プッチンプリン問題が話題になっているだけあり、6月末にアップした「「S/4HANA」発表から9年、マイグレーションという難題に取り組み続けるSAP」という記事が、なかなか読まれている。しかし、ボスは読まれただけでは飽きたらず「マイグレーションってなに?」「プッチンプリンとどう関係する?」と質問攻めにしてきたので、プッチンプリンも、SAPマイグレーションも理解できるような記事を作ることにした。以前もやった、かみさん(元IT業界)と私(ASCII編集部 大谷イビサ)の会話である。
プッチンプリンのプッチンってなに?
かみさん:新聞でプッチンプリンが置かれてないって書いてあるから、スーパーに行ってみたけど、本当にないのよね。ニュースでは、基幹システムの不具合って書いてあるから、これはイビサの領域なんじゃないの。
イビサ:(おっ、きたきた)。まあ、SAPって微妙にIT業界の中の別業界みたいなところだから、日経の記者ほどは詳しくないけど、かいつまんで説明するくらいはできるかな。確か基幹システムのSAPマイグレーションがうまくいかなくて、商品の出荷ができなくなったって話だよね。
かみさん:なにそのサップマイグレーションって?
イビサ:サップって読むとIT業界は素人扱いされるので、普通はエスエーピーって呼ぶんだけどね……。
かみさん:そういえば、プッチンプリンの底にあるつまみって「プッチン棒」って言うの知ってる?
イビサ:えっ? 折ると、お皿にプリンがトゥルンって出るやつだよね。なるほどプッチンプリンのプッチンって、棒を折る音か。
かみさん:イビサ、半世紀も生きてきて、いまさら気がついたの? プッチンプリンが有名なのは、プリン自体よりも、黄色のプリンの上に茶色のカラメルソースが乗っかる、あの喫茶店で出てくるプリンを子どもでも簡単に作れるからなのよ。
イビサ:すごいよね。あの容器ってさ、砂遊びとかでもきれいにプリン型作れるんだよねー。
かみさん:でも、プラスチックだから、焼いたり、蒸したりはできないのよね。子どもの頃に、作ろうとして危ないからってお母さんに怒られたわ。
イビサ:でも、私たちが子どもの頃は、みんなプッチンしていたけど、プッチンしない派もけっこう多いらしいよ。まあ、スーパーに行ったら、いろいろな種類のプリンあるし、最近は別の商品、選んじゃうかも。
かみさん:でも、やっぱりプッチンプリンはおいしいわよ。蒸したプリンは卵の力でプルプルになるけど、プッチンプリンはゼラチンを使ってるから、ゼリーみたいにさっぱり食感になるのよね。
イビサ:プッチンプリン、食べたくなってきた!
かみさん:でもお店にないのよー。そもそも話の発端がそこでしょう。
イビサ:すっかり脱線した(笑)。
9年前の新バージョンに移行する「SAPマイグレーション」とは?
かみさん:というか、私がプッチン棒の話をしちゃったから中断になったのよ。ごめんごめん。で、なんで出荷できないの?
イビサ:プッチンプリンの江崎グリコが、基幹システムで動いているSAPのシステム移行に失敗したからという報道だよね。つまり、製造したり、出荷したりするためのソフトウェアがうまく動かせなくなってるというのが答えかな。
かみさん:そもそもソフトウェアがうまく動かないと出荷ができないってどういうこと?
イビサ:もともとSAPはERPと呼ばれる基幹システム用ソフトウェアで圧倒的なシェアを誇っているんだけど、そのERPって、会計や製造、在庫、人事などのシステムを統合したお化けみたいなソフトウェアなんだ。
たとえばプリンの製造だったら、発注数や倉庫の在庫数を見ながら次の製造個数を決めて、そのために必要なぶんの原料を仕入れたり、工場での製造計画を立てたりするのよ。そこで発生するモノやお金の流れの全体を管理しているからERP(Enterprise Resource Planing)になるわけ。要は製造工程全体を一気通貫で見られるようにして、経営に活かしていこうというのが基本的な考え方。だから一部でも障害の影響が大きいのよね。
かみさん:そこまで来ると、私は社長じゃないので、わからないわ。システム移行って、なにからなにを移行するの?
イビサ:1990年代、レガシーシステムからSAPへの移行はある意味ブームだったわけ。このときに導入された古いバージョンのSAPから、新しいSAPへ移行するのが、SAPマイグレーションというやつだよ。
かみさん:ふーん。新バージョンへの移行って、いつくらいからスタートしたの?
イビサ:そもそもSAPの新しいバージョンであるS/4HANAがリリースされたの自体がもう9年前なんだよね。古いSAPのサポートが2027年に切れるから、古いSAPを導入した大企業は、この数年急ピッチで、このSAPマイグレーションを進めているわけ。7年前の記事を読んだら、ざっくりSAPマイグレーション対象の日本企業は2000社くらいあったみたい。当初は2025年がサポート切れだったので、2年も伸びたんだよね。
かみさん:じゃあ、9年前に新発表したSAPに移行するための期間が、残り3年しかないってことね(笑)。基幹システムの移行って、そんなに時間かかるの?
イビサ:時間もかかるけど、なにしろお金がかかるね。SAPのコンサルティングと言えば、IT業界の中でもお給料はトップクラス。SAPコンサルになった大学の知り合いは、20代で中野のタワマン買ってたからね。もちろんプロフェッショナルは人数も多くないから、人材を集めるのがまず大変なの。サポート切れとSAPコンサル不足と合わせて「2025年問題」と言われているよ。
SAPマイグレーションが済むと情シスは好きなことができる?
かみさん:でも、そんなに世界でシェアが高いんだったら、海外でも同じでしょ。
イビサ:海外でも同じ問題はあるけど、日本ほど深刻じゃないみたい。日本企業特有の事情として、社内でできる人がいないがために、開発を外部ベンダーに委託してしまい、移行しようにも、そもそも自社のシステムを理解してないということもよく指摘されているんだ。
IT部門が大きくて権限を持っているグローバル企業ではあまりないんだけど、担当者が転職したり、引退してしまって、基幹システムの中身が誰もわからないという嘘のような本当の話もある。今回のグリコの基幹システムも、外部のコンサルティングとの調整不足じゃないかと言われてるよ。
かみさん:自社のシステムなのに変なのー。
イビサ:実際、お金出して自社システムから外部ベンダーにデータを抜き出してもらっている会社とかもあるからね。なによりは日本企業は商習慣や業務にあわせてシステムをカスタマイズしちゃうから、追加開発が発生してしまって、さらに移行に時間がかかるのも大きな課題よね。
まあ、失敗ばかり取り沙汰されるけど、多くの会社がSAP自体には満足しているから、新バージョンにマイグレーションしているというのも事実。SAPもがんばってコンサルタントを揃えているし、「RISE with SAP」というS/4HANAのクラウド化プロジェクトも推進しているので、マイグレーションを無事完了した会社も多いんだよ。実際、無事終わったから、AI活用や内製化、IoTといった現場に近いチャレンジに乗り出せたという情シスは何人か知ってるよ。
かみさん:ふーん。ちゃんとマイグレーションが済むと、情シスの人はあがって、好きなことができるのね。
それにしても、プッチンプリンが我が家に戻ってくるまでには時間がかかるのかしら。
イビサ:そればかりはわからないけど、早く戻ってくるといいね。プッチンしたい。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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