OpenAIシェイン・グウ氏の目線に感銘。シリコンバレーに派遣されたテック系理系学生たちが得たもの
起業を目指すテック系理系学生が、米国・シリコンバレーの起業家やスタートアップ・エコシステム関係者のマインドセットに触れることに、どのような意味があるのか。自身の専門知識やスキルを活かし、起業当初から海外展開を前提にしたビジネスを起こせる人材を創出することを目標としたプログラムでシリコンバレーに渡った学生たちの声をお届けする。
9月18日~9月25日の8日間、30名の高校生・高専生・大学生がシリコンバレー在住の日本人起業家やエンジニア、GAFA出身者による講演、デザインシンキングに関するワークショップに参加した。渡航費、宿泊費は無料で、ワークショップのほかに現地での交流も行われた。
グローバルでスケールするマインドセットを持ってもらいたい
この取り組みの背景には、政府による「スタートアップ育成5か年計画」における「5年で1000人規模」の起業人材の海外派遣を達成することを目的とした、経済産業省主催の新たなプログラム「J-StarX」がある。
今回の派遣取り組みを統括するジェトロ イノベーション部スタートアップ課 課長代理の長尾祐介氏は、この狙いを「これまでは社会人を対象に『始動』プログラムを実施してきたが、裾野を広げるにはタネを早く蒔く必要がある。このプログラムを実施することで、学生の段階でグローバルでスケールするマインドセットを持ってもらい、グローバルに戦える起業家を増やしていきたい」と語る。
ジェトロが取り組む理由として、「我々には海外事務所があり、我々のネットワークを使ってVCなどのエコシステム関係者やシリアルアントレプレナーなどを紹介できるのが強み。学生向けかつグローバル展開するプログラムは、投資を回収するまでの時間が長くかつ難易度が高いので民間では難しい。裾野を広げるためには国として取り組んで啓発していくことが大事」だと説明する。
参加者の選抜プロセスとしては、全国の高等学校・高等専門学校・大学・大学院などから約250名の応募があり、一次選抜を通過した84名が国内プログラム(オンライン開催)に参加。国内プログラムでは、新規事業創出に不可欠なイノベーター人材の要諦となる行動および思考様式などについて実践的な講座やワークショップを実施し、二次選抜を経て選抜メンバー30名を決定した。
「スケールの違い」「フットワークの軽さ」「視座の高さ」「マインドやその人自身が問われる」――学生たちが受けた刺激とは!?
学生起業をしていたり、ビジネスコンテスト、アプリ開発などの経験を持つ学生たちはシリコンバレーの空気に触れ、どのような変化があったのか。研修プログラムが実施された米IDEO本社にて、プログラム半ばまで体験を終えた以下4名の学生に話を聞いた。
〇道上 竣介さん
東京工業大学工学院 電気電子系 修士2年生。専攻科ではプラズマ・パルスパワー回路を研究している。高専在学中の2022年9月に音景解析技術で地域課題を解決するwavelogy株式会社を設立。
〇坂根 美優さん
和歌山大学システム工学部4年生。AI技術の複合利用によるポスターデザイン支援システムの開発とその性能評価を研究。また、複数のプログラミングやビジネスプランコンテストでの入賞経験を持つ。
〇日高 洸陽さん
大島商船高等専門学校 電子・情報システム工学専攻 2年生。ドローンと Deep Learning を用いた養殖給餌支援システムの研究開発を行っている。
〇礒津 恵凛さん
Crimson Global Academy 3年生。高校生向け起業家コンテストで多数の入賞経験を持つ。昨年、スタンフォード大学の起業プログラムに参加し、審査員特別賞を受賞。今は、地方都市におけるオンデマンド型バスサービス化を準備中。
Q プログラムに参加したきっかけ、目的は?
道上さん:長崎出身で昨年度上京して、もっと新しい世界を見たい、シリコンバレーに行きたいと思ったから。また、起業に対しての勉強が足りなかったので、改めて勉強したかった。
坂根さん:大学の学生チームで開発したURLを保存する旅程管理アプリ「traveli」がコンテストに入賞し、アプリをリリースしたが、ユーザー体験をよりよくするためには、広い視点が必要という気づきがあった。シリコンバレーの自由な発想の根源を見て、誰かを幸せにするようなストーリーを含めたビジョンを考えたい。
磯津さん:このプログラムの参加条件は、8月1日時点で18歳以上であることなので、17歳の友人から「僕の代わりに行ってきて」と勧められたのがきっかけ。
日高さん:高専DCON(ディープラーニングコンテスト)で知り合った方から推薦してもらった。シリコンバレーには興味はあったが、起業とは直接結びつけておらず、気軽な気持ちで参加した。
Q アントレプレナーシップ教育についての経験は?
道上さん:高専でのアントレプレナーシップ教育があり、またビジコンに出場する際にも受講した。
坂根さん:大学に入るまではなかった。ものづくりが好きでアプリを作ったのがきっかけで、今は起業サークルに参加している。
磯津さん:小学生の頃から起業に興味があった。中学からマレーシアのインターナショナルスクールに通い、選択科目でビジネスを選択したのが最初。
日高さん:高専DCONで優勝して、いろいろな企業の方に会ってビジネスの話を聞いたり、プログラムに紹介してもらったりする機会を得た。父親も会社を経営しているのでいずれは自分もと考えていたのが具体的になった。
Q ここまでのシリコンバレー研修で印象に残っていることは?
日高さん:米国企業OpenAI・ChatGPT開発チーム技術幹部のシェイン・グウ氏に会えたこと。ツーショットを撮っていただいたのは一生の思い出。ChatGPTの論文も読んでいたので会えてうれしかった。話を聞き、スケールの違いに衝撃を受けた。
坂根さん:どういうふうに物事を考えればお金を出してくれるのか、実践的なアドバイスをもらえた。コミュニティに属してなかったので、シリコンバレーの起業家から話を聞けたのがよかった。皆さんの言葉はどれも印象に残っている。
Q 日本とはどんなところが違う?
日高さん:フットワークの軽さ。持っているものを出し惜しみせずに与えてくれる。僕らはまだ学生で何も持っていないのに、リターンがなくてもどんどん教えてくれることにびっくりしました。
道上さん:お金の話もするが、マインドやその人自身が問われる。信念をもって話す必要があると感じた。
坂根さん:日本人は自己ブランディングが苦手で、やりたいことの伝達に臆病。シリコンバレーでは技術者も何十年も先を見据えて本気で世界を変えようとしている。これまでの考え方や価値観が一新されて、フラットに考えられるようになったので、この考え方を忘れないようにしたい。
Q 今後の進学、社会人になってからのアクションに変化はあるか?
道上さん:研究と起業はどちらも楽しく、学びがあるので、どちらを選ぶか悩んでいるところ。今回の派遣で、起業の先にあるもの、会社の規模や環境を体験でき、世界感が広がった。
坂根さん:起業したい気持ちはあったが、ビジネスとしてやっていけるか悩んでいた。得られた気づきは「やりながら学ぶこと」。準備が整ってからやろうとすると、結局やらない。来年4月に就職はするが、法人設立もする予定。
磯津さん:もともとマレーシアで固定観念が消えて、価値観が広がったが、シリコンバレーでも日本の常識との違い、まったく逆の発想を持っている人が多い。そういう思考回路を持ち、活かしていきたい。シリコンバレーには、このビジネスは絶対成功する、というマインドセットの人が多いが、まだ自分にはそこまでの自信がない。日本国内で磨ける部分もたくさんある。自分自身が成長してから起業に挑戦したい。
参加した学生たちは、本場シリコンバレーの起業家や現地企業の関係者と直接話をすることで、日本との起業マインドの違いに大きな衝撃を受けたようだ。数々の講演があった中でもシェイン・グウ氏の講演が印象的だったという回答が多く、「日本への思いや視座の高さに圧倒された」「AIの研究界隈の空気感を聞いてカルチャーショックを受けた」とコメントがあった。
ものづくりや研究が好きだから事業化したい、というこれまでの起業イメージから、世界で成功するためのビジョンの必要性へと考え方が変わったと話すように、学生たちも視野が広がり、今後の進路や活動の方向性を見出すきっかけにもなっているようだ。なお、今回のプログラムは理系学生を対象としていたが、2024年1月に予定している派遣プログラムは文系学生も対象とするとのこと。ここでまいたタネがどのように広がっていくのか、日本発の若き挑戦者たちの活躍に期待したい。