労働力不足で脚光が当たる業界特化型SaaS、ベンダー座談会レポート
「バーティカルSaaS」市場で成功する秘訣とは? 先駆ベンダーのあゆみと苦労
2024年05月27日 08時00分更新
ソーシャルインテリアは、2024年4月18日、「バーティカルSaaSと人手不足」と題した、複数社の業界特化型SaaSベンダーによる座談会を開催した。
飲食業界を代表してインフォマート、製造業からはアペルザ、そして家具業界からはソーシャルインテリアが集い、バーティカルSaaSの現状や展望について意見を交わした。モデレーターを務めたのは、SaaS企業専門アナリストで、SaaS専門メディア「Next SaaS Media Primary」を運営する早船明夫氏だ。
労働力不足で脚光を浴びるバーティカルSaaS
前段として早船氏より、SaaS企業の全体トレンドや業界特化型のSaaSである「バーティカルSaaS」の動向が語られた。
「2021年にSaaS企業の株価が上がり、“SaaSバブル”とも呼ばれ、その後株価が下がった印象のままの方もいるかもしれないが、SaaS企業全体の業績の伸びは悪くない」と早船氏。特にトップのSaaS企業の成長は著しく、SaaS事業の指標であるARR(年間経常収益)が100億円を超える企業は、ラクスやSansan、サイボウズ、freee、マネーフォワード、インフォマート、プラスアルファ・コンサルティングなどが数えられる。
急成長するトップSaaS企業とは別に、SaaSスタートアップの動きとして、「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」型企業への相次ぐ大型調達がある。例えば、ラクスルを創業した松本恭攝氏によるジョーシス、ワークスアプリケーションズを創業した牧野正幸氏によるパトスロゴス、Gunosyを創業した福島良典氏によるLayerXなどが挙げられる。
そして、SaaS市場におけるもうひとつのトレンドが、今回のテーマとなった「バーティカルSaaS」だ。「本格普及期に入ってきている。業界特化型は規模が小さいというイメージもあったが、投資家からも評価されるスタートアップも増えてきた」と早船氏。
未上場のバーティカルSaaSのスタートアップをみてみると、水面下で100億円を超える評価額の企業が増えている。評価額300億円を超える企業も、建設業のアンドパッドや製造業のキャディ、教育領域のatama plus、小売業のカケハシ、医療領域のLinc’wellやUbie、不動産のナーブ、運輸業のCBcloudなどが存在する。
バーティカルSaaSが注目を集める背景として、日本全体の労働力不足がある。運送業、建設業、医師の時間外労働が規制される、いわゆる“2024年問題”をはじめ、各業界の“現場”における人材不足は深刻な状況だ。早船氏は、「バーティカルSaaSは、あると便利だよねという目線から、労働力不足という喫緊の課題を解決する“Must”な存在になりつつある」と指摘する。
これまでのSaaS市場は、業界を問わずに特定の部門や機能に特化した「ホリゾンタルSaaS」の事業者が先行して成長しており、上場企業数は24社。市場規模も大きく、営業やマーケティング戦略も共通化でき、成功モデルも確立されつつある。
一方のバーティカルSaaSはこれからの成長が期待され、上場企業数もまだ8社だ。「バーティカルSaaSの面白いところでもあり、難しいところでもあるのが、業界の規模に左右され、商習慣などによって攻略法や考え方が異なるところ」と早船氏。続いて、各業界を攻略するバーティカルSaaSベンダーが紹介された。
インフォマート:パソコンの使い方から飲食業に寄り添ってきたバーティカルSaaSのパイオニア
飲食業を中心にSaaSを展開するインフォマートからは取締役の木村慎氏が登壇。同社は、SaaSという言葉がまだ使われていない1998年に、食品に特化した商談の仕組みを提供するところからビジネスを開始した。その後、インターネットやパソコンの普及にあわせて、商談から派生する企業同士の取引、見積や契約、発注、納品、請求といった一連の紙でのやりとりを電子化する“企業間電子商取引”のSaaSをプラットフォームを展開する。「飲食業界でパソコンの使い方から教えながら、共に成長してきた」と木村氏。
2015年以降は、商取引のホリゾンタルSaaSとしてもビジネスを拡げ、利用企業数は100万社を突破。商取引は、サービス自体が差別化にならない“非競争領域”であるため、無償で利用できる範囲を広くとり、業界全体で標準化を進める方向性だ。今でも飲食業界の売上は、6割から7割を占めているという。
アペルザ:基幹産業である製造業の真の競争力である間接業務を支援
製造業のバーティカルSaaSからは、アペルザの代表取締役社長である石原誠氏が登壇。キーエンスで、初のインターネット事業であるiPROS(イプロス)を立ち上げた石原氏が、2016年に創業した企業である。
アペルザが扱うのは、ものづくりにおける原材料や部品といった直接材ではなく、工場設備や消耗品などの“間接材”だ。市場規模は40兆円以上となり、「実は飲食・流通と近い規模」と石原氏。この巨大な市場においては、買い手と売り手の間にさまざまなプレイヤーが存在し、流通・販売経路は非常に複雑となっている。この買い手と売り手および、間の各プレイヤーをデジタルの力でつなぐのがアペルザのビジネスとなる。
サービスとしては、買い手向けには、「アペルザ TV」、「アペルザ カタログ」を中心としたメディア事業を、売り手向けには、製造業のセールスマーケティングに特化したSaaS「アペルザ DX」を展開する。「製造業では、見込み客から問い合わせがあるとすぐ売れるという訳ではなく、高価な商品が多いため、必ず営業工程を挟む。この営業工程を最適化するサービス。つくるところで競い合う製造業の中で、意外と差がつく“売る部分”を支援するのがアペルザのミッション」と石原氏。
ソーシャルインテリア:「自分達が困っているから」で始めた家具受発注のDX
家具・インテリア業界からは、2016年に設立されたソーシャルインテリアの代表取締役である町野健氏が登壇。キュレーションメディアである「Antenna(アンテナ)」を立ち上げた町野氏が、次に選んだのが毛色の異なる家具業界である。
ソーシャルインテリアが最初に手掛けたのは、直販事業となる、個人・法人向けの家具のサブスクリプションサービスだ。日本初の家具の“サブスク”としてビジネスは拡大、続いて同社が取り組んだのが、家具の受発注を効率化するDX事業である。
当時、複数のメーカーから横断して家具を探せる仕組みがなく、「思いついたのは後付け。われわれ自身が困っていて、みんなも困っているよねという考えで立ち上げた」と町野氏。メーカーは、マスターデータを公開しておらず、あくまで紙のカタログが最新。発注側では本来別の仕事のあるデザイナーが、各メーカーの連絡先を調べ、ひとつひとつ電話で在庫確認していたという。
問題はシンプルではあるが、統合的に取りまとめる企業がなかったと町野氏。家具のデータベースを構築して、選定から見積・発注までをワンストップで効率化する業務管理クラウドの展開に至っている。