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会社員からのライフシフト、「生涯かけて全うしたい」と掴んだのは伝統工芸・伊勢型紙職人という仕事

文●杉山幸恵

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自分が伊勢型紙に心を動かされたように、いずれは見る者を感動させたい

 徒弟制度が続いていたころは、5年ほどの修業の後、師匠より一部得意先を分けてもらいつつ独立するのが一般的だったという伊勢型紙の世界。那須さんはどのように仕事を獲得していったのだろうか。

 「本来、伊勢型紙の職人は営業に出ることはほとんどありません。でも、私はこの業界の仕事が少ないと聞いていたので、修業の2〜3年目ぐらいから機会があれば関東の染屋さん(染色加工業者)に出向いてお話を聞いたり、着物関係のイベントに参加したりして、お得意先を作りました。また、日々の修業や仕事の様子を SNSで発信、HPやリーフレットなどの営業ツールを活用しているほか、積極的に取材対応もすることで、わずかではありますが知名度がアップ。呉服関係以外の方からもオリジナル商品の製作や、ハンドメイドキットの監修、型紙ワークショップの要請など、さまざまなご依頼をいただけるようになりました」

パッケージに使う紋様のデザインを依頼されることも

伊勢型紙のワークショップ

 独立前から精力的に営業を行ったおかげで仕事を定期的に獲得し、現在は伊勢型紙に集中して活動を続けている那須さん。工房内独立をしたタイミングでパートタイムでの仕事も辞めたそうだが、生計は成り立っているのだろうか。

 

 「型紙で生計がたてられているのかどうかと言われると、預金の残高を見るにおそらくギリギリ暮らせている程度ですが、なんとかなっています(笑)。私の場合は、親方に物心ともに助けられて過ごしてきましたので、ほかの修業している若手に比べて随分と生活費が抑えられているはずです」

 収入面に関してはやや心もとない様子だが、これについては伊勢型紙に限らず、多くの伝統工芸の世界で問題になっている点だろう。

 「職人に支払われる対価が昔の相場のままということを得意先によっては、たびたび感じることがあります。このご時世ですから、相場を上げていただかないと、これから職人を目指そうという若者にはかなり厳しいのではないでしょうか」

 事実、那須さんが修業を始めた当初、伊勢型紙の技術を継承する公式な組織で型紙を学んでいる人はほかにもいたが、職人として独立した人は一人もいなかった。それどころか、産地に歳の近い後継者すら一人もいなかったということに、那須さんは随分と驚いたそう。そして、現在、伊勢型紙の本拠地である鈴鹿には、熟練層の職人が20人ほどいて、そのいずれも着物の型紙の仕事が当たり前にあったころからの現役だ。

 「熟練層の平均年齢は70代後半で、バリバリ働けるというわけではありません。そして、現時点でも内弟子として、個人的に弟子を抱える職人はいません。奇跡的に弟子入りできた私と、後輩の2人も2年前に親方を亡くし、内弟子を抱える伊勢型紙の職人はいなくなってしまいました。現在、修業したい若手を定期的に受け入れているのは、伊勢型紙技術保存会だけです。そして、私を含めて若手で職人として本業としているのは4人ほど、技術はあるけど仕事を始めたばかりという人が7人ほどいます。型紙全体で言えばほかにも各地に職人はいますが、伊勢型紙に絞って言えば、かなり人数が少ないですよね」

那須さんと同じく生田さんのもとで修業をした後輩の丸田さん(写真奥)と〝アテバ〟を並べて作業することも

 こういった後継者不足に加え、現在の伊勢型紙が抱える問題について「需要の減少が何よりだと…」と那須さんは語る。

 「伊勢型紙の材料と技術は着物や手ぬぐい、唐紙や印伝など、工芸職人を支える染色用の道具のためのもの。その部分は決してなくしてはいけない部分だと思っています。そのうえで、まずは染め型紙に対して、『これからの若手が仕事をしやすいような注文システムが作れたらいいのにね』とよく話しています。また、染色道具以外にも、あらゆる技術が発展した現代において、あえて職人が和紙に模様を手彫りする美しさや柔らかさなどの価値をきちんと伝え、活用した需要の開拓ももっと必要だと思っています。需要さえ増えれば、若手は育つはずです。染め型紙の仕事を支えるためにも、それ以外の需要の裾野を広げ、しかもそれが伊勢型紙の普及や振興にもつながるアイテムやサービスとなればもっといいなと」

 このままでは伊勢型紙の業界が先細ってしまう…そんな現状を打破すべく、自分になにかできることはないかと考えた那須さん。「本当は外に出る活動は苦手だった」そうだが、伊勢型紙の魅力を広く発信するため精力的に活動をしている。

 「伊勢型紙の普及のための講演や展示会のほか、職人グループ活動でラジオ番組風の生配信を定期的に実施するなど、伝統工芸の発信に努めています。伊勢型紙振興とまちおこしを兼ねたNPO法人では広報を務め、鈴鹿市への来訪者を増やすだけでなく、地元の方にももっと伊勢型紙の魅力を広げようと展示会やコンテストなど、さまざまな企画を実施。商品の販売も伊勢型紙普及のためのコミュニケーションとして、オリジナル商品の制作販売もしています」

写真は東海3県の若手女性職人「凛九」による展示会の様子

展示会に参加し、作品を制作するのは自己研鑽のためでもあるという

那須さんが企画を提案し、NPO法人 歴史と文化のある 匠の見える里の会が主催した「伊勢型紙 第1回鈴鹿小紋デザインコンテスト」。広報としてHP、チラシ類すべてを担当した

 安定した会社員から伝統工芸の職人へライフシフトをしてよかったことはどんなことだろうか。また今後の目標についても聞いてみた。

 「やはり自分がやっていて一番楽しいことが、結果として工芸職人を支えるという誇らしい仕事であることです。そして、心から尊敬できる人と出会い、学ぶことができたということにも感謝しています。親方をはじめ、私のわがままのようなやりたい!という気持ちに対し、本気で向き合ってくれる人に何人も出会えました。これは何よりの財産だと思っています。職人としての目標は、親方の技術に追いつけるよう50代の終わりぐらいまでにできる限り難しい小紋型に挑戦しておくこと。小紋型紙の美しさや技術の高さに心を奪われてこの業界に飛び込んできたので、人に感動してもらえるレベルまで極めないと、伊勢型紙は生き残れないと考えているからです。あとは、そろそろいい年なので真剣に健康管理をしていかねばと考えています(笑)」

那須さんによる「二四萬柄」。不死=二四から、24万個の穴が彫り抜かれている

 伊勢型紙に出会い、そして心から惚れ込み、職人としての技術を極めようと、歩を緩めることなく突き進んでいる那須さん。これからライフシフトをしたいという同年代の女性に向けてメッセージをお願いすると、「私は深く考えない質だからこそ、ここまでやってこれた人間です。人様に下手なことは言えないのですが、それでもあえて言うのであれば…」と前置きをしつつ、こんな言葉をくれた。

 「自分がどうしてもやりたいと思って始めたことでも、続ける中で壁にぶつかり、苦しい経験をすることもあるはずです。それを乗り越える燃料は、ひたすらそのことが大好きだ!!!!!という気持ちしかないかなと。胸が震えてなぜか涙が出そうになる、そんな心の底から大好きなものに一生にひとつでも出会うことができたら幸せですよね。だから私は決して経済的に余裕のある暮らしではないけれども、この仕事をしている限りは幸せだと、勝手に思っています(笑)。そこから何か汲みとっていただけましたら幸いです」

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