「護衛艦のような島のITインフラ」から「海洋デジタルツイン」まで、地域活性化を実践する米田利己氏に聞く
長崎県対馬、歴史ある国境の離島は「デジタル実験の島」になっていた
2023年09月04日 09時00分更新
IT/クリエイター人材の「学びの場」「活躍の場」を離島に作る
米田さんが注力するもうひとつの取り組みが、地元でのIT/クリエイター人材育成だ。対馬が抱える大きな課題は、学ぶ場や就職先が少ないために「高校を卒業したら多くの人が島を出てしまうこと」(米田さん)である。
それならばまず学ぶ場を作ろうと、ITスクールのデジタルハリウッドSTUDIOを2018年に開校し、WebデザイナーやCG/映像クリエイターを育成している。さらに現在では、独自のカリキュラムを組んでドローンパイロットの育成にも乗り出している。
デジタルハリウッドSTUDIO対馬の隣にはコワーキングスペースAGORA対馬も設けた。長崎市の出島、雲仙市にも拠点があり、デジタルハリウッドの卒業生や在校生、さらに企業から出張やワーケーションで来た人などが利用する。これらの拠点間の人の行き来、交流も積極的に行っている。
「ここは仕事をするだけでなく、毎週早朝ヨガ教室をやっていたり、落語会や映画の上映会といったコミュニティイベントを開催したりもしています。それから、デジタルハリウッドSTUDIOの先生方がこちらで待機して、オンラインで生徒さんからの問い合わせに対応したりもされていますね」
こうした人材育成の取り組みを続けてきた結果、実績も徐々に生まれてきているという。Webデザイナーは地元自治体や企業などのWebサイトを手がけるほか、芸術祭「対馬アートファンタジア」のオンライン展示会場も構築した。また、対馬市CATVでは卒業生の映像クリエイターたちが働き、対馬をロケ地とした映像や番組の制作をサポートすることも多いという。美しい島の自然を映すドローン撮影もお手のものだ。
米田さんは「ふつうは最低でも人口30万、40万の都市で開校するようなスクールを、人口3万人ほどの対馬でやっている。それだけに“非常にとがった”場所として、全国的にも認知していただいているようです」と語る。
人材育成において、学んだことが生かせる実践の場がすぐそばにあることの意義は大きい。そして人口が少ないがゆえに、活躍の機会には恵まれるはずだ。さらに米田さんは、離島ならではの仕事のあり方も考えていると語る。
「ここでは『専業』じゃなくてもいいと思うんですよね。たとえば漁業や農業といった家業を手伝いながら、Webデザイナーもやるとか。以前、農地に肥料をまくドローンのデモ飛行を行ったのですが、それまで『農業には興味がない』と言っていたお孫さんたちも、ドローンが飛ぶということで見に来られて、『これならやってもいいかも』と興味を持っていただきました」
「海洋デジタルツイン」など、地域の特色を生かした次代の取り組みを
そして現在、コミュニティメディアが新たに取り組んでいるテーマが「メタバース」「デジタルツイン」だ。それも、対馬という地域の特色を生かしたかたちでの取り組みを進めようとしている。
昨年(2022年)11月から、長崎大学との共同講座として実施されたのが「海洋デジタルツイン講座」である。これは経済産業省の共同講座創造支援事業にも採択された。
「長崎大学で海洋水中ドローンを研究されている先生からテーマをいただき、コミュニティメディアが講座カリキュラムを構成して実施しました。研究室で開発している海中ドローンで海の中を撮影すれば、(ゲームエンジンの)Unreal Engineでこういう風に可視化できます、と。Unreal Engineを使ったことのない初心者の方も含め、入門編の講座を全5回受けていただきました。今年度はさらに応用編のコースも準備しています」
専務取締役の米田伊織さんによると、ゴミの漂着、赤潮の発生など、対馬は「全国でも最先端の海の課題」を抱えており、そのために全国や世界から多くの研究者が訪れるという。海洋デジタルツインの構築が進めば、そうした研究にも役立てられるはずだ。
米田利己さんは、メタバース/デジタルツインは海洋/漁業だけでなく農業、商業、観光業など幅広い分野に適用できるテクノロジーであること、構築に関わる職種もプログラマーだけでなくシステムデザイナー、空間デザイナー、モデラー、ビルダー(3Dオブジェクトの作成や配置を行う人)と幅広いことを説明した。つまり、ここにまた新たなビジネスの可能性と人材育成の需要が眠っているわけだ。
「実際に(メタバースで)『対馬を作ってほしい』『この街を作ってほしい』といったご相談はたくさんいただくのですが、すぐに作れるビルダーがいるかというといない(足りない)。やはり人材を育成するところから始めたいと、カリキュラムを作っています。そこから、たとえば3Dキャラクターや植物を作ったりと、いろんなパーツを作って販売をする、そうした新しいビジネスも生み出していきたいと考えています」
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米田さんは、「“対馬”コミュニティメディア」のように社名に地名を付けなかった理由について、「このビジネスモデルはどこでもできるのではないかと思っているから」だと答えた。
「たとえばエネルギーの世界でも地産地消の考え方(マイクログリッド)が出てきていますが、何か大きなところ(都市)から供給してもらうだけというのでは、やはり地域は成り立たなくなります。地域で完結してできるために、いろんな人がいろんなかたちでいる、そして雇用や産業を作っていく。それが大切だと考えています。このモデルをいろいろな地域で展開して、それが将来つながって、人の交流や仕事のサポートなどの取り組みが広域でできるようになればいいかな、と」
「離島」と聞くと、インフラが貧弱で、ビジネスにも人材育成にも極めて不利な場所のように思ってしまいがちだ。しかし、対馬は決してそうではなかった。米田さんのような人がいること、そして人の往来と交流を生み出していることが、地域を活気づけている。かつての「交易の拠点」はデジタル時代にどんな変化を遂げていくのだろうか。
(取材協力:Photosynth)