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業界人の《ことば》から 第603回

日本マイクロソフトが掲げた3大目標、そして隠されたもう一つの目標とは?

2024年09月03日 08時00分更新

文● 大河原克行 編集●ASCII

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今回のひとこと

「日本マイクロソフトは、あなたのCopilot(副操縦士)として、個人や企業、日本の成長を支え、加速する。その姿勢はこれからも変わらない」

(日本マイクロソフトの津坂美樹社長)

 日本マイクロソフトは、2024年7月から始まった同社2025年度(2024年7月~2025年6月)の事業方針に「生成AI」「セキュリティ」「スキリング」の3点を掲げた。

 2023年2月に社長に就任し、2年目を迎えた日本マイクロソフトの津坂美樹社長は、「社長就任後に『日本マイクロソフトは、あなたのCopilot(副操縦士)として、個人や企業、日本の成長を支え、加速する』という方針を掲げた。この姿勢はこれからも変わらない」とし、「セキュリティへのコミットメントをより強化し、それに向けた投資を推進するほか、Copilotの拡充とAIソリューションの組み合わせによるトータルデザインの提供や、AI時代を切り開くスキリングの提供によって、日本の社会に貢献していく」との方針を示した。

生成AI

 ひとつめの「生成AI」は、Microsoft Copilotによる取り組みとなる。

 津坂社長は、産業革命以降の技術革新によって、GDPが急成長し、昨今ではAIがGDPの成長を牽引していることを指摘しながら、「AIは、これまでに一番大きなテクノロジー革命がやってきたといえる出来事」と位置づける。

 経済産業省の調べによると、日本において、生成AIがもたらす経済効果は、2025年には34兆円に達するという。これは日本のGDPの6%に匹敵する規模だ。

 「生成AIがないと、これだけの経済効果がなくなる。IDCの調査によると、AIに投資をすると、3.5倍の投資効果が生まれるとの試算がある。しかも、これまでとは比較にならないほど短期間に成果を得ることができる」と、生成AIによる経済活動へのプラス影響の大きさを示す。

 2023年2月に、米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが、「マイクロソフトのあらゆる製品に、製品を一変させるようなAI機能を搭載していく」と発表して以降、同社では、この1年半で数多くの製品に生成AIを搭載。これまでに150以上のAI機能を追加し、ナレッジワーカーだけでなく、ソフトウェア開発者、市民開発者、営業やサービス部門、セキュリティ運用など、幅広いユーザーが生成AIを活用できるようにしている。

 現在、全世界で5万3000社がAzure AIを利用しているほか、フォーチュン500社の60%近くがCopilot for Microsoft 365を利用。GitHub Copilotは180万人の開発者が利用しているという。

 そして、この1年半で、Microsoft Copilotの役割が進化していることも示す。

 当初は、個人をサポートするAIアシスタントだったものが、チームメンバーの一員として利用されるAIへと進化。今後は、AIエージェントとして、ヘルスケアや財務などの専門知識を持ちながら、より複雑なタスクにも対応できるような存在になると予測する。

 「これからは、自分の業務に最適化したAI活用が、すぐに行える環境が整うようになる」と述べた。

 津坂社長自らが、生成AIを日常的に仕事に活用していることは、よく知られているが、7月下旬からは、Copilot+PCを活用しはじめ、津坂社長の生成AIの利用はさらに加速することになりそうだ。

 「Copilot+PCは、ハードウェアのなかにAIが入り、いままでにないパワーを持ったPCになる。多くの人に、Copilot+PCを体験してもらいたい」と呼びかける。

 津坂社長は、AIを活用するためには、「AIの筋トレ」が必要であると提言。AIを使うためには、毎日使い続け、Copilotとの議論を繰り返すことで、生成AIを相棒へと進化させることを自ら体験してきた。

 たとえば、日々の利用において、プロンプトに入力する言葉が短いと、適切な回答が得られないことがわかったため、最近ではプロンプトを長くして入力。その結果、より適切な回答が得られるようになったという。こうしたノウハウを蓄積したのも「AIの筋トレ」の成果だ。

 「AIの筋トレ」に続いて、最近、日本マイクロソフト社内で使われ始めた言葉が、「コパ活」だ。

 Copilotを活用することを「コパ活」と呼んでおり、これをキーワードに、パートナー企業とともに、日本においてCopilotの利用を広げていくための活動を推進していくことになるという。

責任あるAI

 2つめの「セキュリティ」では、マイクロソフトが取り組んできた「責任あるAI」が鍵になる。

 「マイクロソフトは、生成AIの活用において、安心、安全を提供することが不可欠であると考えており、2年前に生成AI元年が訪れる前から、AIに関して、公平性、信頼性と安全性、プライバシーとセキュリティ、包括性、透明性、説明責任を果たしてきた。数100人の社員が『責任あるAI』のためにだけに仕事をしている」と語る。

 また、Secure Future Initiative(SFI)により、AIを使う際に、設計としての安全性、既定設定での安全性、安全な運用の3点を前提とした取り組みを行っていること、Azure AI Content Safetyにより、暴力的な表現などをフィルタリングして、生成AIを安全に利用できる環境を整備。今後は、各企業のAIポリシーに合致したカスタムフィルターを適用する「カスタムカテゴリー」や、不正アクセスを目的としたプロンプト攻撃を監視および検出する「プロンプトシールド」、根拠となるソースを検出する「根拠性検出」などの機能を新たに追加。さらに、Copilot Copyright Commitmentにより、著作権侵害の心配がなく、生成AIを活用できるようにしていることも示した。

 こうしたセキュリティに対する取り組みは、日本の企業においても評価されていることを強調。津坂社長は、「日本の金融、通信/サービス、政府/自治体/教育機関、製造/IT、スタートアップなど、数多くの企業がマイクロソフトのAIを採用している」と、セキュリティに基づいた信頼性が、生成AI採用の鍵になっていることを強調した。

スキリング

 そして、3つめの「スキリング」では、「AI時代を切り開くために重要な取り組み」と位置づけ、日本国内において、今後3 年間で、非正規雇用を含む300万人のリスキリングを通じて、AI活用の底上げを行うことを発表。スキル習得を望む開発者や学生、あらゆる規模の企業や団体に属する人々を対象に、日本マイクロソフトが提供するリスキリングプログラムや、既存の研修プログラムを実施。東京都をはじめとする自治体やその他の公共機関に対して AI ツールの導入および利用のためのプログラムも提供するという。

 さらに、派遣社員や学生など、約5000人の女性を対象に、テクノロジー領域におけるスキルアップを目指す「Code; Without Barriers(CWB)」を、2024年5月に開始したことを報告。2024年秋には第1期生が卒業することになるという。「女性開発者の育成などを進め、女性の正規雇用や転職、起業などを支援している」のが狙いだ。

 加えて、国連訓練調査研究所 (UNITAR) と協力し、AIやサイバーセキュリティなどを学ぶ研修コンテンツを広範に提供。高度な AI 技術者の育成支援では、開発者およびテクノロジー企業向けの研修プログラムの提供やリファレンスアーキテクチャの拡充、さらには「GitHub Copilot」を通じた開発者支援も継続するという。

 また、「Microsoft for Startups Founders Hub」ではスタートアップ企業へのリソース提供や、工業高校などにおいて、高度なプログラミング教育の支援を継続し、未来の AI 人材を育成するという。

そして隠れた目標

これが2025年度の日本マイクロソフトの基本戦略となるが、実は、津坂社長には、対外的には公表していない隠れた目標がある。

 それは「三連覇」である。果たして、「三連覇」とはなにか。

 米マイクロソフトは、2024年7月に、米シアトルで、全世界の同社営業部門とパートナー部門を対象にした社員総会「MCAPS(Microsoft Customer and Partner Sales)Start」を開催した。

 約6000人のマネージャー以上の同社社員が参加し、日本マイクロソフトからも、津坂社長や岡嵜禎執行役員常務を含めて、多くの社員が参加した。これだけ大規模な社員向けリアルイベントは、コロナ禍後では初めてだったという。

MCAPSで「ダイヤモンド・トップチーム・アワード」を受賞した様子(津坂社長のLinkedInより)。トロフィーは社内に展示されている

 このイベントにおいて、日本マイクロソフトは、同社2024年度(2023年7月~2024年6月)において、世界中のマイクロソフトでもっとも功績のあったチームに贈られる「ダイヤモンド・トップチーム・アワード」を受賞した。

 これは2023年度に続いて、2年連続での受賞だ。

 津坂社長は、「この受賞は、奮闘している国内外の社員たちはもとより、日ごろからマイクロソフトをご愛顧いただいているお客様、ともにビジネス改革を推進してくださるパートナー、開発者があってのこと」と語る。

 かつて、樋口泰行氏が日本マイクロソフト社長時代に、4年をかけて「飛び石三連覇」を達成したことはあったが、3年連続による「正しい三連覇」は、日本マイクソロフトは、達成したことがない。

 津坂社長は、この三連覇の達成に強い意欲を見せており、同社2025年度の隠れた目標となっている。

 津坂社長が三連覇にこだわるのは、社内での評価が高くなることによって、日本への投資が優先されるという点が見逃せない。これは外資系企業にとして、当然の目標だといえる。日本マイクロソフトが、グローバルで存在感を高めることは、結果として、日本のユーザーやパートナーにとってもプラスになる。

 実際、これまでの成果があったからこそ、米マイクロソフトは、2024年4月に、国内の AI およびクラウド基盤増強に、今後2年間で 4400 億円を投資することを発表。同時に、マイクロソフトリサーチの日本初となる拠点を2024年秋に設置したり、サイバーセキュリティにおいて日本政府と連携したりすることも発表。日本への投資を加速する姿勢を示している。

 米マイクロソフトは、2025年に創業50周年を迎えることになる。そのタイミングにおいても、日本マイクロソフトが、引き続き存在感を発揮することが、日本経済の発展にもつながるとは言えそうだ。

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