このページの本文へ

覚醒プロジェクト

「覚醒プロジェクト」PMに聞く

「社会を発展させていく未来志向の研究者を求む」覚醒PM・NAISTの藤井幹也教授

2024年05月03日 12時00分更新

文● 元田光一

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)による若手ディープテック研究者を支援するプロジェクト覚醒プロジェクトが、2024年度の研究実施者を募集している。学士取得から15年以内の若手研究者を対象に独創的な研究開発テーマを募集し、採択された研究者には300万円の支援や産総研の最先端設備、プロジェクトマネージャー(PM)による伴走などが提供される。応募は5月7日まで、同プロジェクトの公式サイトで受付中だ。
新設の「材料・化学」分野でPMを務める、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)データ駆動型サイエンス創造センター・先端科学技術研究科 教授の藤井幹也氏に、覚醒プロジェクトの意義や応募者への期待を聞いた。

奈良先端科学技術大学院大学 データ駆動型サイエンス創造センター・先端科学技術研究科 教授
藤井幹也氏

2008年東京大学大学院総合文化研究科広域科学相関基礎科学系博士課程修了。博士(学術)。マルチチャンネル化学反応の統計速度理論を研究。東京大学大学院にて特任研究員、サイボウズ株式会社にてソフトウェアエンジニアを経て、2010年東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻助教。有機薄膜太陽電池における電荷分離メカニズムを「京」コンピュータ等の大型計算機を用いて解析し、機械学習を用いた研究にも着手。2017年からパナソニック株式会社に勤務、2019年からは課長職としてマテリアルズ・インフォマティクス部門を牽引。2021年に奈良先端大の教授に着任し、マテリアルズ・インフォマティクス研究室を主宰。デジタル技術とリアル技術を融合して新材料を発見することを目指している。

LLM活用も新たなトレンドに

——藤井先生のこれまでの研究やご経歴について教えてください

藤井 これまで、物質や材料を解析する理論手法の開発や、計算シミュレーションを用いた材料の解析に関わってきました。分子における電子と原子の相互作用によって、電子状態の非断熱的な変化を取り扱う理論や、複数の化学反応チャンネルが同時におきる際の化学反応速度の予測などの理論を構築。スーパーコンピューター「京」などを使って、有機薄膜太陽電池における電荷分離機構を解明する研究などもしてきました。また、大学教員として企業の課題解決を支援したり、前職ではパナソニックで電子部品や電池材料の研究開発も手掛けたりしました。現在は、「マテリアルズ・インフォマティクス」という、物質科学と情報科学を融合させた研究に取り組んでいます。

藤井氏のマテリアルズ・インフォマティクス研究室の概要(提供資料)

——マテリアルズ・インフォマティクスの分野では昨今、どのようなことがトレンドになっているのでしょうか

藤井 これまで物質科学の領域では、特定の物質を深く解析して理解することで自然法則を実証したり、確立された自然法則で成立しない事象については新しい自然法則を見い出したり、といったことがなされてきました。これに対して、機械学習などの情報科学を用いて、有機材料、無機材料、金属材料などさまざまな材料開発の効率を高めようとするのが、マテリアルズ・インフォマティクスです。

 現在は大きく「ハイスループット・シミュレーション」「自律実験」「大規模言語モデル(LLM)活用」という3つのトレンドがあります。「ハイスループット・シミュレーション」や「自律実験」は数多くのシミュレーションや実験を実行し、多様な事象に隠された統計法則を積極的に確認・解析していくものです。その過程では、各材料の個別の事象を深く掘り下げるだけでなく、多様な材料の共通項を探すことを念頭に置いています。

 GPTに代表されるLLMは、材料や化学の世界でも活用が進みつつあります。公開されている論文やデータベースを追加学習させたり、RAG(検索拡張生成)と呼ばれる技術で外部知識として参照したりすることで、似たような材料候補を作り出す研究や、実験用ロボットを制御するアイデアも試行されています。私の研究室でもメンバーと議論しながら、LLMを本格的に使っていこうとしているところです。

 材料や化学の世界では機械学習や深層学習が活用されるようになりましたが、今後はLLMも研究の進め方を変えていくだろうと見ています。

社会との結びつきの重要性を意識してほしい

——覚醒は昨年からスタートしましたが、どのようなプロジェクトだと先生は感じていますか。

藤井 大学院生を含む若い世代を対象とした、まさに「至れり尽くせり」のプロジェクトだと思います。300万円の金銭的な支援に加えて、産総研の「AI橋渡しクラウド(ABCI)」や「マテリアル・プロセスイノベーション(MPI)プラットフォーム」を職員のサポート付きで利用できるのは、採択者によって大きなメリットになるでしょう。実際、私が応募したいぐらいです。

 個人的に気に入っているのは、応募要項の最初に書いてある「社会課題の解決や経済成長・産業競争力の強化に貢献する研究開発」という文言ですね。アカデミアの世界では、学問的に積み上げていく意識が強く、どうしてもシーズ指向に陥りがちです。その研究がなぜ必要なのか? 自分の研究が社会をどのように支えて豊かにしていくのか? 研究者はキャリアの若いうちに、こうした考え方を持つ必要があると私は考えています。そういった考えを前面に打ち出している点でも、「覚醒」は意義のあるプロジェクトだと思います。

 また、将来的には、IT分野の「未踏」のように、多様な人材を輩出し、卒業後も採択者同士が切磋琢磨していけるようなコミュニティに発展していくといいですね。

——どのような方の応募に期待されていますか。

藤井 社会をどう発展させていきたいか、どんな方向に進めたいか、未来を想像できる方の応募を特に歓迎します。自分のやりたいことを進める時には、さまざまな障害が現れます。それが技術的な障害の場合もあれば、人間関係上の障害の場合もあるでしょう。そのような時にも、常に未来像を思い描き、そこに向かって突き進める応募者であってほしいと思っています。

 私は民間企業で働いた経験もありますが、過去の積み上げではなく未来を想像して逆算して活動していくのは、怖いことです。リスクを負うことになりますし、周りを説得して動かしていかなければならない。すごく勇気がいることです。そういった勇気を持てる方、未来を志向している方にぜひ応募していただきたいです。

——プロジェクトマネージャー(PM)として、先生はどのような支援を考えていますか。

藤井 採択者とは今までの学問体系を超えられるような思考をともにしていけるよう、伴走・議論をしたいと考えています。また、専門の違う人と一緒に仕事をしていくうえでの、コミュニケーションの取り方や思考方法の大切さも伝えていきたい。アカデミアの世界では、つい相手が正しい/間違えている、といった思考になりがちですですが、それでは物事は進みません。

 もう1つ支援したいのは、人的なネットワークの構築ですね。ネットワークを形成するには多くの人に会って話を聞き、相手を理解する必要があります。時間がかかることなので、日々の研究に追われていると非効率に感じてしまい、ついついなおざりにしがちです。ですが、ネットワークの形成は新しい知識や情報、考え方を得るのにつながるものです。もちろん本人が希望すれば、私自身もテーマに応じて企業や研究機関を採択者に紹介することもできます。

奈良先端科学技術大学院大学 データ駆動型サイエンス創造センター・先端科学技術研究科 教授の藤井幹也氏(インタビューはオンラインで実施した)

——最後に、「覚醒」へ応募される方へ、メッセージをお願いします。

藤井 学問と産業は、社会が発展していく上で必要となる両輪です。大学の中にいると、学問の重要さを知る機会はいくらでもあると思いますが、社会を維持発展させたいという気持ちを持つことも、とても重要なことです。その重要さを感じてもらえるようになってほしいと思いますし、そのために学問を位置づけるという考え方もありだと思います。

 私は日頃から、社会を発展させる学問や産業競争力を強化する学問を作りたいと言っていますが、そのための取り組みをみなさんと一緒に追求していきたいです。

覚醒プロジェクト募集概要

応募締切:2024年5⽉7⽇(火)12:00
応募対象:
大学院生、社会人(大学や研究機関、企業等に所属していること)
※2024年4月1日時点で、学士取得後15年以内であること。
対象領域:
・AI
・生命工学
・材料・化学
・量子
研究実施期間:
2024年7月1日(月)〜2025年3月31日(金) ※9カ月間
支援内容:
・1研究テーマあたり300万円の事業費(給与+研究費)を支援
・AI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure, ABCI)やマテリアル・プロセスイノベーション プラットフォーム(Materials Process Innovation, MPIプラットフォーム)などの産総研保有の最先端研究施設を無償利用
・トップレベルの研究者であるプロジェクトマネージャー(PM)による指導・助言
・事業終了後もPMや参加者による情報交換の場(アラムナイネットワーク)への参加

応募・詳細:
覚醒プロジェクト公式サイト

カテゴリートップへ

この連載の記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ