理系の実験装置から文系の文房具へ
それとはまったく異なるレベルの話になるが、一般家庭内での個人用コンピューターの位置づけというものも、Macの登場を機に大きく変わった。
Macの登場以前に「パソコン」あるいは、もっと普通に「マイコン」と呼ばれていたものは、どちらかというとアマチュア無線など、いわゆる「機械いじり」が好きな人がこぞって使うような、実験的な装置という印象の強いものだった。ゲーム専用機が普及する前には、テレビゲームという用途があったのも確かだが、それを含めても機械類に強い、いわば理系の人だけが使える高級なおもちゃ的な位置づけのものとみなされていた。
それを大きく変えたのもMacだった。それが紛れもない事実であることは、1984年に発売された初代の製品に付属していた2本のアプリケーションが雄弁に物語っている。1つは「MacPaint」、もう1つは「MacWrite」だ。
MacPaintは、いわゆるお絵描きソフトの元祖的なものであるだけでなく、GUIを本格的に活用したパソコン用アプリケーションのお手本とも言えるような重要な存在だ。ユーザーインターフェースの面でも機能の面でも、画期的としか言いようのないものを多く備えていた。そのような特徴は、アップル社の後継ソフトよりも、むしろ他社のあるいは他機種用の多くのアプリケーションに引き継がれて現在にいたっている。MacPaintから多大な影響を受けて開発されたアプリケーションの代表格としては、Adobe Photoshopがある。
MacWriteはいわゆるワープロソフトで、今見ると何の変哲もないもののように思えるかもしれない。しかし当時としては、WYSIWYGを実現していたことだけでも、パソコン用として画期的だった。ここで言うWYSIWYGとは、作成中の文書に含まれる文字の書体やサイズの変更を指示すれば、それが画面上での書体やサイズの変化としてその場で確認でき、ページ内にどのように配置されるかも、ただちに画面に反映されるというもの。そして、それをプリンターに出力すれば、画面に表示しているのとまったく同じイメージの印刷物が得られる、といった一連の機能のことだ。
そんなことは当たり前だろうと思うかもしれないが、パソコンクラスでそれを実現したのは、Macの前にはLisaくらいしかなかった。パソコンではないが、Xerox社のStarという製品もあった。これは業務用の大掛かりなシステムであり、一般のユーザーが手を出せるような代物ではなかった。Starは、当時としては巨大な17インチのディスプレイを備え、まだまだ珍しかったレーザープリンターを使ってWYSIWYGを実現していた。それに近いことを、たった9インチのディスプレイを装備したMacが、安価なドットインパクトプリンター、Image Writerによって家庭内で実用できるようにしたのだから、そのインパクトは大きかった。
これら2つのアプリケーションを利用して、画像とテキストという紙の媒体はもちろん、現在のウェブにおいてすら主要な2種類の情報を、自在に操って文書を作成できるようになった。それによって、手紙やメモのようなものから、レポート、論文のような文書まで、コンピューターの知識なしに簡単に作成できるようになった。簡単に言えば、Macがパソコンを文系のユーザーに開放したのだ。
当時はまだDTP(Desktop Publishing)という概念すらなかったが、その種は初代Macの登場時に早くも蒔かれていたことになる。