海外研究が明らかにするベンチャー企業M&Aでの注意点
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買収後の統合(PMI)での注意点
ディール後に始まるPMI(Post Merger Integration)は、買収の成功を大きく左右するフェイズである。ほとんどの買収は市場価値にプレミアムを乗せて実行されるため、PMIを通じてシナジーの実現やコストの削減が達成されなければ、高値つかみで終わってしまう。そこでまずはベンチャー企業に限らず、M&Aを扱った幅広い研究の中で、PMIで注意すべき点を取り上げたものを見てみよう。
Bodnerは、買収後の事業やリソースを再構成する際に生じる経済的なベネフィットとコストのトレードオフについて論じた研究の中で、Haspeslaghが開発した被買収企業の組織的ニーズと能力移転の戦略的ニーズの違いでアプローチを分類した統合マトリクスを紹介している。ここから、統合時にどの程度の自立性を与えればよいかが重要な検討事項であることがわかる。
*Bodner, Julia and Laurence Capron [2018], "Post-merger integration," Journal of Organization Design, 7:3, DOI: 10.1186/s41469-018-0027-4.
統合マトリクス(以下を元に著者作成)
*Jemison, David B. and Philippe C. Haspeslagh [1991], "Managing acquisitions: creating value through corporate renewal," Free Press.
本研究によると、どのリソースがPMIプロセスの対象となり、どの構造が最も適しているかは、被買収企業側の経験にも影響される。過去の取引で得られた知見を活用することで、新規のディールにおける統合アプローチに多様性を加えられる。したがって最適な統合度合い、ひいては最適な組織構造を求めるには、複数の案件、すなわち買収という手法の戦略全体をあらかじめ考慮する必要がある。
続いて、企業文化の違いがPMIの成功確率に及ぼす影響も見逃せない。国をまたいだ買収に限らず、国内の企業同士においても問題となり得る可能性がある。この点に関してSmeuldersは、従業員間の対人関係の構築と改善を目的とした社会文化的統合が従業員の抵抗を緩和し、逆に買収企業のプロセスを被買収企業に適用するタスク的統合が抵抗を増幅させることを報告している。
*Smeulders, Dieter, Henri C. Dekker and Alexandra Van den Abbeele [2023],
"Post-acquisition integration: Managing cultural differences and employee resistance using integration controls," Accounting, Organizations and Society, 107, 101427.
タスク的統合は、それによってコストが削減されることから、買収企業としては積極的に取り組まざるを得ない。けれどもその結果生まれる不満を放置しておくと、モチベーションが低下し、事業の継続性すら危うくなるかもしれない。そこでお互いの企業文化の学習や、部門間の従業員のローテーション、混合チームの創設のような施策を講じることが重要となってくる。
そして感情面への配慮である。PMIは恒常業務とは異なる状況が長く続くため、精神的に負担の大きいプロセスとなる。Kroonは、ドイツの化学メーカーのMerckが米国の研究用試薬メーカーのSigma-Aldrichを買収した事例において、ミドルマネージャーが頻繁なコミュニケーションを通して部下と人間関係を築くことで、感情の適切なコントロールを通じてPMIを促進できることを報告している。
*Kroon, David P. and Hannah Reif [2021], "The Role of Emotions in Middle Managers’ Sensemaking and Sensegiving Practices During Post-merger Integration," Group & Organization Management, 48(3), 790–832.
次にベンチャー企業の買収を扱った研究を紹介する。
Grevenは、ドイツとオーストリア、スイスの多様な業種の企業でベンチャー企業の買収を担当するM&Aおよび統合マネージャー118名にインタビューした結果を報告している。そこで明らかになったのは、買収企業に構造的には統合しつつも被買収企業に意思決定の自立性を残す、という共生アプローチがベンチャー企業の革新性の維持に役立つということであった。
*Greven, Andrea, Denise Fischer-Kreer, David Bendig, Stefan Pöhler and Malte Brettel [2023], "Boosting radical innovativeness through start-up acquisitions: the role of decision autonomy and structural integration," 53(5), 840-860.
これはベンチャー企業を買収企業の研究開発部門その他に組み込む一方で、独自の確立された仕事の進め方や企業文化、インセンティブ制度、プライオリティーなどを残すべきことを意味しており、極めて難易度の高い試みと言えるのではないだろうか。理屈としてはわかるが、実際に行った場合、社内の既存部門から特別扱いについての不満が出るかもしれない。
時間軸の観点に目を向けると、Bruellerは大企業2社によるイスラエルのベンチャー企業7社の買収を対象とした研究において、ベンチャー企業は買収される可能性のある大企業と可能な限り早期にやり取りを始めるべきことを推奨している。その理由として、大企業から補完的もしくは競合として認識される可能性が明確になることで立ち位置を定められ、有利な買収条件を引き出せると説明されている。
*Brueller Nir N. and Laurence Capron [2021], "Acquisitions of Startups by Incumbents: The 3 Cs of Co-Specialization from Startup Inception to Post-Merger Integration," California Management Review, 63(3), 70-93.
大企業側の立場で考えてみると、資金的に困っていない前提から、特に安く買収する必要性はないのではないだろうか。それよりも買収を通じて得られるシナジーのほうが重要であり、研究/技術/製品開発の早い段階でコンタクトできれば、自社が望む方向に誘導できる可能性がある。これはPMIにおける検討を前倒しで行えることになるため、買収先候補として育成することにつながりそうである。
人材目的のベンチャー買収で気を付けること
ベンチャー企業を買収する目的の多くはその技術や製品/サービスの獲得であるが、既存事業のビジネスモデルの変革にも活用できる。Öbergは米国の大手出版社と北欧のソフトウェアメーカーがベンチャー企業の買収をきっかけとしてビジネスモデルをサービス化しようとした事例を取り上げている。サービス事業の生産性は実行する人に大きく依存するため、これらの買収は人材を目的としたものとも言える。
*Öberg, Christina [2024], "Acquisition as a mode for servitisation: servitisation integration and consequences", Journal of Service Management, 35(6), 1-21.
実際にICTのような知識集約型の業界においては、高いスキルを持つ人材を獲得することがベンチャー企業を買収する重要な動機の1つとなっており、アクハイヤー(Acqui-hiring)という言葉で呼ばれている。一方で文化の違いやコミュニケーションのすれ違いは、大きな緊張や人材の高い離職率をもたらし、最終的にはPMIの失敗につながる可能性がある。この問題を扱った研究が、少数ではあるが存在している。
Kimは1990年から2011年にかけての、米国におけるSTEM志向の労働者の割合が高いハイテク分野のベンチャー企業の買収を調査した研究を報告している。結果として明らかになったのは、買収後に従業員の起業率が上昇し、その上昇度合いはベンチャー企業が買収企業の所在に移転した場合に大きくなる、また創業者は非創業者よりも退職して起業する割合が大きい、ということであった。
*Kim, J. Daniel [2022], "Startup acquisitions, relocation, and employee entrepreneurship," Strategic Management Journal, 43(11), 2189-2216.
上記の研究は、人材を目的にベンチャー企業を買収しても、その維持が難しいことを示している。これは考えてみると当然かもしれない。一般的な従業員の多くは、どの企業に入社するかを決定する際に、経済的な条件以外に企業文化その他についても慎重に考慮している。一方で買収は偶発的な出来事であり、相互的な魅力に基づいた判断が行われない以上、雇用主との適合性が悪化する可能性が高い。
人材の扱いは買収するベンチャー企業が保有する技術の種類によっても変わってくる。Boyacıoğluは、2005年から2015年におけるNasdaqに上場している大企業29社がベンチャー企業250社に対して行ったアクハイヤーを調査した研究を報告している。取引の大部分がGoogle・Yahoo・Facebook・Apple・Twitterによるものということで、現状のベストプラクティスと言えるかもしれない。
*Boyacıoğlu, Beril, Mahmut N. Özdemir and Samina Karim [2024] "Acqui-hires: Redeployment and retention of human capital post-acquisition," Strategic Management Journal, 45(2), 205-237.
その結果は、ベンチャー企業が破壊的な技術を持っている場合は従業員チームを残したままで再配置し、かつ創業者を高い地位に付けるべきというものであった。それによって各種のルーティンが維持されることで開発が継続されるし、例え社内の広範囲で支持が得られなかったとしても、一定の勢力を保持できることで変化のためのクリティカルマスを確保できるメリットがある。一般的に、新規性の高い技術は大多数の支持を得ることが難しい。したがって、まとまった人数を固めて配置しないと、開発を継続することが難しくなってしまう。
おわりに
以上、ベンチャー企業の買収に関して2つの話題を取り上げてみたが、参考になるところがあっただろうか。大きな予算を持たないオープンイノベーションチームができることは限られているものの、企業としてインパクトの大きい取り組みであるため、少しでも関わることができればチームとしての評判を高めるきっかけになるかもしれない。よって話を持ち掛けられた場合は、積極的に協力する姿勢を示していくとよいのではないだろうか。
著者プロフィール
羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022
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