11月27日、中国の北京インターネット裁判所で出された判決は衝撃的でした。なんと画像生成AI「Stable Diffusion」で作られたイラストの著作物性が認められたんです。「春風がそよ風を送る」と名付けられたAI画像につけられたウォーターマークを消して商売に使ったことは著作権を侵害しているとして、被告に対して500元(約1万円)の賠償金を払うよう命じています。
判決について、中国語の資料をジャック・ランランさんという方が翻訳して公開されているんですが、非常に驚くところもあれば、「ああなるほど」と理解できるところもありました。
AIイラストは「独創的」な「知的創造の成果」?
まず、判決としてはかなり大胆なことを言っています。
「中華人民共和国著作権法 第3条は、『この法律にいう「著作物」とは、文学的、美術的、および学術の分野における独創性を有し、かつ、一定の形式をもって表現することができる知的創造の成果』と規定している」
とした上で、
「原告の著作権請求の対象が著作物に該当するかどうかを検討するためには、以下の要素を考慮する必要がある。1.文学、美術、学術の分野に属するかどうか、2.独創的であるかどうか、3.一定の表現形式を有するかどうか、4.知的創造の成果であるかどうか、である。本件の場合、本件画像の外観からして、人々が普段目にしている写真や絵画と何ら変わりはないので、明らかに芸術の分野に属し、一定の表現形式を有しており、1と3の要素を備えている」
としています。
チェックポイント(モデル)の選定、プロンプトの選択といったパラメータ設定、繰り返しの生成からの選択を、「知的創造の成果」と位置づけて、その著作権を認めたわけです。これは日本の著作権法で生成AIを利用していても著作性が認められる要件である「創作的寄与」に近いんですね。「独創性」があるものが著作物となりうるというところも日本の判断に近い。
さらに、この画像の著作者は誰かということについては、完全に画像を生成した原告にあるとしています。
「本件AIモデルをニーズに応じて直接設定し、最終的に本件画像を選択したのは原告であり、本件画像は原告の知的創造に基づいて直接生成され、原告の個性的な表現が反映されたものであるから、原告は本件画像の著作者であり、本件画像の著作権を享有する」
つまり、画像に著作権があり、かつ、著作権は原告側のユーザーにあるという判断が出たと。その意味で、とてもびっくりさせられる判断でした。
では、このプロンプトは実際どれくらいの複雑なものなのか。判決文には、原告側が示しているプロンプトの概要がすべて明らかにされているため、合成する事ができる範囲で、実際に1枚生成して検証してみました。
まず、公開情報をベースに、チェックポイント(モデル)を入れて、LoRAを入れて出力した画像がこちら。ローカルの環境が微妙に違っていたりすると、別のデータが出てしまうため、100%完全に一致するわけではありませんが、かなり近い出力結果を出せたと思います。
プロンプトの内容を見ると、およそ半分以上が照明効果に関するものでした。描かれている人間についてはごく一部です。さらにネガティブプロンプトについては3単語しか自分で書いておらず、残りの部分はよそからの“コピペ”であることが、訴状で説明されています。ポジティブプロンプトの照明効果部分のプロンプトについても、長文が書かれていますが、カメラ名なども初心者が思いつけないものが含まれており、これもどこかの参考例を持ってきたのではなかろうかと推察しました。
生成環境は512×768ピクセルという、縦型サイズで出力する際のデフォルト環境に近いもの。ControlNetといったより複雑なテクニックも使っていない、単純にプロンプトのみで簡単に制御したものでした。感想としては、生成AIを操作するスキルはそれほど高いものではなく、初心者とそれほど違わないのではという印象を受けました。
逆に言えば、これくらいの水準のAI画像であっても中国の裁判所は「著作物である」と判断したということなんですよね。
中国以外の国、たとえばアメリカでは、今回のAI画像では著作権物とは認められないでしょう。アメリカにおいても著作権は、制作物を作った瞬間に自然発生的に生まれるものの、その証明には著作権局への著作権登録が必要で、それにより、幅広く保護対象となるという考え方です。そして著作権が認められるのは人間の制作物であり、AIが生成したものには著作権性を認めないという立場をとっています。実際、生成AIで作った画像の作者が著作権登録をしたことに対し、著作権局は「長いプロンプトを並べただけでは著作物としては認めない」という判断を出しており、今のところ退けられています。その点、中国の判断はアメリカの真逆を行っていることに驚かされます。
一方、日本では、AI生成物の著作権性には「創作的寄与」がある場合に認められる可能性があります。ただ、今回のAI画像は比較的単純な方法で出力されているようにも見えるため、十分に水準に達していると言えるかは少し微妙な印象がします。まだ控訴の可能性があるので確定したわけではありませんが、「AI生成物の著作権性を広く認める中国」「現状では認めないアメリカ」「その中間あたりに存在する日本」という格好になっていると考えてよさそうです。
この連載の記事
-
第84回
AI
画像生成AI「Stable Diffusion 3.5」性能はものたりないが、自由度が高いのは魅力 -
第83回
AI
リアルすぎてキモい 動画AIの進化が止まらない -
第82回
AI
もはや実写と間違えるレベル 動画生成AI「Runway」の進化がすごい -
第81回
AI
AIイラスト、こうしてゲームに使っています -
第80回
AI
ゲーム開発はAI活用が当たり前になりつつあるが、面白さを作り出すのは人間の仕事 -
第79回
AI
AIが考える“アイドル”がリアルすぎた グーグル「Imagen 3」なぜ高品質? -
第78回
AI
話題の画像生成AI「FLUX.1」 人気サービス「Midjourney」との違いは -
第77回
AI
画像生成AI「FLUX.1」が相当ヤバい LoRAで画風の再現も簡単に -
第76回
AI
「Stable Diffusion」の失敗に学び、画像生成AIの勢力図を塗り変える「FLUX.1」 -
第75回
AI
商業漫画にAIが使われるようになってきた -
第74回
AI
AIバブル崩壊をめぐって - この連載の一覧へ