作家・エッセイスト大平一枝さん/引っ越しから考える人生の節目とライフシフト

文●富永明子(サーズデイ) 撮影/伊東武志

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 人生100年時代といわれる昨今、自分らしい働き方や暮らし方を模索する女性たちが増えている。そんな女性たちに役立つ情報を発信するムック『brand new ME! ブランニューミー 40代・50代から選ぶ新しい生き方BOOK vol.1』(KADOKAWA刊)から抜粋してお届けするインタビューシリーズ。今回は、作家でエッセイストの大平一枝さんに、住まいの変遷を通してライフシフトについて語っていただいた。

"台所と食"を通して市井の人々の人生を辿る連載「東京の台所」(朝日新聞デジタルマガジン『&』掲載)を10年以上にわたって続けている大平さん。住まいと人生は切っても切り離せないもの。

結婚以来9回の転居。失敗から学んだ引っ越し人生

   "台所と食"を通して市井の人々の人生を辿る連載「東京の台所」(朝日新聞デジタルマガジン『&』掲載)。10年以上にわたって取材・執筆を続け、多くの家を訪れてきた大平一枝さんと「住まい」は切っても切り離せない。そんな彼女は29歳の結婚以来、9回の引っ越しを経験。「私の人生は、失敗から学ぶ引っ越し人生だったの」と笑う。

   26歳で「書く仕事がしたい」と転職し、上京。現在の夫と29歳で結婚し、上北沢駅から徒歩15分の住宅街に越したところから世田谷区に縁ができた。以降、大平さんの引っ越し人生は、世田谷近辺を中心に回っていく。

「結婚したけれど、まだ地に足のついた生活ができていなかった。私も彼もまだ駆け出しで忙しくて、料理を作れるのは休日だけ。作るとなると急にチリコンカンとか煮込み料理とか、やたら手の込んだ"ハレの日"の料理を作って、食べきれずに無駄にしたり……ふたりの生活が全然見えていなかったんですよね。翌年に妊娠して、1年しか住んでいなかったけれど引っ越しを決めました」

「子どもが生まれるなら、庭のあるところがいいのでは」と思い、郊外の調布へ。しかし、まだ「家族3人での生活」の現実的なイメージがつかめていなかった。

「庭付きの家にしたのに一回も庭で遊ばなかったんですよ(笑)。引っ越したら、子どもを庭で遊ばせて、ハーブや野菜を育てるイメージがあったんですよね。でも、結局荒れ果てたまま。私は新米ママで、さらに出産のタイミングで会社を辞めたからフリーランスとしても新米で、何もかもが新しい始まり。それなのに庭付きの家だなんて、当時自分のことも生活も何も見えていなかったんだなと思います」

 よく覚えている光景があるという。それは、隣家に暮らす双子の女の子が、庭でウサギを遊ばせている姿。「それに比べて手つかずのわが家の庭を見ながら『私にはハーブも育てられない、ウサギなんてもっと無理。いつになったら子ども以外の何かを育てられるんだろう』と思った」そう。

「しかも、その一軒家には仕事部屋がなくて、泣きわめく乳児の横で仕事する難しさを実感しました。この仕事で食べていくなら、プライベートをシャットアウトする空間を作らないと独り立ちできないと感じた。しかも保育園ジプシーになったから、1年半で引っ越して、なじみ深い上北沢駅の隣の八幡山に戻りました」

 条件は「リビングと仕事部屋と寝室がきっちり分けられること」。さらに、地域とつながることのできる環境も重視した。

「子どもを産んでからは地域から孤立したらダメだなと悟ったの。そんなとき、内見したマンションがファミリーの多いところで、中庭を囲む構造になっていたから住人が自然と集まれるのがいいなと思った。しかも、仕事部屋を設けられる間取りだったので、そこに引っ越して5年は住みましたね。長女を妊娠・出産して大変だったときに、同じフロアの方がベビーシッターに申し込んでくださって、助けられたこともあります。その方とは今も交流が続いているんですよ」

現在の住まいは、すでに家を出た息子には馴染みのない家。そこで、以前の家の柱を持ち込み、リノベーションした。「小さいころから登っていた柱があることで、訪れたときにホッとしてほしい」と思ったそう。

家族が増えるにつれて家に求めるものが変わっていく

    家族が4人に増えるタイミングで、もっと広い持ち家がほしいと思うように。80軒以上を内見して回っていたころ、世田谷区・下北沢にコーポラティブハウスのプロジェクトが発足することを知り、申し込んだ。コーポラティブハウスとは組合形式の集合住宅で、数世帯が建築家と共同で自由設計できるのが魅力だ。

「3畳くらいの仕事部屋を確保できて、広めの部屋はいずれ2部屋に分けられる設計にして、2年かけて建てました。今までと同じ保育園に通えて、ご近所付き合いもできて……と理想的な環境で、これが終の棲家だと思っていたんです(笑)」

 物事は思い通りには進まない。コーポラティブハウスの住居は2階で、子どもたちはやんちゃな盛り。走り回る足音が気になり、子どもたちを叱り続ける毎日に疲弊した。子どもが小さいうちだけコーポラティブハウスは友人に貸すことを決め、大平さん一家は同じ町内の木造日本家屋へ転居。

「築41年の古い家でしたが、人の出入りが多くて賑やかでしたね。子どもたちがちょうど小・中学生のころで、その友達が近くの緑道を流れる川で釣れたザリガニを持って遊びに来たり、ご近所さんたちと宴会をしたり。和風の庭があって、やっと生活スタイルに庭がついてきたのか、ご近所さんとバーベキューをしたり、開放してカフェ兼ギャラリーにしたりと活用できた。あの家だからできたことだと思います」

 理想的な生活が続いたが、子どもたちが成長するにつれて手狭になってきた。そこで同じ下北沢で、とある建築家の自邸へ転居。部屋数は申し分なく、大平さんの仕事部屋も独立でき、膨大な資料も収納できた。しかし……。

「良い家だったけれど、初めて私が窓の外の景色を意識したの。三面を隣家に囲まれているせいで、窓を開けると壁ばかりの家だったから、空がほとんど見えないのが気になりだした。子育てが落ち着いて、空を見る余裕ができたんでしょうね。それまでずっと間取りばかり気にして、外の景色は気にしたことがなかったのに。だから、4年住んだあとに見晴らしのいい家を探して、家族に反対されながらも調布市・仙川に見つけた家に引っ越しました」

  ビルの最上階ワンフロア丸ごと住宅で、120平米の広さ。仕事部屋だけでも20畳あり、広い窓の外には空が見える。大平さんは新居での生活を楽しんでいたが、家族はそうでなかった。

「あるとき『もしかして、みんな下北沢に戻りたいの?』と聞いたら、そうだって(笑)。夫は仕事帰りに帰宅するのが嫌で、わざわざ寄り道していたと告白。息子は、幼馴染もみんな住んでいる下北沢がホームタウンだから戻りたいと。娘も、下北沢にいる人たちのほうが好きだと言い出して、全員から『ママの趣味に付き合うのはもう勘弁』と言われ、1年1カ月しか住まずに引っ越しを決意しました」

やっと定まった住まいに求める自分の物差し

   そこでついに〝終の棲家〟である下北沢のコーポラティブハウスに戻った。しかし、またしてもそう簡単に事は運ばない。予期せぬ事態が起こる。

「誤算だったのは、私たちが住んでいなかった間に共益費と修繕積立金が倍以上に値上がりしていたこと。さらに、マンション内の立体駐車場の取り壊しが決まり、駐車場代が別で必要に。そしてコーポラティブハウスは当時の私たちには手狭になっていて仕事部屋が確保できなかったので、近所のアパートに仕事部屋を借りていました。もちろん、もともと払っていたローンの返済もある。これから老後に足を踏み入れる私たちに払い続けられるのかという現実が押し寄せてきたんです」

 愛着のあるわが家を手放して、共益費や修繕積立金の必要がない一戸建てに暮らす未来が初めて視野に入ってきた。そこで見つけたのが、2023年現在、大平さんが住んでいる家だ。その場所は、子どもたちが小学生のころにザリガニ釣りをしていたエリアのすぐそばで、全員一致で決まった。

「背伸びする金額だったし、老後の資金も取っておきたかったけれど、この家ならば歳を取っても満たされた気持ちが持続すると思ったの。なじみ深い場所で、窓からは桜の木が見え、気持ちのよい公園がある。私と夫が動けなくなるまではもう少し時間があるから、またここから貯金していこうと決めました。長い引っ越し人生の中で、自分が住まいに何を求めているか、その物差しがやっとわかったから、もう引っ越すことはないかなって。賃貸の引っ越しと違って、買い替えはものすごく大変だったし(笑)」

引っ越しを通して人生の中の季節の移り変わりがわかる

 今、大平さんが思う「引っ越し」の引っ越しを通して人生の中の季節の移り変わりがわかる醍醐味とは何だろう?

「引っ越しのときは、自分の生活を振り返ることができて、ライフスタイルの変化を実感できますよね。たとえば、私は大皿が好きでたくさん持っていたけど、あるとき『使わなくなったな』と感じました。考えてみたら、子どもが小さいときは外食に行けなくて、いつもホームパーティーをしていたから、大皿が必要だった。でも、子どもが成長したら外食ができるから、自然と大皿が必要なくなっていったの。そして年齢とともに食も細くなって、少しずついろいろ食べたくなるから、今度は豆皿が増えていく。そんなことに気づくとき『人生の中で、あの季節が終わったんだな』って思うんです。大皿が必要だった季節が終わって、豆皿の季節がやってきた。そんなふうに、引っ越しを通して器ひとつからわかることがあると思う。持っているものを点検し、思い出を整理しながら、自分の今の立ち位置を確認できるのが、引っ越しの醍醐味だと思います」

 引っ越しを通して今の自分が立っている場所に気づけたら、思い切って大皿を手放せば、豆皿を楽しむ新しい日々に出会うことができる。そうやって人生を切り替えていく――そんなライフシフトもあっていい。

独立した仕事部屋を確保できることが、家選びの条件。現在の仕事部屋は目の前には窓があり、明るい雰囲気だ。なお、朝、夫と喫茶店に行く習慣もあるので、近所に喫茶店があるのも大切な条件。

Profile:大平一枝

おおだいら・かずえ/作家、エッセイスト。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに執筆。著書に『男と女の台所』『ただしい暮らし、なんてなかった』(以上、平凡社)、『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(毎日新聞出版)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)ほか。「東京の台所2」(朝日新聞デジタルマガジン『&』)や金曜エッセイ「日々は言葉にできないとばかり」(北欧、暮らしの道具店)、「令和・かぞくの肖像」(OIL MAGAZINE)など、連載多数。

HP「暮らしの柄」https://kurashi-no-gara.com/

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