クリエイティブ大手が画像生成AI機能を導入する難しさ
2023年11月にLCMが登場してから、こうしたベンチャーのサービスが話題になる一方、クリエイティブ大手が画像生成AI系機能を導入する難しさも見えてきました。
そのひとつが、アイビスが提供するお絵かきアプリ「アイビスペイント」です。2024年1月にサポートツールとしてLCM系サービスをベースにしていると思われる「AIによるお手本機能」を開始しました。しかし、サービスはわずか1日で中止されてしまいました。
アイビスは「リリース後のユーザーの皆様からの反響を重く受け止め、本機能の実装を取り下げさせていただくことと致しました」と発表しています。この反響というのは、既存の利用ユーザーから、生成AIへの猛反発があったことが大きいと考えられています。
アイビスペイントは、スマートフォンやタブレットユーザーの手軽なお絵かきニーズを満たしたことでダウンロードが急増した背景があります。2023年末には3.7億ダウンロードにまで達しました。資料によれば、利用者の半分は25歳以下で、多くが無料ユーザー。サービス上に表示される広告によって収益を得ています。そのため、ユーザーから反発が続くならば、中長期的に広告出稿に影響を与えるリスクがあると判断されたとも思えます。
ただ、筆者は、他にも2つ原因があったのではないかと推測しています。
1つは料金設計です。生成AI機能は月額300円のプレミアム会員向けのものですが、小さなサイズで生成しているとはいえ、サーバーコストはかなりのものだったと考えられます。広告を見れば一定時間無料でも使えるようになっていました。他のサービスは最低月10ドル程度が相場であることを考えると、月2ドル程度で採算が合うとはとても考えにくい。アイビスペイントが抱える億単位のユーザーが一斉にリアルタイム生成機能を使いはじめたら、サーバーがパンクする上、採算が合うかどうかが疑問でした。他社のリアルタイム生成は、段階的に使用できるユーザーを増やして、利用者のピークを分散させていくローリングスタートタイプでした。プレミアム会員の獲得策でもあったと思われるのですが、なぜアイビスペイントが初めから一斉にサービスを開始したのかは少し不思議でした。
もう1つはタグ分析機能に欠陥があったのではないかということ。「AIによるお手本画像の生成」では、テキストプロンプトは入力できない仕組みになっていました。これはユーザーにタグに有名なキャラクター名を入力させず、生成される画像が著作権違反となる画像の生成を予防しようという目的があったのだろうと考えられます。
ただしその場合、画像があいまいな状態では出力結果の品質が担保できません。そのため、アイビスペイントはユーザーが何の絵を描いているのかを数秒に1度タグとして解析して、より精度の高い画像を出す仕組みにしていたと思われます。実際、筆者も試したときには、キャラクターの背景に「林」を描いていたのですが、最初は林として認識しませんでした。しかし途中でいきなり林の精度が上がったことから、サーバー側で動いているタグ解析でAIが林と認識しはじめたのを感じました。
しかし、この方法には欠陥がありました。ユーザーが描いた画像が意図せず有名な著作物のIPとして出力されてしまうケースがあることがわかったためです。X上で、単なるキャラクターの画像が意図せず「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」として生成されてしまった結果が話題になりました。タグ解析をするときキャラクターなど有名IPのタグを回避する方法はあるのですが、サービス開始時にはそうしたリスクを十分に検証していなかったのではないかと考えられます。
Akuma.aiやKREAの場合、ユーザーがなんであれ、プロンプトを入力しなければリアルタイム生成は始まらないようになっていますが、このリスクを避けるための対策でもあると考えられます。
ただし、アイビスは2024年2月の決算資料で、「中長期的にAIやディープラーニングなど最先端且つ高度な機能・サービスを提供し続けることが必要」と、AIを搭載する重要性について書いています。
これが「生成AI」を指し示すのか、もしくは別のAI機能を指し示すのかは明確ではありません。ただ、同社の成長を支えている広告中心のビジネスから、プロユースのサブスクビジネスに切り替える必要性があるということを認識しているようです。そのため、今後も様子を見ながら、AI機能を入れてくる可能性はありそうです。
2022年12月、アイビスの競合企業でもあるセルシスが「CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)」に画像生成AI機能の搭載を検討していると発表するや、反対意見が集まり、「画像生成AI機能を搭載しない」と発表したこともありました。既存のお絵かきユーザーを多数抱えているサービスやソフトが、生成AIを組み入れるのは今後も簡単ではないしょう。こうしたことが起きるのは、既存サービス企業が、既存顧客のニーズへの最適化を図るようにかかる圧力により、低レベルの新規イノベーションへの対応が遅れがちになる典型的な「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる現象が起きているとも言えます。
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