている場合は空気が船底から逃げて効果が薄れるため、最適な空気の吹き出し方を探っています」と川島さんは話す。

 開発したシステムでは、IoTによって船の速度や揺れ、エンジンや空気潤滑システム機器などのさまざまなデータを集め、陸上にあるデータサーバーに送る。このデータを分析し、船に搭載した装置を最適制御することで、船員への追加作業負担をかけることなく、省エネが実現できるという。

内航貨物船「ちゅらさん」就航
国内外から引き合い来るように

 AdAMの社会実装に向けた川島さんらのパートナーが、船舶のプロペラ製造で世界的に知られるナカシマプロペラ(岡山市)だ。同社はプロペラを中心に船舶の高性能化を実現し、省エネや燃費削減、さらに温室効果ガス排出削減に取り組んできた。2021年から川島さんらと研究開発をして、新しい空気潤滑システム「ZERO」を実用化させた。初めて「ZERO」を採用した船舶が、25年1月に就航した、全長約76メートル、499トンの内航貨物船「ちゅらさん」である(図3)。「ちゅらさん」は現在、運航しながらデータを取得し、省エネ効果を解析している段階にある。日によって波や潮流、積み荷の量などが異なるため、解析は簡単ではない。それでも、空気の吹き出し方による省エネ効果の成果が出てきた。解析した運航データからは、周期吹き出しの方が連続吹き出しよりも省エネ効果が大きくなるという結果が得られ、AdAMの効果が証明されたという。

図3:空気潤滑システム「ZERO」を搭載した内航貨物船「ちゅらさん」。

 ナカシマプロペラの藤井啓太課長は「採用実績ができるとはずみがつきます。実際に国内外から引き合いが来るようになりました」と話す。社会実装に向けた課題の解決策を一緒に考えてきた国土交通省の担当者は「SBIRフェーズ1・フェーズ2 の連携が社会実装につながった成果です。今回のシステムは、船員不足や低・脱炭素化など課題を抱える内航海運業界に新たな光をもたらし、課題解決の一助となってくれると思います」と話す。こうした後押しもあって、AdAMはこれから世界を舞台に活躍しそうだ。

気候変動対策の重要なカギ
二人三脚で技術研鑽に励む 

 気候変動対策として船舶に使用される代替燃料はバイオ燃料や合成燃料が想定されているが、その価格は従来の重油燃料より割高だ。そのため、省エネがもたらす経済的な効果はより高くなる。さらに温室効果ガス排出量削減のため、トラックから貨物船へのモーダルシフトが予想されるので、船舶の省エネはこれまで以上に重要なカギになるだろう。そのためには空気潤滑システムを最適化する必要がある。

 川島さんは30年間にわたる研究を振り返り「研究は社会情勢とリンクしているので、追い風の時もあれば逆風の時もありました。でも諦めずに続けることが大切です」と語る。そして、SBIRの2つの支援フェーズでは、とりわけJSTのフェーズ1を通じて、研究者の世界とは異なる人たちと出会い、ディスカッションできたことで視野が広がり、背中を押してもらったという。「今後も、ナカシマプロペラと二人三脚で技術のブラッシュアップに励み、世界中の船に実装していきたいです」と語ってくれた。

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