ディープテック支援のHello Tomorrowが日本でイベント開催 在宅血液透析装置のPhysiologas Technologiesがピッチを制す
ディープテックを支援する、フランスパリを本拠地にもつHello Tomorrow Japanが2024年12月6日、ピッチイベント「Deep Tech Summit」を都内で開催した。10社のファイナリストから選ばれたのは、デジタルヘルス・医療デバイス部門のPhysiologas Technologies(フィジオロガス・テクノロジーズ)だ。イベントの模様をお届けする。
AIや機械学習、量子コンピューター、ロボット、環境、暗号化・ブロックチェーン、創薬、バイオテクノロジーなど、最先端の研究を通じて社会の変化をもたらす可能性のあるディープテック。研究を要することから実現に時間がかかる、不確実性があるなどの性質はあるものの、ここ数年関心が高まっている分野だ。ベンチャー投資全体に占める比率も増えており、ボストン コンサルティング グループによると、世界のベンチャーキャピタルの出資に占めるディープテックの割合は過去10年で約10%から20%に倍増しているという。日本でも、政府が2022年に打ち出した「スタートアップ育成5か年計画」で、明確にフォーカスが示されている。
https://www.bcg.com/publications/2023/deep-tech-investing(関連リンク)
Hello Tomorrowは2021年にフランスで立ち上がった団体で、ディープテックにフォーカスしたスタートアップを支援している。フランス以外に日本、トルコなど3つの国にオフィスを構えており、2017年よりイベントを通じてローカルのエコシステム形成を進めている。
そのローカルイベントとなるHello Tomorrow Japan。応募したスタートアップを、技術、ビジネスと社会に与える潜在的なインパクト、経済性、リーダーシップと組織の4つの観点から評価して、最終的にファイナリストとして以下の10社に絞り込んだ。
FerroptoCure(カテゴリ:医療バイオテクノロジー&製薬)
Luxna Biotech(カテゴリ:医療バイオテクノロジー&製薬)
TRINEAR(カテゴリ:産業&機械)
LIPPER(カテゴリ:産業バイオテクノロジー&新素材)
E-ThermoGentek(カテゴリ:エネルギー)
MKPLUS(カテゴリ:エネルギー)
Physiologas Technologies(カテゴリ:デジタルヘルス&医療機器)
Nanotis(カテゴリ:デジタルヘルス&医療機器)
Elecyo(カテゴリ:デジタルヘルス&医療機器)
Geek Guild(カテゴリ:先進コンピューティング&電子機器)
イベントでは、9人の審査員の前で各社が5分のピッチを行った。その結果、優勝したのはPhysiologas Technologies。これにより、フランス・パリで開催されるグローバル版「Hello Tomorrow Global Challenge 2025」の出場権を獲得した。なお、PhysiologasはSTARTUP DB賞、GENOPOLE賞も受賞するなど、高い評価を得た。HEC賞は、Nanotisに授与された。
Physiologas Technologies(フィジオロガス・テクノロジーズ)
パリ行きのチケットを勝ち取ったPhysiologasは、北里大学発のスタートアップだ。2020年に設立、神奈川県にオフィスを構える。開発するのは在宅での血液透析を可能とするデバイス。血液透析を必要とする末期腎不全患者が自宅で簡単、安全に導入、運用できる点が特徴だ。
米国では在宅の透析デバイスが商用化されているが、300リットル~1トン規模の大量の水が必要で、パイプの洗浄などメンテナンスも面倒だ。このような理由から利用は2.3%程度にとどまっている、とCEOを務める宮脇一嘉氏は現状を説明する。
Physiologasがベースとする技術は、尿毒素を吸着除去することで透析液を装置内で再循環させるという北里大学での研究。これを、プラグイン感覚で利用できるデバイスにした。水は不要で、毎日のメンテナンスからも解放される。エラーをリアルタイムでモニタリングするアナライザーも統合しており、安全面も配慮した。
現在、末期腎不全患者は週に3回通院し、4時間程度を要する血液透析治療を行っている。これが自宅でできるようになることで、「患者の生活の質が改善する」と宮脇氏はメリットを説明する。
狙う市場はどうか。米国には末期腎不全患者が20万人以上いると言われており、その治療費は100億ドルとされている。Physiologasはすでに在宅治療の患者の置き換え、通院している患者の新規導入などを狙う。組織には宮脇氏のほか、北里大学での研究を行った小久保謙一氏がCTOとして参加するなど、臨床工学に精通した人物が揃っているという。宮脇氏はピッチで、資金が得られたらデバイスの小型化、非臨床試験などに充てたいと語った。
HEC賞を受賞したNanotisは、唾液によるインフルエンザ検査を開発している。創業者兼CEOの坂下理紗氏。特許を取得した感染症デジタル検査技術をベースに、迅速、簡単、安価な検査を実現するとうたう。
以下に、残るファイナリストの中からいくつか紹介しよう。
TRINEAR
TRINEARは「遠赤外線近」、「赤外線」、「可視光線」と3つの光を1軸で映像化できる「ワイドバンド可視カメラソリューション」を開発する。ビデオカメラ向けのオートフォーカス技術で知られるCTOのHasegawa Takayoshi氏を始め、パナソニック出身者が経営陣に名を連ねる。
3種類の光を一度に取り込むことで、さまざまな情報を含む画像が出力される。これは「AIの画像分析に適している」と創業者のDave Yukisada Fukaya氏は話す。活用例として、監視、点検、農業、車両などが考えられる。すでに国内外の有力企業とPoC段階にあるという。
Fukaya氏は、マシンビジョンの2025年の市場規模(世界)を191億ドルとし、100万ドルを今後6ヶ月で調達し、カメラの小型化(30分の1程度)を進め、製造コストやPoCに充てたいとした。
LIPPER
次はLIPPER、「タイヤを黒から白へ」が合言葉だ。審査員の前に立った創業者兼CEOの鈴木幹久氏は、「タイヤは100年以上、技術革新が行なわれていない」と切り出す。
現在のタイヤの70%が、1910年に考案されたカーボンブラックを用いている。カーボンブラックは石油を燃やすことで作られており、年間3800万トンものCO2を排出しているという。この問題に対しLIPPERでは、木材を10億分の1に小さくしたナノセルロースの繊維構造をタイヤに応用する。これにより、CO2、マイクロプラスチックの排出量を80%程度削減できるという。
プロジェクトは2021年にスタート、「ナノセルロースはその小ささから取り扱いが難しいが、深層学習などのデータサイエンスを利用する独自技術がある」と鈴木氏。2022年には国家プロジェクトに採択され、タイヤの走行実験を経て公道でのテストも開始している。
2024年からはビジネス開発フェイズと位置付け、展開を続けてきた。すでにシェアリングの自転車で採用されているとのこと。今後は車のタイヤにも広げていく。市場規模は、自転車が5億ドル、自動車が25億ドル、大型車は380億ドルという。売上高の目標として、3年後に1000万ドル、2030年には5億ドルを目指す。
E-ThermoGentek(Eサーモジェンテック)
E-ThermoGentekは、低温排熱を電気に変換する熱電発電技術を開発するベンチャーだ。
全一次エネルギー供給量の60%が地球環境に排出されており、300度以下の低温廃熱は廃熱の75%を占めるという。「これは、日本で年間に消費されるエネルギーとほぼ同等」と同社で市場開発部 グループリーダーを務めるArjun Menon氏は課題を紹介する。
この課題に対し、同社はフレキシブルな熱電発電モジュール「フレキーナ」を開発した。パイプ構造を使うことで高い熱回収効率を実現するもので、日本と米国で特許も取得ずみ。従来の熱電発電モジュールがセラミック基板であるのに対し、フレキーナは柔軟性に優れ、パイプに巻き付けることもできる。これにより、産業における低温廃熱を効率よく回収してエネルギー需要に応えることができるという。
競合技術に比べると電池交換が不要、省スペースなどの優位性があり、すでにIoT用はサンプルを販売中。40社以上の顧客があるという。省エネ用についてはPoCを進めている段階だ。ビジネスモデルは直販と間接販売の両方をとる。市場の規模は2032年に67億ドル、ここで大きなシェアを取りたい、とMenon氏は意気込んだ。
MKPLUS
同じくエネルギー分野のMKPLUSは、非リチウムイオン電池の開発を行う仙台発のベンチャーだ。審査員の前に立った創業者の黒川和祐氏は、「電気エネルギー貯蔵の効率的な方法がない」と課題を示す。爆発の可能性、チャージ時間、短いライフサイクルなどが問題になっているという。
これを解決すべく、同社が開発したのがバナジウム個体電池技術だ。特徴は不爆発で不燃焼、高速充電、ほぼ永遠の寿命など。2020年に開発を開始し、2022年に生産に入った。2023年には、新しいフェイズとして小型モジュールの開発を開始したという。ビジネスモデルは自社製造、直販と間接販売。大型のモジュールではフランス、ブルガリアなどの国のパートナーと協業していることも報告した。売り上げ目標は2030年に2100億ドル、その時点で700億ドルの収益達成を目指す。
黒川氏は潜在的な市場規模として2030年に1.4TWhとの見通しを示し、そのうちの約半分となる648GWhのシェアを目指すと述べた。
Geek Guild(ギーグギルド)
最後のピッチはGeek Guild、ギークのギルド(ドイツ語で団体、組合などの意味)が意味するとおり、元Adobe Systemsなどを経た尾藤美紀氏(CEO)、京都大学大学院で数理モデルなどを研究した花村慎介氏(CTO)らが共同創業した。
ピッチで尾藤氏が紹介したのは「CasheAI(キャッシュAI)」、「100%正確な回答を提供する」と胸を張る。
AIで懸念されるハルシネーション問題に対し、CasheAIはユーザーがプロンプトを入力すると、安全性フィルターを適用して事実確認を行った後、回答を出す。またAIモデルを小型化し、処理時間を短縮することでAIを開発し、運用に必要なサーバーのコストを90%削減できる点も特徴だ。「開発と保守の合計のコストは75%削減できる」と尾藤氏。米国を含む複数の国で特許出願済み。すでに20社以上の顧客がおり、会話型AIのニーズが出てきているという。AI市場は巨大だが、同社はまずヘルスケアにフォーカスするという。

































