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なぜ優秀な若者は「スモールビジネス」を選ぶのか?

池森裕毅の「支援の現場で見えたスタートアップのリアル」 Vol.01

多くのプレーヤーがスタートアップ支援に乗り出し、数多くの支援プログラムが似たような形で実施されている中、本当にスタートアップが必要としているものはなんだろうか? ASCII STARTUPでは、数多くのプログラムの作成、メンターを務めてきた池森氏に支援の現場で見えたリアルな姿を訊いた。いま必要な支援は何か、ここから読み取ってほしい。


変化する起業環境と若者のリアルな選択

 スタートアップ界隈を眺めていると、その勢いが随分と失われているように感じる。毎週のように新サービスがリリースされていた2015年頃の熱気は、もうどこにもない。当時は次々と革新的なビジネスモデルが登場し、市場も投資家も大きな期待を寄せていたが、近年ではその勢いが明らかに減速している。実際、コロナ後と比べても新規サービスの数は明らかに減少しており、派手なニュースを目にする機会もめっきり減った。しかし、だからと言って起業自体が廃れているわけではない。

 では起業を志す今どきの若い起業家は何をしているのか。そのトレンドは間違いなくスモールビジネスだ。特に優秀で起業リテラシーが高い若者ほど、スタートアップではなくスモールビジネスを積極的に選ぶ傾向が強まっている。彼らは妥協や失敗の結果としてスモールを選ぶのではなく、極めて戦略的かつ合理的な選択としてスモールビジネスを選択しているのだ。

 若者がスモールビジネスを選ぶ理由は数多く存在する。まず一つ目の理由として、市況の悪化が挙げられる。2021年頃の資金調達バブル期と比べて、市場の状況は著しく悪化している。上場しても望んだ評価額がつかないケースが増え、小粒上場に対する投資家の風当たりも非常に強くなっている。規制や上場審査基準の厳格化も進行しており、エクイティによる資金調達がかつてのように簡単に行えなくなっている。

 二つ目は、スタートアップが急成長を狙える「スケール可能な課題」がすでに出尽くしてしまったことだ。かつてはスキルシェアリングやマッチングサービス、オンラインマーケットプレイスなど、未開拓の市場が豊富に存在していたが、先駆者たちが市場を開拓し尽くした現在では、新たな市場を開拓しJカーブを描けるようなチャンスは極めて限られている。

 三つ目はデット調達環境の劇的な改善だ。政府や金融機関の支援策によってデット資金の調達条件や手法が大幅に整備され、以前に比べて遥かに低金利かつ有利な条件で資金を調達できるようになっている。そのため、株式を放出しダイリューション(希薄化)を引き起こすエクイティ資金調達に頼らなくても、十分な運転資金を確保できる環境が整っている。

 四つ目はAI技術の台頭である。以前は一定の規模の事業を展開するには多くの人材とリソースが必要だったが、現在ではAIエージェントを活用することで、商品開発やマーケティング、営業など様々な業務を少人数、場合によっては一人でこなすことすら可能になった。その結果、少人数体制でも十分な規模感のあるビジネスモデルを短期間で検証できるようになっている。

 五つ目として、M&A市場全体が活性化していることが挙げられる。M&A総合研究所のようなプラットフォームの登場に加え、買い手側の投資意欲が非常に高まったことにより、数億円規模の事業売却が頻繁に行われるようになった。

 少し話題がそれるが、日本では100億円以上の大型M&A案件に対応できる買い手は極めて少ない。そのためシリーズAなどでエクイティ資金調達を行って時価総額が一定規模以上になると、M&Aによる出口戦略が現実的でなくなり、結果としてIPOを目指すしかなくなる。このような事情も、エクイティ資金調達を行わず、出口設計が明確なスモールビジネスを選ぶという要因になっている。

 最後の六つ目は、今どきの若者は、かつてのような途方もない規模の成功を無理に追い求めようとはしなくなっていることだ。彼らは金融リテラシーが高く、インデックス投資などの堅実な資産運用を理解している。手の届かない1000億円よりも、手が届きやすい10億円や20億円を現実的な目標として設定し、個々の幸せを追求する傾向が強い。

 こうした状況を総合的に考えると、現代の若者が一攫千金型のスタートアップに飛びつかない理由がよく理解できる。実際、筆者の元には日々スモールビジネスの売却相談が寄せられている。例えば数年前にスタートアップで挫折した若手起業家が再起をかけて立ち上げたオンライン教育事業は、数年で営業利益を数億円規模に伸ばし、現在は数億円規模で売却交渉が順調に進んでいる。

 合理性を重んじる今どきの若者ほど、こうした堅実で再現性の高いスモールビジネスの道を選ぶことは自然な流れと言えるだろう。

●池森裕毅(いけもり・ゆうき)
株式会社tsam 代表取締役社長、シリアルアントレプレナー。ゼロイチ、若手支援を得意とし、官公庁自治体などが実施する各種アクセラレーションプログラムのメンターを多数務める。