このページの本文へ

生成AIの“通訳”で患者自身や家族がやさしく使えるアプリも無料公開

難病患者の早期発見をAIで支援、京大と日本IBMが「RD-Finder」アプリを公開

2024年02月21日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 京都大学大学院 医学研究科、RADDAR-J for Society(RJ4S)、日本IBMの3者は2024年2月20日、AI/生成AI(LLM:大規模言語モデル)技術を活用した難病情報照会アプリ「Rare Disease-Finder(RD-Finder)」および「Rare Disease-Finder Pro(RD-Finder Pro)」を共同開発し、インターネット公開した。

 患者や家族といった一般市民向けのRD-Finderは無料で公開している。査読付き学術論文などに基づいた正確な難病情報を、簡単な言葉でも照会できるようにすることで、難病の可能性がある患者をより早期に発見して、専門医による確定診断と治療開始につなげる狙い。さらに研究者や製薬企業との協業を通じて、治療法の開発や創薬に貢献していく狙いもある。

難病情報照会アプリ「RD-Finder」(一般市民向け)の画面

「RD-Finder Pro」(医療関係者向け)の画面

京都大学大学院 医学研究科 教授/ゲノム医学センター センター長の松田文彦氏、日本IBM ヘルスケア&ライフサイエンス・サービス パートナー・理事の先崎心智(せんざきむねのり)氏

「診断が付くまでに平均6~7年かかる」難病をめぐる大きな課題

 京都大学大学院 医学研究科 教授で、同学のゲノム医学センター センター長も務める松田文彦氏はまず、今回のアプリを共同開発した背景を説明した。

 一般に「難病」と呼ばれる希少・難治性疾患は、患者数が非常に少なく、治療方法が(場合によっては診断方法も)確立されていない病気(疾患)の集合を指す。ただし、その種類は1万種以上に及ぶため、合計すると、どんな国や人種でも人口の6~8%が難病患者に該当するという。

 松田氏は、個々の難病の患者数が非常に少ないために「一般の医師には診療する機会がなく(ごく少なく)難病としての診断が付きにくいこと」、そして「治療法や治療薬の発展も遅いこと」の2つが課題だと説明する。

 「難病の場合は患者が非常に少ないために、(その疾病だと)診断できる医師がなかなかおらず、発症から診断が付くまでに平均で6~7年かかると言われている。症状に苦しんでいるのに診断も付かず、病院をたらい回しにされているような患者さんも、事実存在する。難病の中には早期に治療すれば効果が顕著な病気も多く、やはり早期に発見することは極めて大事だ」(松田氏)

一般的な治療法開発/創薬のプロセスと、対象が難病である場合の課題(赤い囲み文字部分)。患者数が極めて少ないために、シーズ/治験/臨床のサイクルがうまく回らず、プロセスが迅速に進まないという課題がある

 京大ゲノム医学センターでは2016年から、日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として、公的難病データベースである「難病プラットフォーム(RADDAR-J)」の構築を開始した。ここには国内の300近い難病研究班による、品質と信頼性の高い難病関連情報が収集されており、患者の同意を得たうえで、研究機関や製薬企業、医療関係ベンチャーなどでの二次利用に供されているという。

「難病プラットフォーム(RADDAR-J)」の概要

 ただし、専門家向けにこうしたデータベースを提供するだけでは、専門医ではない一般の医師や患者/家族が難病の可能性に気づくことは難しい。そこで、京大ゲノム医学センターでは2016年以降、日本IBMと共にAIを活用した診断支援ツールの研究を続けてきた。この研究に基づき開発されたのが、今回公開されたRD-Finder/RD-Finder Proである。

非専門家が難病の可能性に気づき、早期に専門医とつながることを促す

 先に触れたとおり、今回は2つのアプリが公開された。RD-Finderは一般市民(患者や家族)向けの、RD-Finder Proは医療関係者(医師や研究者)向けのアプリとなる。京大の学内ベンチャーであるRADDAR-J for Society(RJ4S)がインターネットで公開している。

 RD-Finderは、患者や家族が症状を平易な日本語で入力するだけで、罹患している可能性のある難病の候補を抽出するアプリだ。患者が入力した症状に加えて「こんな症状も出ていませんか?」と追加入力候補(共起症状)を表示し、疾患の絞り込みと特定をサポートする。罹患の可能性がある疾患についての情報だけでなく、専門の医師/医療機関の情報を提供して受診をうながすことで、早期の診断と治療開始につなげる。

 なお、ここでは生成AI(LLM)によって、平易な言葉で入力された症状の説明を専門医が使う症状名に変換して検索したり、専門的な疾患関連情報を平易な言葉で要約したりする“翻訳”のような処理が行われる。また、疾患の症例情報から抽出した単語の重要度をAIで分析(ベクトル化)し、患者や家族が入力する症状とのマッチングに利用しているという。

RD-Finderの概要。生成AI(LLM)が専門用語と平易な言葉の“通訳”を行うことで、一般の患者や家族でも使いやすいアプリを目指している

RD-Finderの画面イメージ。症状を入力していくことで、該当する可能性のある疾病(難病)を絞り込み、疾病情報や専門医療機関の情報を提供する

 医師や研究者向けのRD-Finder Proでも、RD-Finderと同じく患者の症状を入力して疾患候補の情報を検索できる。こちらでは、医療関係者が使う専門的な症状名を入力していくかたちとなるが、入力候補のサジェスト機能など、ユーザビリティを高める工夫がなされている。さらに、複数の疾患候補がある場合は症状ごとのスコアリングを確認したり、絞り込んだ疾患の詳細情報(データベース)にワンクリックでアクセスしたりすることも可能だ。

RD-Finder Proの画面イメージ(拡大)。症状入力時のサジェスト機能、複数の疾患候補と症状のスコアリング表示機能など

詳細な疾患情報データベースにもワンクリックでアクセスできる

 RD-Finder Proについても、医師や研究者に対しては基本的に無料で提供し(登録制)、難病患者の早期発見を促す。その一方で、難病研究班の専門医や製薬企業との協業体制を敷き、発見された患者の情報をもとにレジストリ(医療情報のデータベース)を強化するとともに、新たな治療法の開発や創薬の支援につなげていく。

 さらに、医療機関との協力のもとで、RD-Finder Proを使って電子カルテ情報のスクリーニングを行い、これまで見逃されていた難病の可能性がある患者の発見も実現できるとした。

RD-Finder Proの概要。一般の医師による患者の早期発見を通じて、難病研究と治療法/医薬品開発の加速を図る

難病研究班や製薬企業と協業して治療法開発や創薬の支援も

 日本IBMの先崎心智氏は、RD-Finder/RD-Finder Proを無料で提供していくにあたり、製薬企業がその運営スポンサーになるスキームだと説明した。「われわれと製薬企業、さらに京都大学や難病研究班の先生方が相談したうえで契約を行い、プロジェクトを立ち上げるかたちを想定している」(先崎氏)。すでに製薬企業数社からビジネスの相談を受けており、具体的にどのようなアプローチで進めていくかを議論している段階だと話した。

 「製薬企業にとっても(治験や投薬の対象となる)希少疾患、難病の患者を見つけるのがなかなか難しいという課題がある。対象の疾患を絞って、その患者さんがどこにいるのかというのをピックアップすることに使える。これまで全国の病院を回って探し出していた患者さんを、比較的短期間で見つけることができるようになる。また、難病研究班のレジストリをよりリッチなものにすることで、たとえば創薬のシーズが出てきたりすることもあるだろう」(松田氏)

医療機関の電子カルテ情報をスクリーニングして、難病の可能性がある患者の発見と、専門医による診断や治療機会にもつなげる

 なお今回、RD-Finder/RD-Finder ProはRJ4Sにより公開されているが、今後は一般市民向け/医療関係者向けの各種医療情報サイトなどにも連携していく方針だという。

 RD-Finder/RD-Finder Proでは、琉球大学 名誉教授/沖縄南部療育医療センター 医師(遺伝医学)の成富研二氏が構築してきた「UR-DBMS(遺伝性疾患総合データベース)」に登録された症状や疾患情報がデータベースとして使われている。UR-DBMSには現在、1万件を超える疾患データが登録されている。

 成富氏は、UR-DBMSは1986年から継続的に登録情報を拡大してきたデータベースであり、現在でも「OMIM」や「GeneReviews」といったソースに基づいてデータベースの更新を続けていることを紹介した。

「UR-DBMS(遺伝性疾患総合データベース)」の概要と、そこに含まれるデータの一覧

 日本IBMでは今後、AI開発基盤「IBM watsonx」とLLMの基盤モデル「IBM Granite」を用いて、UR-DBMSが蓄積している大量の学術論文によりトレーニングされた“難病特化の生成AIモデル”を開発していく計画だ。これにより、最新の論文から継続的に疾患と症状の関係を自動的に抽出、構造化して、UR-DBMSの更新作業を効率化できると先崎氏は説明した。

今後“難病特化の生成AIモデル”を開発し、UR-DBMSの更新作業を効率化していく計画も発表した

カテゴリートップへ

ピックアップ