メルマガはこちらから

PAGE
TOP

バルセロナと京都、データから考える未来のパブリックスペース(吉村有司氏×塩瀬隆之氏対談)

「京都デジタルツイン・ラボ オンラインセミナー」レポート(後編)

提供: 京都市

 京都市が主催する連続企画「京都デジタルツイン・ラボ」が、2024年12月から2025年1月にかけて開催された。国交省が手がける3D都市モデル「PLATEAU(プラトー)」を題材に、都市とデジタルツインの未来や活用法を探るオンラインセミナー、ハンズオン、ハッカソンを行う連続企画。連続企画のスタートを切るのがこのオンラインセミナーである。

 前編に続いて、今回は、12月8日に行われたオンラインセミナーの後半トークセッション「都市のデジタル×リアル」をレポート。東京大学先端科学技術研究センター特任准教授の吉村有司氏と、京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏が、データサイエンスを生かすまちづくりと、京都への活用法を模索した。

バルセロナで進むビッグデータやAIを用いたまちづくり事例

 トークセッションの前に、東京大学先端科学技術研究センター特任准教授の吉村氏によるプレゼンテーションが行われた。

東京大学先端科学技術研究センター特任准教授 吉村有司氏

 建築家である吉村氏の専門は市民共創型スマートシティ。建築や都市計画、まちづくりをバックグラウンドとしながらも、Ph.D.をコンピュータ・サイエンスで取得している。AIやビッグデータを活用する都市デザインなどを専門に、2005年からバルセロナ都市生態学庁やカタルーニャ先進交通センターに勤務し、現地のウォーカブル政策などに携わった。その後マサチューセッツ工科大学研究員を経て現職に就いている。

 データを活用して都市計画を行うには、市民の声を拾い、ビッグデータを取り入れながらボトムアップ形式で進めることが重要だという。事例として吉村氏が紹介したのは「バルセロナのデータをもちいたまちづくり:ウォーカブルの最新動向」。歩行者優先の都市計画「スーパーブロックプロジェクト(以下、スーパーブロック)」の解説だ。

「スーパーブロック」は、バルセロナを歩行者中心の街へアップデートする施策。グリッド状に整備されたバルセロナの街を9ブロックごとに「スーパーブロック」としてグループ化し、内側を歩行者、外側を自動車用の通りにするというもの。

 市内全域の60%以上を歩行者優先の空間に変える壮大な計画だ。パブリックスペースの増加、大気汚染の改善、騒音レベルの低下を実現し、市民の満足度向上を目指す。バルセロナでは、数十年をかけて入念に準備されてきた。

「スーパーブロック」のパイロット版には「グラシア地区歩行者計画」がある。吉村氏自身が2005年から担当したものだ。地区の歩行者化によって街の景観が変わり、17世紀に造られた古い街が、現在では人気エリアとして注目されている。

 さらに世界中の都市が目指す都市像でもある「ウォーカブルな街」の魅力についても深掘りした。歩行者空間を整備すると生活の質が向上するだけでなく、通り沿いに建つ小売店・飲食店の売り上げが伸びる。それを証明するために、オープンストリートマップから「スペイン全域で、どの道路がいつ歩行者化されたか」の情報を取り出す技術を開発し、個人情報の取り扱いに留意しながらも過去数年分のクレジットカード利用記録を重ねた。すると「歩行者空間化すると、そこに立地する小売店・飲食店の売り上げは向上する」という結果が得られた。

 今後も、積極的にデータを活用して都市計画をするべきであり、歩行者空間化による数値の変化を収集してフィードバックを重ね、市民との合意を形成する必要がある。同時に自治体によるデータのオープン化、規格の統一化が望まれると吉村氏は結論づけた。

トークセッション「京都が市民参加型デジタルシティへ変革する道筋は?」

 後半では、京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏が聞き手となり、ビッグデータを活用したまちづくりを深く議論。ともにオーバーツーリズムに直面するバルセロナと京都市の類似性を念頭に、京都がデジタルシティに変革するヒントを探った。(以下、本文敬称略)

京都大学総合博物館准教授 塩瀬隆之氏

塩瀬:「スーパーブロック」は非常に興味深い。このような施策はターゲット設定が重要になるが、市民、企業、観光客の誰を中心に見据えているのですか?

吉村:そこは明確に市民ファーストだと思います。私が初めてバルセロナを訪れた2001年の時点ですでに「増えすぎた観光客をどうするか」という観点と、データを活用して現状を是正する意識がありました。また、各街路の魅力の源泉ともなっている家族経営の小売店を保護する姿勢も強かったと思います。

塩瀬:まちづくりにデータが使われることを、なぜバルセロナ市民は柔軟に受け入れられるのでしょうか。

吉村:現場で色々な方々とお話しをしているとバルセロナの人たちはデータに対するアレルギーが比較的少ないと感じます。都市としてのバルセロナはローマ時代に起源を持ち、当時の人々は市壁に囲まれた高密度な環境のなかで暮らしていました。人口密度が異常なほど高かったこともありコレラなど感染症が繰り返し流行ってしまい、近代化に向けて都市を拡張していこうという機運が高まっていきました。そんななか、19世紀中盤に土木技師のイルデフォンソ・セルダ(Ildefons Cerdà)が壁の中で暮らしていた労働者の居住環境の調査をして、その結果に基づいて現在のバルセロナの基盤となるグリッド都市をつくった(1859年)という歴史的経緯があります。

 ここからは個人的な仮説ですが、明確な意志を持ってデータを用いて都市を計画した最初の都市なのではないでしょうか。それ以来バルセロナでは都市を計画する時に当たり前のようにデータが使われ続けています。日本にデジタル庁が生まれたのは2021年ですが、バルセロナでは1967年に同じような機関(バルセロナ情報局)が生まれています。このような積み重ねが、バルセロナ市民のデータに対する敷居を下げ、データに対する市民全体の意識を底上げしたのだと思います。

塩瀬:確かに、サッカーチームのFCバルセロナも市民参加型の側面があり、誰もが意見を言う風土がある。ただ、19世紀半ばや1960年代ごろの情報はまだデジタル化されていなかったはず。それらは当時から”データ”として認知されていたのですか?

吉村:確かにそれらを「データ」として認識していたかどうかは微妙だと思います。ただ、僕がバルセロナ都市生態学庁に入った2005年の時点ですでにGISや各種データを使った都市計画・まちづくりは当たり前のように行なわれ、オリンピック前後の都市計画でも普通に使われていたことを考えると、世界的に見ても相当早かったと思います。

 もう一点、「誰もが意見を言う風土」というのも歴史的に説明がつくと僕は思っていて、それはやはり1970年代中盤まで続いたフランコ政権の影響が大きいと思います。特にバルセロナを中心とするカタルーニャ地方はフランコにたてついたということもあり、カタルーニャ語や文化などが強く禁じられていました。そんな苦い経験をしている民族だからこそ、自分たちで決めることの大切さや、意見を言えることの喜びをより良く理解しているのだと思います。

塩瀬:その状況はバルセロナ独自のものなのか、周辺都市全体に似たような傾向があるのか。その辺りはどうでしょうか?

吉村:スペイン全体でデータをもちいたまちづくりはかなり進んでいると思います。例えば、サンタンデール市のデータをもちいたゴミ収集車の最適経路探索プロジェクトや、「食を用いたまちづくり」で有名なサンセバスチャンなどですね。

 サンセバスチャンでは街全体でレシピをオープンデータにすることを通して地域の活性化に成功しています。レシピはそのレストランにとっては命とも言うべきものであり、門外不出、クローズドにすることによって差別化してきたのがレストランという業種だと思います。サンセバスチャンはそれをオープンにすることによって町全体の活性化を図ったのです。

 それでも、やはりバルセロナは異彩を放っていると思います。僕が参加したICING(Innovative Cities for Next Generation)という欧州プロジェクト(FP6)はバルセロナ市、ダブリン市、ヘルシンキ市という3都市が連携して都市のデジタル化を進めていきましょうという、いまでいうスマートシティの走りとなったプロジェクトがありますが、それが始まったのが2005年なので、相当早いと思います。

情報を集めてビッグデータとして活用するために

塩瀬:まちづくりにおいて、どんなデータが有益で、収集しやすいのかを教えてください。

吉村:交通センサスデータやクレジットカード情報、人流解析にもちいられる携帯電話の基地局データなどは集めやすく使いやすいと思います。また、バルセロナは市民がまちづくりに参加しやすいように、Decidimという市民参加型のデジタルプラットフォームを導入しています。人間の手と目だけでやっていては、とてもじゃないけど拾えきれない数の市民達からの声を効率的に収集して集約し、政策に落とし込む仕組みです。これは日本でも加古川市(兵庫県)や渋谷区(東京都)などで実験的に導入されています。

塩瀬:前回の都知事選ではブロードリスニングという技術も使われていました。

吉村:ブロードリスニングという言葉自体は、オードリー・タン等によって使われるようになった言葉で、都知事選で使われた技術はAI Objectives Instituteが開発したAIツール(Talk to the city)を使っています。コードは公開されているので、プログラミングがある程度出来さえすれば実装が比較的簡単にできると思います。僕もすでに実装してワークショップなどで使っていますが、京都でも活用しやすいのではないでしょうか。

塩瀬:日本人は、民主主義といいつつも「自分が何かの決定に参加する」経験が少ない。例えば学校の授業などで、データを見ながら一緒に考える練習を行うほうがいいのではないか。バルセロナでは、市民教育においてもそういった主体的な参加の練習の場があるのでしょうか?

吉村:バルセロナ市役所は隠れたところでいろんな努力をしていて、そのひとつが市民間のデジタルデバイド(情報格差)を減らそうとしているところです。例えばDecidimに参加するにしても高齢者はiPadの使い方がわからない人が多いですよね。そこで、各地区で無料のワークショップを定期的に開催して、iPadの使い方・投票の仕方がわかるようになるまで並走する取り組みをしています。オンラインだけではなく、オフラインをうまく組み合わせながら、デジタルのリテラシーを社会全体で向上させようとしているのです。Decidimはオンラインツールということもあり、デジタルの面ばかりが強調されがちですが、バルセロナはとてもスマートにオフライン(対面)をうまく組み合わせながら使っているところがポイントかと思います。

都市のデジタル化のために日本が向き合うべきこと

塩瀬:日本の自治体はデジタル化がスムーズに進められないところも多く、デジタルデバイスの導入難を理由に断念するところまである。どうすれば日本でも実現できるようになるのでしょうか。

吉村:都市に対するリテラシーを上げる必要があるのではないでしょうか。わかりづらいかもしれないので「スーパーブロック」を例にすると、地中海沿岸で暮らす人は幼少期から公共空間を使うことに慣れています。自宅の前にある陽の当たる広々とした公共空間が狭い居間の延長だと考えられているからです。そうすると、「明日から家の前が歩行者空間になる」と聞けば、即座にテーブルを出してカフェを楽しむくらいに即座に対応できます。しかし日本では歩行者空間ができても、そこで何をしたら良いのかという想像力が働かず、いったんみんな様子を見るのではないでしょうか。そう考えると、ウォーカブルを進める際には、ルールの設定と同時に、「どうやってその空間を使うのか」という啓蒙も進める必要があります。

塩瀬:確かに、本セミナーの冒頭に「テクノロジーを振りかざすことだけがスマートシティではない」という話題がありました。日本は、データ取得が先行するだけのスマートシティが多いと思われますが、おそらく、技術を使いこなせる社会を造ることも同時進行する必要がある。データの社会実装に向け、バルセロナではどんな取り組みをしているのでしょうか。

吉村:市役所の中にバルセロナ情報局という、日本でいうデジタル庁のような組織があります。市の年間総予算の3.4%ほどにあたる、約100億円程が割り振られ、デジタルテクノロジーを使って市民生活の質向上のためのプロジェクトを動かしています。Decidimをマネジメントするスタッフの手配やワークショップの実施など、参加型スマートシティを浸透させる部分に予算を割いているのです。

塩瀬:やはりお金は重要。日本では、システムに予算を割くものの、市民へ流布させるためのソフト面に予算はつかず、メンテナンスも現場任せ。そこが課題だと感じる。

吉村:技術やデータを都市計画に活用するにあたり、もう一つ大事なのがアカデミックをうまく巻き込むという視点です。

塩瀬:それならば、日本で最も可能性があるのは京都市かもしれません。市民の10分の1に相当する人口が大学生なので、大学の初年時教育を通じてデジタル民主主義のトレーニングを行うのはどうでしょう。将来そのまま京都に就職してもらってもいいし、地元に帰ってインフラを日本中に広げる役割を担ってもらうのもいい。

吉村:僕はボストンにいたこともあるのですが、MITやハーバードをはじめ、100以上の大学がひしめく学生街となっています。日曜日にカフェで何気なくコーヒーを飲んで当時出たばかりのAIの論文を読んでいたら、たまたま隣でコーヒーを飲んでいたのがその論文の著者で話が盛り上がり、後日ラボにお邪魔したということもありました。街全体でとてもイノベーションが起きやすい雰囲気がありました。今日のお話しを伺っていると、京都にもとても可能性を感じますね。

塩瀬:まさにそう。もっと学生さんがたくさんいてくれているこの環境を生かしていかなければいけない。まちがこうよくなっていけばよいと考え、意思決定に参加する人の数を増やしていければよいですね。

データを軸にした周到な準備と、「やってみる」姿勢が成功を促す

塩瀬:京都でも、一定エリアの歩行者空間化を試みたりも過去にしているが、大胆に踏み切れていない。富山のようなLRT中心のインフラづくりも難しい。バルセロナが「60%のパブリックスペース化」を大胆に実行できる理由はあるのでしょうか。

吉村:1980年代から準備し、2005年のパイロットプロジェクトなどで実証実験を重ね、時間をかけて計画してきたという経緯があります。その際に重視したのは、自動車を制限する代わりに公共交通機関の質を充実させることです。市内のバス路線を最適化し、グリッドに沿って南北、東西のどちらかにだけ走るようにバス路線全体を再編成し直しました。移動の際に乗り換える必要はあるのですが、所要時間やコストを減らすことに成功しています。もちろんこの計画の際にも、データやシミュレーションを駆使したうえで、都市計画と交通計画、そして都市デザインを包括的に計画したところがポイントですね。

塩瀬:非常に用意周到ですね。京都は現状、市民の生活インフラであるはずのバスが観光客であふれて、交通インフラ整備についても後手に回っているように感じます。実際、バルセロナの市民は新たな仕組みに利便性を感じているということでしょうか。

吉村:いまはそうなっているのですが、2005年にパイロットプロジェクトを始める前は現地の小売店・飲食店の方々から猛反対を受けました。市としては「歩行者が増えれば売り上げがあがる」という信念があり、トップダウンで進めた経緯があります。ところが車を止めてみると、街路に人々の笑い声や子供達などにぎわいが戻ってきて雰囲気が良くなり、市民からの評価が格段に上がりました。「うちの地区もやってほしい」そう申し出るエリアも出てきたほどです。

塩瀬:街の雰囲気が明るくなり、子どもたちが遊び始め、そこに惹かれて訪れる人が増える。それは実際に車を止めてみなければわからないことだと思う。「やってみたらこうなるかも」という都市計画シミュレーションや、まわりの人への広報、挑戦も含めて、「なぜ日本でできないのか」という思いがあります。

吉村:まずはやってみることが大事ですかね。バルセロナの場合も、歩行者空間にすることで売り上げがあがるという推測はあったのですが、ここまで市民全体が喜んでくれるとは正直思っていませんでした。そこはうれしい誤算だったかなと。実空間を体験してもらうことの重要性を実感しました。

都市のオープンデータ化に向けて

塩瀬:冒頭に「建築家・都市プランナーはビッグデータを扱うことに慣れていない」という話題がありました。自治体はこれからどのようなデータを用意し、まちづくりの専門家に提供するべきでしょうか。

吉村:今回のテーマでもある「PLATEAU」の3D都市モデルは非常に魅力的だと思います。前半のトークセッションで出たように、ゲームの『スプラトゥーン』をリアルな都市空間で遊ぶのもいいし、京都なら、例えば祇園祭がどこからよく見えるのかを検証することもできそうですよね。建築家や都市計画の専門家はデータを使ったシミュレーションをあまりやってこなかったと思うので、どんなデータでもありがたいと思う人は多いと思います。先ほどの話ではないですが、まずは使ってみるのがいいと思います。

 もうひとつ、世界のトレンドはオープンデータ化です。自治体はプライバシーの問題を解消したうえでデータをどんどんとオープンにし、いろんなデータを市民に使ってもらい、認識してもらうプロセスが非常に大事です。市民が自宅の周辺に興味を持ち、都市の計画についての認識を持つことは民主主義に参加するために必須です。バルセロナやロンドン、ニューヨークなどの先行事例を参考にしながら、データを市民やアカデミックの人たちと共有していくのはどうでしょうか。

塩瀬:確かに。オープンデータ化を見据え、編集しにくいPDF形式ではなくAPI自体を公開してデータ利用の利便性を高めていかなくてはいけないと思います。また、リテラシーの問題を解決するために、小中高、さらに京都なら大学も巻き込めるといい。アカデミック側と協力してオープンデータを活用すれば、それ自体が情報活用のためのインフラになるはず。それをデジタルツインの最初の活用法にできるよう、これからの京都に期待したいと思います。

合わせて読みたい編集者オススメ記事