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「終わらないスタートアップ支援が未来を創る」東京都が築く国際エコシステムの結節点

東京都・宮坂副知事に聞く「SusHiTech Tokyo 2025」の見どころ

 東京都は、国内で最もスタートアップが生まれる地だ。ここ1、2年でその勢いは加速し、2024年度のエコシステムランキングでは2023年の15位から10位へと順位を上げた。背景には、東京都が推進するスタートアップ支援施策があり、その中核を担うのが、5月8日から2回目の開催を迎える「SusHiTech Tokyo 2025」と国内外の起業家や支援者が集う拠点「Tokyo Innovation Base」だ。この取り組みの最前線で指揮を執る宮坂学副知事に詳しい話を伺った。

東京都副知事 宮坂学氏

国際的な結節点としての「Tokyo Innovation Base」

 東京都はスタートアップ戦略として「未来を切り拓く10x10x10のイノベーションビジョン」を掲げている。5年間で起業数を10倍、ユニコーン数を10倍、公共調達数(都とスタートアップとの協働プロジェクト数)を10倍にするというものだ。スタートアップ数は順調に増えており、スタートアップとの連携事業は、2022年の年間9件から2023年は153件に増加し、2027年の目標であった100件をすでに超えている。そして現在、東京都が最も注力しているのが海外展開への支援だ。

 2024年には、4月27日から約1カ月間にわたりフラッグシップイベント「SusHi Tech Tokyo 2024」が開催され、各国の政府関係者や海外企業でにぎわった。合わせて設立された拠点「Tokyo Innovation Base」(TIB)は、設立からわずか1年で700回以上のイベントが開催され、国内外の起業家、投資家、事業者、地域など多様なプレイヤーの連携を促進している。

 宮坂氏はTIBについて、「行政が海外の主要エコシステムとつながれば展開はスムーズになる。TIBは、国内外の大学や民間施設が集まり、主要なプレイヤーに効率よく出会える場として設立した。TIBはエコシステムのノード(結節点)であり、日本のスタートアップが海外進出するときの橋渡しにも、海外が日本に来るときの窓口にもなる」と説明する。

既存エコシステムをつなぐ東京都の戦略と、職員が自ら動く独自アプローチ

 エコシステムの「ノード」という位置づけは、東京都のスタートアップ支援を象徴するものだ。

「スタートアップや支援者が集積するエリアは複数存在しており、デジタル関連なら渋谷、ライフサイエンスなら日本橋、AI関連なら本郷と、多極化しているのが東京ならではの特徴。パリの『STATION F』のように1カ所に巨大なスタートアップ集積施設を作るよりも、既存のエコシステムをつなぐほうが東京らしいと考えた」と宮坂氏。

 また、民間企業による各地の支援施設は拠点ごとの個性が際立つ一方で、競合関係が生じることで連携が難しくなるという課題があった。東京都が行政として間に入り、この壁を取り除くことで、相互作用や化学反応を生み出すこともTIB開設の目的のひとつだ。

 東京都独自のアクセラレーションプログラム「TiB CATAPULT」(以下、CATAPULT)でも、ノードしての特性を活かしたユニークな手法を採用している。

「CATAPULTはTIBが直接スタートアップを支援するのではなく、東京都が主体となってテーマを設定し、パートナーとなるクラスター(複数の企業や大学研究機関から構成される民間支援者)を通じてスタートアップとの協働事業を創出するプログラム。現在は、宇宙、ライフサイエンス、鉄道・交通、アグリ・フードテック、環境エネルギー、シティテックの6つのテーマを設け、それぞれの分野に強みを持つクラスターと連携してプログラムを実施している」(宮坂氏)

 東京都が複数の連合体と協力することで、東京での社会実装に成功した後、その実績をもとに関係するグローバル拠点を活用して海外都市への横展開を目指すことを目指している。

2024年10月24日に行われた「TIB CATAPULTキックオフイベント」

 海外への展開でも国内エコシステムの中でも先行した取り組みが進められている。通常、行政の海外連携事業では外部コンサルタントなど民間事業者の活用が多いが、東京都は民間事業者に依存せず、職員自らが海外のエコシステムにまで足を運び、東京都としてのネットワーク構築を目的に世界中のプレイヤーと直接的な関係を築き始めているという。

「エコシステムは人と人とのつながりにある。もちろん民間の力も借りているが、職員が直接現地に行き、スタートアップに名前を憶えてもらう関係をつくらなければ、うまくはいかない。以前はほとんど委託先を間に挟んでいたが、今は自分たちで世界中を飛び回っている。英語が下手でも、自分でやることは絶対に大事。仮に失敗しても、組織には経験という財産が残る。自分でやらなければ、組織には蓄積されませんから」(宮坂氏)

新規事業の創出は、将来の雇用にも影響する

 このような取り組みが可能になったのは、2023年4月にスタートアップ・国際都市戦略室が設置されたことも大きい。というのも、破壊的なビジネスも含むスタートアップと既存企業には緊張関係が生じることもあるため、専門の部局に分けて支援するほうが効果的と判断されたためだ。

 宮坂氏は、「既存事業の維持と新しい事業の創出は両方とも重要。よく『今の子どもたちは親の世代にはなかった仕事に就く』と言われるように、新しい仕事を作るのこともスタートアップの役割。例えば、30年前には電気自動車を作る仕事やインターネット広告の仕事は存在していなかった。私自身のデジタル行政という役職も同様。もし現在、新しいスタートアップや仕事を創出しなければ、子どもたちが親と同じ仕事に就かざるを得なくなるかもしれない。そのような場合、(仕事が生み出す)付加価値が大きく下がる可能性もある」と指摘する。

 事実、国内の新規雇用の大半は設立から10年未満の企業によって担われており、スタートアップに限らず新規事業の創出が雇用に及ぼす影響は非常に大きい(参照:経済産業省資料「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」、下図)。宮坂氏は「今の雇用を守りつつ、質の高い雇用を生み出す両立を図らなければ、30年後に後悔することになるだろう」と強調する。東京都がスタートアップを支援する目的は、単に税収の向上だけでなく、安定した雇用の確保にもある。

経済産業省「スタートアップの力で 社会課題解決と経済成長を加速する」より抜粋

東京発のテックイベント「SusHi Tech Tokyo 2025」は10年先を見ている

TIB Global Day 2025 winter

 東京都は今年も「SusHi Tech Tokyo 2025」を5月8日~10日に開催する。改めて、スタートアップ支援における「SusHi Tech Tokyo」の位置づけについて伺った。

「世界の大都市は大抵、大きなテックイベントがあるが、なぜ世界有数の経済大国である日本にはないのだろう、と常々思っていた。スタートアップ関係者の間でもSXSWやCESといった海外イベントの話ばかりが話題になる。だが、海外に行くだけでなく、来てもらうこともとても重要。大きな経済を持つ国として、少なくとも年に1日くらいは世界の注目を集めるべきだと考えた。

 当初は海外の有名なイベントをライセンスする案もあったが、それでは日本独自のものにならない。自分たちでゼロから始めることで、たとえ最初はうまくいかなくても10年続ければ絶対に良くなると思った。SXSWも、今では世界最大級のテックイベントだが、最初は音楽イベントとしてスタートし、時間をかけて成長している。続けることは非常に大事。自ら世界に発信するイベントをつくり、年に一度、世界中のスタートアップ関係者が東京に来る日を実現するため、国とも連携して取り組んでいる」(宮坂氏)

 今年度は大阪・関西万博といった大型イベントもあり、新しいテクノロジーや取り組みに関心のある人々が世界中から集まる。宮坂氏は、「ゲートウェイになるのが行政の役割であり、SusHi Tech Tokyoだけ見て帰らせるのは負け。まっすぐ帰国させずに、京都や福岡など、全国各地のエコシステムも見て帰ってもらえるようにしたい」と意気込みを語る。

https://sushitech-startup.metro.tokyo.lg.jp/

 「SusHi Tech Tokyo 2025」は、スタートアップ500社、海外VC500社の出展、商談件数5000件、来場者5万人を想定している。最終日の5月10日はパブリックデイとし、家族連れでも楽しめるプログラムが予定されている。学生パビリオンやパブリックデイの子ども向けプログラムの企画運営は、TiBで募集した大学生を中心とした組織が担うなど、新たな挑戦も取り入れているそうだ。

「SusHi Tech Tokyoは、未来の都市を持続可能にすることをテーマに掲げている。そのため、企画内容も我々50代以上の視点ではなく、30代以下の世代が中心となる方がふさわしい。最終日には、若い世代が未来の都市を考えるセッション、子どもたちが触れて楽しめるロボット展示、そして東京らしい美味しいフードも集まる。ぜひ遊びにいらしてください」(宮坂氏)

 行政の施策には政府の「スタートアップ5カ年計画」など一定の期間が設けられているが、あくまで目標達成のための区切りに過ぎない。東京都もスタートアップの支援は「当たり前の取り組み」と位置づけ、永続的に推進していく方針だ。インタビューの中で宮坂氏は、スタートアップへの行政支援を継続することの大切さを繰り返し強調していた。10年後のSusHi Tech Tokyoには、今回のパブリックデイに訪れた子どもたちがスタートアップ出展者となっているかもしれない。