風光明媚な場所へ出かけてゆき、イーゼルを立てて絵を描く―19世紀フランスの風景画の変遷は、画家が戸外でスケッチを始めるところから大きく変わっていきます。現在、三菱一号館美術館の小展示室で開催中の「フランス近代美術の風景画―コローからマティスまで」の最初に登場するコローは、パリ近郊のサン=ジェルマン=アン=レー(No.1 ※1) を描いていますが、従来の古典的な表現から離れ、銀灰色の独特の色調を用いながら、理想的な風景を描き出しています。自然を忠実に観察し、光を採り入れようとする点は、後に印象派にも影響を与えました。イタリアを3度訪れ、フランス各地を旅したコローの叙情的な作風には引き込まれるものがありますね。
フランスの東側で国境を接するスイスに亡命したクールベは、1871年のパリ・コミューンで起きた、ヴァンドーム広場の円柱引き倒し事件の首謀者とされて投獄の憂き目に遭い、退所して以降はスイスで亡くなるまで6年ほどを過ごしました。スイス側から見たアルプスの山を描いた作品(No.2 ※1)では、前景のごつごつとした岩場、中景には水平に広がる木立、そして遠景には雪が降り積もり堂々と美しいアルプスの峰々を描いています。岩場の荒々しい筆致はあるがままの自然を描こうとレアリスムを掲げたクールベらしい特徴です。クールベもまた、19世紀後半の前衛芸術にさまざまな影響を与えています。
次は英仏海峡のドーヴィルを描いたブーダンの作品(No.3 ※1)です。ル・アーヴル出身で、モネの師としても知られるこの画家は、徐々に観光客が増える賑やかなリゾート地としてではなく、あくまでも静かな風景画を描いています。雲を描くことを得意としていた画家は、雄大で、大きく膨らむ巨大雲を描いています。パリの再開発や鉄道網の整備により人々の暮らしに変化が起きて、画家も敏感にそれをキャッチして旅先が、描く場所が変わっていきます。
一方でピサロはパリ近郊の街を描き(No.6 ※1)、現代生活の表象をいわば「現代の風景画」として描いています。シスレーもルーヴシエンヌの風景(No.5 ※1)をささやかに描いています。「ルノワール×セザンヌ」展に出展されているルノワールの《イギリス種の梨の木》(R6 ※2) も同地で描かれていますが、自然の豊かさが対照的ですね。
モネはシスレーやルノワールと共に、グレールという先生の下で学ぶ画塾仲間でした。1874年の第1回印象派展以降、画家は移りゆく自然をカンヴァスに捉えようとする中で、「積み藁」、「ルーアン大聖堂」や「睡蓮」といった連作を生み出していきます。今日、パリのオランジュリー美術館が所蔵する大型の「睡蓮」の連作は、19世紀の風景画の変遷を辿っていく中で、ひとつの極致点を示しているようです。本展出品作(No. 4 ※1)では、ブーダンと同様、英仏海峡に面したヴァランジュヴィルの断崖が描かれています。筆致が次々と並べられて明るい画面を作り出しています。
もう1人、英仏海峡のエトルタを描いたのは、マティス(No.10 ※1)です。画面いっぱいにさざ波の立つ海面が大きな筆致で表現されています。浜辺の海岸線はカーブしていき、その先には崖が切り立っています。海面の波と似た形で黒っぽく描かれた海鳥が飛んでいます。ベルネーム=ジュヌ画廊で展示された一連のシリーズの1点です。
最後に南仏へ目を向けてみましょう。シニャックはサン=トロぺ(No.7 ※1)、マルケはマルセイユ(No.9 ※1)を描いています。海の見える港や周辺の眺めのよい場所を好んで描くことは、ポスト印象派以降の画家にとってもはやスタンダードとなっています。ドランはセザンヌが拠点を置いたレスタックを訪れて制作します。本展出品作は南仏のまた別の街であるマルティーグ(No.8 ※1)ですが、平面性や抽象化といった要素からもセザンヌへ傾倒していたことが分かります。
これで今回の短い旅はお終いです。現地へ想いを馳せて展覧会をお楽しみください!
※1 「フランス近代美術の風景画―コローからマティスまで」作品リスト
https://mimt.jp/wp-content/uploads/2025/05/Web%E5%85%AC%E9%96%8B%E7%94%A8_%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88_%E9%A2%A8%E6%99%AF%E7%94%BB%E5%B1%95.pdf
※2 「オランジュリー美術館 オルセー美術館 コレクションより ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠」作品リスト
https://mimt.jp/ex/renoir-cezanne/wp-content/uploads/sites/4/2025/05/Renoir_Cezanne-List_of_Works.pdf
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