ディープテックスタートアップが日本発である合理性。キーワードは量産と品質保証
エレファンテック清水 信哉氏 × インスタリム徳島 奏氏、海外展開スタートアップ1万字対談
提供: XTC JAPAN
日本と海外、物理的な距離をどう埋めているのか
――現地での取り組み方に関しては、チームの組み方も重要だと思います。春日さんは投資家としての目線から、2社の組成に関してどう見ていらっしゃいますか?
春日:地域性に対してのアプローチがすごく対照的な2社だと思います。エレファンテックは日本に製造拠点を置き、日本から海外へ出荷している。逆に、インスタリムは、海外にチームを置き、オペレーションも海外で行っている。私が関心があるのは、海外チームのマネージメントです。
例えば、エレファンテックの場合は、日本と海外のお客さんとの間に物理的な距離がある。インスタリムは、日本と海外のローカルチームとの間に物理的な距離がある。その物理的な距離をどうやって埋めていらっしゃるのか、ということに私は非常に関心があります。
清水:うちはチーム全員が日本にいますし、お客さんが日本か海外かどうかは区別していなくて、普通にお客さんのリストとして扱っています。いまはZoomもありますし、それほど意識してないというのが現状ですね。
徳島:それは、地域性を意識しなくてもいいくらいに、営業メソッドや営業マテリアルをそろえられているからですか?
清水:我々の場合、そんなに営業資料を工夫する必要もなかったですね。すごくシンプルに、「例の技術が量産できたんだね。モノを送ってくれたら評価するよ」という感じで。モノが語ってくれるので、あまり工夫しなくてもいい部分ではあります。逆に、モノの評価が非常に重要なので、我々の工場やファシリティーには海外からたくさんの人がやってきます。名古屋工場は、常時グローバルのお客さんが見学に来ていますよ。
徳島:僕の場合は、土着化しないといけない課題がありました。そもそもフィリピンから始めた理由の一つは、自身がフィリピンに土着化できていると思っていたからです。青年海外協力隊で3年弱くらい滞在して、その後もずっと継続してフィリピンと関わりを持っていたので、貧困層からハイレイヤーの生活までよく知っていたんです。
そのため最初の数年は、僕がフィリピンにずっといてオペレーションを作っていました。これができないと土着開発系の海外展開は難しいと思います。短期間でパッと行ってやるとか、転勤で数年間駐在してハイレイヤーの生活しか知らない、というのではできないでしょうね。フィリピンの田舎で50円くらいの現地飯を毎日食べながら、現地の人と同じ生活を送っていた、というバックグラウンドが、現地のチームマネジメントにめちゃくちゃ役立っています。
インドの拠点では、現地に5年以上住んでいる日本人の事業開発の経験者をチームに招き入れてスタートさせました。インドに進出した当時は、また僕がインドに住んで再土着化をしないといけない、という覚悟もありましたが、本当にいいパートナーがCOOで入ってくれてラッキーでしたね。そういう意味ではチームメイキングは非常に重要だと思います。
日本と海外でスタートアップの苦労は大きく変わらない
――おふたりとも海外挑戦という意識はなく、当たり前のように動かれているように感じますが、最初の原動力は何だったのでしょうか。
清水:日本のスタートアップとして世界で勝つという前例をつくりたい、という挑戦として始めました。当時は米国に住んでいたので、米国で創業してもよかったんです。でも、日本にはいろいろなシーズやものづくりのテクノロジー、材料などがあるのに、スタートアップがナンバーワンをとった例がない。前例がないとその領域が盛りあがりません。逆に、前例ができれば、日本はすごくポテンシャルがあると思うんですよね。
前例があれば、あの会社みたいに大学のシーズや、ものづくりの技術を活かして、世界を良くしていこう、っていうスタートアップがどんどん後に続いていく。それは、私がいなくなったあともずっと続く起点になるといいな、と思って始めました。ですから、ドメスティックなマーケットを狙うスタートアップはやりたくない、という考えは最初からありました。
徳島:僕らはニーズオリエンテッドです。フィリピンの超田舎では、足が腐っても義足がなければ足を切っても仕事に行けないからただの厄介者になってしまう。足を切らずに毒が全身に回って苦しみながら死ぬ人がいることを知って。これは自分がなんとかできるなら、世界中で起こっているこんな悲しい出来事を止められるなら、と会社を辞めて賭けてみよう、と思った。強いニーズがそもそも海外にあったのが始まりです。
僕は日本にはそこまで強いニーズを見つけられなかったし、発展途上国にはたくさんニーズがあるので、ニーズオリエンテッドという意味で海外でやることに僕の中で合理性があったのです。そこまで強いニーズがなければ起業しようとは思わないので。
――徳島さんの場合、ニーズを突き詰めていったら海外だったのですね。
徳島:実は、ニーズを解決するために、まずは日本で実装してフィリピンに戻す、という選択肢もゼロではありませんでした。ただ、認可の問題やマーケット、社会背景、といった合理性を考えたとき、実は海外で始めたほうが立ち上がりのシリーズA、Bくらいは意外とたやすいのではないか、と考えたのです。それは、エレファンテックさんの海外売り上げが高いことにも通じると思います。
これからスタートアップを立ち上げる人は、「このくらいの苦労があるだろう」と予想していると思いますが、たぶん実際はその10倍くらいしんどいです。その大きな苦労に比べれば、海外で始める苦労自体はそんなには大したことはない。そう考えると、海外でやることの合理性は案外成り立つのではないでしょうか。
清水:本当にそのとおりだと思いますね。年商1億円の飲食店をつくるのだってものすごく大変。どうせ大変な思いをするなら、大きなビジョンでやればいいという話。
この10年ですごく変わってきて、VCも海外挑戦を増やさないといけない、という流れになっていると感じます。今はファンドサイズが大きくなっているので、VCが1000億円規模のファンドのリターンを出すには、国内で10億や50億の会社をたくさんつくっても意味がないんですよ。少なくとも2000億円、できれば1兆円クラスの会社をつくっていかないと、VCの未来もないし、日本経済にとっても未来がないと思っています。10億円や50億円の会社をつくるのであれば、海外を狙う合理性はないけれど、1兆円の会社をつくるのであれば、海外をマーケットとした市場選定をするほうが合理的です。
徳島:僕らも最初に海外を選択したから、調達ができて今生き残っているのだと思います。日本のドメスティックなマーケットで小さく上場します、と言っていたら、もしかすると資金も集まらずに終わっていたかもしれない。でも、最初に海外の実績があったからこそ、大きなマーケットを全部取りに行けます、時価総額ここまで持っていけます、という話に蓋然性が出て、今も調達できているわけです。
清水:よく若手のスタートアップから「まず国内でリスク低めのスタートアップをやってからグローバル展開したほうがいいでしょうか」と相談されることがあるんですよ。これは完全な誤解で、国内で10億円や50億円の会社をつくるのも、めちゃくちゃ大変ですからね。狙うマーケットが10億であろうが100億であろうが、グローバルであろうが、規模が10倍、100倍違っても大変さは比例しませんから、国内ならリスクが低くて簡単だと勘違いしちゃいけない。
徳島:日本国内でドメスティックに成功させる苦労が100とすれば、海外で成功させる苦労はせいぜい120くらいかもと思いますよ。ただし、世界のマーケットは10倍以上あるから、苦労に対して得られるリターンはめちゃくちゃ大きい。そのうえ、調達がたやすくなったり、生き残りやすくなったり、この国でお客さんがいなくなっても、別の国でピボットできるとか、メリットを考えると圧倒的に海外挑戦したほうが合理性が高いのでは。場合によっては、海外でやるほうが好手で、日本でやるほうが悪手かもしれません。
――徳島さんは、日本ではなく海外で起業するという手段も選択肢として考えていらっしゃいましたか?
徳島:それは考えなかったです。なぜかというと最初の資金調達は日本のほうが比較的やりやすいですし、ハードウェアの研究開発には日本のほうが環境が整っていますから。僕らは、設計ソフトウェア、3Dプリンター自体と材料を同時に開発していたので、CADだけであれば海外で起業しても良かったかもしれませんが、ハードウェアの開発環境はどこの国でもあるわけではないので。