丸の内LOVEWalker総編集長・玉置泰紀の「丸の内びとに会ってみた」 第6回

価値あるものは価値ある価格で。新マルチカの「BUTTER 美瑛放牧酪農場」も大人気! ル・スティル代表の西川さんに会ってみた

文●土信田玲子/ASCII、撮影(インタビュー)●曽根田元

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 丸の内LOVEWalker総編集長の玉置泰紀が、丸の内エリアのキーパーソンに丸の内という地への思い、今そこで実現しようとしていること、それらを通じて得た貴重なエピソードなどを聞いていく本連載。第6回は「VIRON」「CENTRE THE BAKERY」で高級パンブームを牽引し、今年4月、新生「マルチカ」にオープンした「BUTTER 美瑛放牧酪農場」のバター1本付きホットケーキも話題騒然! 株式会社ル・スティル 代表取締役の西川隆博氏に、各店の開業秘話や高級路線へ挑んだ経緯、18年にわたる丸の内との関わりなどについて、玉置が迫った。

今回の丸の内びと/株式会社ル・スティル 代表取締役の西川隆博 

バター丸ごと1本付き! ホットケーキが大バズり

――丸ビル地下1階の「マルチカ」リニューアルでオープンした新業態「BUTTER 美瑛放牧酪農場」は面白いですね!

西川「美瑛の牧場で、搾りたての生乳を原料にしたフレッシュバターと、それを使ったスイーツの店をやりたいという構想は、5~6年前から三菱地所さんにお伝えしていました。立地については、いくつかお声掛けをいただきましたが、今回の『マルチカ』リニューアルの核として出してほしい、と言われまして。

 『VIRON』のように、1階の路面店で営業するのが我々の基本スタイルなので、最初は地下という場所がイヤだなと。けれども店の内容を詰めていく過程で、その考えは変わりました。

 温度管理のために、冷蔵ケースの中に手を入れてバターを作るのですが、ビル内の地下で行うので温度変化も少なく、保健所からも衛生面は大丈夫、との許可をいただけました。結果的には『VIRON』のようなオープンエリアよりも、地下でよかったですね」

こちらが話題の「『ミルクを食べるバター』を食べるホットケーキ」(2,420円)。100グラムのフレッシュバターは、食べ切れなければ持ち帰りもOK

――以前の「マルチカ」は、お弁当を買うところ的な感じでしたが、お酒が飲めるお店もできたり、かなり攻めています。そのチャレンジ姿勢も「BUTTER」という目玉があるからでは?

西川「我々は、好きな場所で売り場(の面積)も好きなだけ使って下さい、と言われたのでその分、集客の責任もあると思っています。でも『BUTTER』は最近、SNSやテレビ番組でバズって毎日行列もできていますので、何とか役割を果たせてはいるかな、と感じています」

――ちょっと前までは、丸ビルの地下にこんな賑わいはなかった。マルチカの入口で牛乳をグルグル回してのバター作りが見られるのも楽しい

西川「せっかく、ここで作っているものを売るのだから、商品を並べて売るだけの小売とは違ったことをする方が面白い、と思ったんですよ。お客様も結構、写真を撮って下さっていますが、どこまで伝わっているかなと」

――店頭にバターの製造現場がある店なんて、これまでにない

西川「世界的にも店舗内で、そこそこの量のバターを作っているところはないんじゃないかな。

 ここで作って見せているのは、バターは鮮度が本当に大事で、それが味に直結するということを伝えたかったからです。もちろん、ほかのバターはダメなどと言うつもりはまったくなくて、どんなバターでも作りたてはもっと美味しい。もっとポテンシャルがあるんですよ。

 日本で販売されているバターは、実はほとんどが一度冷凍されています。生乳が余った時の調整弁なので、今騒がれている(生乳の需給が不安定な)問題は、まさしくそこ。生乳から脱脂粉乳とバターができるのですが、脱脂粉乳がダブついちゃっているから、バターも作れないとなるでしょうし、乳製品全体が余ってしまうので、生乳を減産する話にまでなってきていて。

 脱脂粉乳は乾燥品なので常温で保存できますが、バターは冷蔵では酸化したりするので、長期保存なら冷凍庫に入れます。でも、そうすると本来の美味しさを損なってしまうことを、僕らは何度も確かめたから、バターは冷凍するべきじゃないと思っています。最終的にお客様に届いた時に、風味がどうなっているのかを知りたいし、知らなければいけないですよね。

 だから今回の『BUTTER』は、“今日作ったバターを今日食べていただこう”がテーマなんです」

牛乳缶で1缶分もの生クリームを投入する様子

バターは鮮度が命! どうせなら牧場から造ってしまおう

――「BUTTER」のフレッシュバターの原料は美瑛で搾りたての生乳ですが、東京ドーム24個分もの巨大な牧場を構えたきっかけは?

西川「『VIRON』を始めた時は、小麦粉が物語の中心でした。フランス製の小麦粉『レトロドール』に出会って、これで素晴らしいバゲットが焼けることがスタートでしたので、やっぱりモノを作る時には主原料がとても大事で、それがきちんと結果を生むとも確信しています。

店頭にズラリと並ぶ「レトロドール」の袋

 では、パンや菓子の主原料は何か、というと小麦粉と乳製品。中でも乳製品は差異が出やすい。もちろん、素晴らしい乳製品メーカーさんはたくさんありますけど、極論を言えば、大抵のものはお金さえ払えば誰でも買える、使えるじゃないですか。そういうものより自分たちでそれ以上のものを、理想の製品を作るためのバターを生産できないか? ということから、牧場を構えようと思いました。

 そして、どうせやるなら牛舎で飼わずに放牧でやれないかなと。小麦粉の製粉時にできる、副産物の麩(ふすま)が牛のエサになるから、取引のある国内の製粉メーカーさんに『酪農を知っている人いませんか?』と聞きました。『レトロドール』を販売してくれている奥本製粉の当時の社長さんにも、歳も同じで仲が良いから『牧場をやりたいけど、誰か牧場経営している人知らない?』と聞いてみたり。

 ただ、麩は肉牛のエサ用には売るけど、乳牛の方ではあまり聞かないと言われました。でも、ちょうどその会社に、面白いモノを作る人たちを知っている方がいて、岩手県の『中洞牧場』を紹介してくれたんです。

 山地や森を切り拓いて野芝を生やし、それを食べさせるという酪農をしている人がいるから、見に行きますか? とね。

 牛舎につなぎっ放しで、動かない牛に人間がエサを与えるようなやり方より、土地を活用して動物本来の生態で飼う方が、牛もストレスを感じない。その方がお客様にも伝わりやすいでしょう」

芝の緑が映える美瑛の牧場

――北海道を選んだ理由は?

西川「本当は関東近郊がいいですよね。近くなら、お客様がちょっと足を延ばして、実際に見に行ってもいただける。でも土地代が高過ぎて、北海道と比べて10倍ぐらいです。美瑛の牧場は、70ヘクタールぐらいで始めたんですが、最初に買った時の土地全部でも、たぶんここ丸の内の1坪分に満たないですよ。今は坪単価1億円ぐらいすると思うので」

――実際に牧場をやってみたら大変だったんじゃないですか

西川「大変ですね。でも、僕は根が単純なので、やろうと思ったらやってみる」

――サイロ(牧草の貯蔵施設)がないんですよね

西川「放牧で草を食べさせるから、サイロが必要ないんですね。あとは体調管理と、ミルクのために必要な栄養素を穀物等で補っています。乳房が張ってくると、乳を搾ってもらいたい牛が帰ってきますが、美味しいエサがあれば搾乳室に入ってくれやすい。なので、搾乳の時だけデントコーンや大豆、甜菜糖の搾りかすなどを桶に入れておきます。基本的には美瑛を中心にした、北海道産のエサだけで育てています。

 日本のほとんどの牛は、海外産のエサを食べています。だからロシアとウクライナの問題で、それらが高騰して酪農経営が大変ということや、すごく売れていた機能性ヨーグルトの勢いが落ち始めて、原料になる脱脂粉乳がダブついたから乳製品を減らせ、ということになっていますけどね」

――牧場を持っていると安定感が違いますね

西川「自分たちで搾った分を使うだけの話だし、作りたいものを作れる。誰かに左右されることでもないから、やりたいようにできますよ」

――西川さんは、周囲の人々にどんどんコンタクトを取って、その人たちとのつながりが、結果的に物語を大きくしていますよね

西川「僕ひとりで全部できるわけではないですし。もともと、ここ『VIRON』だってそうでした。VIRON社の社長に、我々とビジネスをしたいと思わせなきゃいけなかったので。実は、人付き合いはそう好きではなくて、ひとりが好きですけどね」

――意外ですね。でもここという時には、しっかりとアプローチする

西川「そうですね。牧場を構えた時は、『中洞牧場』の中洞さんに手伝っていただきましたし、70ヘクタールの土地をまとめてくれたのは、美瑛町の農協です。我々は農協には出荷しない、いわゆるアウトサイダーでしたけど、農協の方は、農家さんへの経済対策ということもあって協力してくれました」

――美瑛の牧場でも、いろいろ食事はできますか?

西川「はい。ラクレットを使ったチーズトーストやソフトクリームを、昨年6月にテレ東の番組『タクシー運転手さん一番うまい店に連れてって!』で、富良野の女性運転手さんが紹介してくれて、こちらもバズりましたね。僕は、あんまりメディア向けの仕掛けを意識していませんが、面白いなと思ってもらえるように、いろんなものを盛り込んではあります」

――美瑛で食べたらまた格別でしょうね

西川「やはり、牧場で生まれたものを牧場で食べるというのは、格別に感じていただけると思います」

地方のパン屋から高級パン路線になぜ転向?

――西川さんの原点は地方のパン屋。菓子パンや惣菜パンが人気の老舗ですが、そこから高級パン、高付加価値路線に向かったのはどうしてですか?

西川「あの会社は、昔から原価計算をしたことがなかったんです。パンが毎年のように値上がりしていた頃は、他所がだいたいこれぐらいで売っているものを、どれぐらいで売ろうか、と考えて価格を設定していました。

 ウチは小さな田舎のパン屋だけど、いい原料を使って、設備も日本に最初に入ってきた機械を導入しました。自分たちは職人じゃないけど、いいものを作りたいという思いが創業者からあります。一番いい材料、一番いい設備、そして一番いい職人、技術を揃えて、どこよりも美味しいものを作ろうという企業文化がありました。

 僕が会社に入った時も、その文化が残っていたので、これを生かすしかない。でも生かせるのは、残念ながら地元の兵庫・加古川ではないな、と。

 高級パンで行こうと思ったのは『パンの安売り』を止めたかったからです。スーパーマーケットでは、食パンと牛乳と卵の“白物3つ”が、安売りの目玉にされてしまいます。いいものを作ろうとも、安くしか売ってもらえない。我々はそこで、圧倒的に差別化することを考えました」

――安売りされるのはイヤだった

西川「イヤだったというか、このままでは我々の居場所がなくなってしまう危機感ですかね。それほど大きな規模ではなくても、ニッチな市場でなんとかできたのですけど、そのニッチですら、安売りに引っ張られていましたから」

――デフレは今に至る日本全体の問題です

西川「まさしく、その影響を最も受けているのがパン屋です。業界的にも安売りばかりになっちゃって。ウチの祖父と父が全日本パン協同組合連合会という、全国の小さなパン屋の集まりの会長をさせていただいていたので、業界最大手の山崎製パンさんなどに『安売りをやめてくれ』と、常に物申してきたんです。

 祖父は、山崎製パンの現社長さんよりずっと年上で、父は同年代だったから、言いやすかったこともあるんでしょうけど。皆さん『西川さんにまた言われるな』みたいな感じで。

 だから僕は『安売りをやめよう!』と言うために、『VIRON』を渋谷に造ったんです」

――それが確実に流れを変えました。そして2013年には、高級食パンブームを起こした「CENTRE THE BAKERY」を銀座にオープン

西川「大手メーカーの食パンも、40年ぐらい前は1斤170円ほどが中心価格だったのに、当時は130円ぐらいにまで下がり、安いものは50~60円みたいな時もありました。食パンには、そんな価値しかないのか?と…。大手メーカーの中には『製造ラインの稼働率を上げれば、上代1斤100円でも何とかなります』なんてところもあったけど、そんなことされたら困りますよね」

――そりゃそうですよ

西川「『もっと儲けた方がいいでしょう』と言えば、皆さんは『それはそうだけど、流通のバイアスが掛かったりするし難しいよ』と、安売りばかりを続けていく。

 だから、食パン専門店の『CENTRE THE BAKERY』を出した。当時は、角食パン1斤420円、2斤840円の価格設定(現在は2斤1,080円)でスライスはせずに、販売時の手間を省く仕組みを上手く作れて、行列が3時間待ちにもなりました。それを見て他所が真似をしたおかげで、食パンの平均価格は上がったんです。

 僕は、よく大手のパンさんに冗談で言うんですよ。『年間1億ぐらいくれてもいいでしょ? 食パン価格の底上げで、利益は増えたでしょ』とね」

――しかし高級食パンブームは、最近あまり良くない方向に

西川「ちょっとやり過ぎてしまいましたよね。ブームになっては(一過性で)ダメだからやめてほしかったけど、彼らは異業種なので仕方がなかった。同業の会社だったら止めたでしょう」

――「VIRON」を始められた時にも、こだわりの高級ベーカリーが成り立つのか、最初はご苦労されたそうですが、結局、お客さんも高くても美味しいパンを待っていたってことですよね

西川「『BUTTER』で今すごくバズっている、ホットケーキとバターのセットは2,420円の価格設定です。僕もさすがに高いなとは思いましたが、100グラムで1,296円のバターバーを丸ごと1本付けているし、安くは売りたくない。

 ダメなら下げるしかない、と価格を最終決定しましたが、今のところ、高いか安いかよりも面白いよね、美味しかったよね、と言っていただいています。価値があると思ってもらえれば、価格なんてそんなもんだと思うんですよ。

 よく言うのはね、東京の昼間人口が何千万人か分からないけど、1日200人に消費していただいても年間7万人。100年経っても700万人だから、全員に来てはもらえないよ、と」

――本当にそうです

西川「その程度でも成り立つのだから、我々が価値があると思ったものは、価値がある価格で消費してもらおう。それが、我々のずっとやろうとしていることなんです」

赤いファサードがまさかのNG!? 「VIRON」丸の内誕生秘話

――西川さんと丸の内の関係は「VIRON」から始まりました。2005年、東京ビルTOKIA開業とともにオープンしたんですよね

西川「ちょうど20年前の2003年6月、渋谷の宇田川町に『VIRON』を開店しました。全力投球で、とにかくVIRON社の小麦粉を使って、フランスの国内でも一番美味しいねと言われるバゲットを、東京で再現して販売しようと。

 基本的な店舗のスタイルとしては、フランスのパンとお菓子の店、ブーランジェリーとパティスリー。そしてブラッスリーで、料理とバゲットを食べてもらう店です。半年ぐらいで軌道に乗り始めて、やっと1年ほど経った頃ですね、丸の内店の話が来たのは。『VIRON』渋谷店の内装をお願いした、乃村工藝社さんからご連絡をいただいて」

――丸の内とつないだのは、乃村工藝社さんだったんですね

西川「『東京駅近くの新しいビルへの出店の件で、三菱地所さんの担当者が会いたいと言っていますが、お会いになられますか?』と。当初、出店するつもりはなかったんですけど、渋谷店は何とか軌道に乗り出したし、もともとフランスと同じように1階の路面店、ワンフロアでやりたかったのが、渋谷ではできなくて。

 お話を聞いてみたらできそうだったので、それならと思い始めたんです。東京駅の駅前なら新幹線の利用客が、全国から買いに来て下さる可能性もありますし」

――はとバスも目の前だし、最高のロケーションですよね

「VIRON」丸の内店のファサードとオープンテラス

西川「でも我々は、渋谷店と同じようなファサード(正面外観)でやりたいのに、TOKIAはすべてガラスのスキン(外壁)だったんです。全面ガラス壁の内側で店を構築して下さいと。

 それでは、ショーケースの中に店があるように見えて、僕は大嫌いだったので『このままでは出したいけど出せないことになる。渋谷店のようなファサードが造れないと、ブランドの統一したイメージが出せない』と伝えたら、地所設計さんと交渉していただけて、実現できそうだと」

――簡単じゃなかったんですね

西川「三菱地所の方が、本当に大変だったと思います。僕はもう言いたいことを言っているだけで。まずは、ガラスのスキンの発注を止めていただいたことですね。

 実はここ1階部分ですが、天井まで7メートルあって、ビルとは別の柱が2本建っています。ちゃんと基礎からの柱で、そこまでしなくてもと言ったのですが、地所設計の方が必要だと。費用も負担していただけました」

――赤いファサードはすごく印象的です

西川「それが、当時の千代田区役所から『赤のファサードなどまかりならん、丸の内にそぐわない』ぐらいなことを言ってきたんです。いや、でも東京駅も赤レンガですよね、と」

――丸の内線も赤なのに

西川「あとで聞いたら、実は千代田区と他所の施設とが、看板の赤色でひと悶着あったようです。でも、我々は渋谷でもうやっていて、こういうファサードも文化だと思うので、と説明とお願いをしまして。

 結局、渋谷店よりもう少し落ち着いた赤色で、と折り合いを付けてやっと、この派手なファサードを造らせていただいた、というわけです。地所さんは本当に大変だったようですが、これが実現したから後々やりやすくなった、と言って下さいました」

――ちょっと道の方に出ているオープンカフェが、今では丸の内仲通りにありますね

西川「当初からオープンカフェの用意はしていて、実は今、椅子を置いているテラスは公開空地扱いです。なので、椅子を置くのは構わないけれど、そこでサービスして商売できるかギリギリのところでした。お客様が店内でオーダーして我々が運ぶ、またはお客様が買ったものを勝手にそこで食べてもらう程度でやり始めたんです。

 そんなことで、なかなか堂々とオーダーを取りに行けなかったんですけど、7年目ぐらいだったかな。ようやく地所さんが、仲通りでテスト的にオープンカフェを営業することになり、保健所とも話をし始めました。

 それと並行して、我々もオープンカフェをやりたいと、お客様にアンケートを取りました。例えば『ここで食べるのが不衛生だと思いますか?』など。そういう事例を積み重ねて、やっと日本で初めて、丸の内初のオープンカフェが許可されたんです。これからも仲通りは、イベントなど賑わい創出のためにも活用してほしいですね」

――それが今の丸の内を引っ張っている、ひとつのフックになっています。西川さんのように折れない人が丸の内を変えていく

西川「このファサードを造れないと、ここでやる意味がないので何が何でもこれありきですよ、というお願いを、最初からずっとしてきたんです。かなりハードルが高い、難しいことだとは分かっていました。だって、すでにビルの模型までできているところに、ここのガラス外してファサードをはめ込んでください、と言っているわけですから。そんなわがままが通るのかなとも思いながら、そこだけは絶対譲れない。フランスのパリらしい店をやりたかったので」

――パリに行くと、路上にはみ出しているカフェもたくさんありますね

西川「楽しいし、街としても賑わいが出る。オープンカフェをやりたかったもうひとつの理由は、開放すると店の中と街がつながるからです。ガラスのスキンの内側に店舗があったら、要はビルの外と中は切り離されて、つながらないでしょう」

――街の空気を感じられる、それも含めてパリに行った気分になれる

西川「Netflixの『エミリー、パリに行く』というドラマが流行っていて、パリの街の風景がたくさん映るんです。現地に行きたいけどコロナ禍でどうしようもない、そんな方々に、パリみたいなテラスがある東京のカフェとして、バズりました」

「非効率」だからこそ面白い! 丸の内はチャレンジできる場所

――渋谷や銀座にも出店していますが、丸の内という場所についてはどう思われますか

西川「僕はずっとお話ししていますが、銀座よりも丸の内ですね。銀座には、いろんなビルオーナーさんがいらっしゃる、いろんなものもあるのは面白いけど、その分無秩序なところもある。一方の丸の内は、ほぼ三菱地所さんの管理下でコントロールされていますから」

――特殊な街ですよね

西川「地所さんの管轄内では出店をコントロールできるので、質的には同じようなところを並べていただけている、と思っています」

――「VIRON」「BUTTER」も丸の内の街づくりの中核店になっています

西川「そうですね。『BUTTER』も行列にお並びいただいていますが、賑やかしになるし、街としてはやっぱり人がいないと。昔の丸の内は、外に誰も歩いていなかった。そこに三國清三さんがカフェを出されて、丸ビルが商業化して。

 我々も、その数年後からここにいますけど、お店もどんどん増えているわけですから、まだまだ面白いことができる。もう本当にこれからです。ようやく面で店舗が張り付いてきたので、ここからどう広げるの?という段階だと思いますね」

――まだまだ伸び代も、やれることもあるってことですね

西川「実はインキュベーター的な店を造ることになって、1階路面店用の場所を探しています。地所さんが、有楽町でもやっていらっしゃいますけど、モノづくりの職人や工房の起業支援をするようなプロジェクトです。

 そんな非効率なことを、坪単価1億円の丸の内でやるべきかどうか? というところですが、我々が今、店舗でバターを作らせていただいているように、他ではできないことをできるのが丸の内。銀座のビル1階では、そんなことできないじゃないですか。ビルのオーナーさんがまず、そんな効率が悪くて儲からないことを許可しませんよ。

 でも地所さんは、1階の路面に限らずある程度までのフロアであれば、ちょっと面白いことも誘致していきたいと。確かに難しいことではあるけどね。丸の内でやるべきかどうかということよりも、東京のド真ん中の丸の内だからこそ、あえて非効率にもチャレンジできる」

――非効率っていいですね。逆に夢がある

西川「非効率でも面白い、高品質、高付加価値のものを見せることを、いろいろやっていただけるといいですよね。もっといろんな人が集まってくるはず」

――丸の内だからこそ買えるハイブランドですね

西川「実はコロナ前ぐらいから、渋谷と丸の内の売り上げが逆転したんです。丸の内は開業から18年経って過去最高の売り上げ。僕らがやってきたことが、ようやく外にも伝わってきています。『VIRON』と『BUTTER』を見ても、並んでいるのは丸の内にお勤めの方ではないですね。外からの来街者が、どんどん増えているのを日々肌で感じています。

 今回の『BUTTER』も、これ以上のミルク感を出すことはできないだろう品質に仕上げました。やっぱり、その差をちゃんと出せなければ勝負にならない。そこで『バターは鮮度が大事』なことを伝えられるように、非効率ではあるけど、それを伝えられる場をいただいた。

 三菱地所さんからは『お金は上(オフィステナント)で稼ぎます、下は街づくりだと考えています』と、よく言われるのですが、それをそのまま有言実行して下されば、丸の内は他にどこにもない、面白い街になっていきます。

 丸の内が素晴らしいと思うのは、そこなんです。かなり柔軟にやろうとしているから、銀座よりも街としてずっと楽しいし、面としても面白い仕掛けができると思っています。だからこれから、もっとチャレンジを続けて、ハイレベルで面白い街づくりをしていただきたいですね」

 味も品質も良いものを作っているのに、なぜ安売りされてしまうのか。パン業界の先の見えない悪習を食い止めようと、高くてもその値段を払う価値のある高品質のパンやバターを提供し、業界の価値観や丸の内エリアに、新風を巻き起こしてきた西川氏。ただ、大勢に日和っていては何もできない。「折れない」心と「非効率でも面白いもの」を作っていく。やろうと思ったことはやり遂げる。その強き精神が丸の内を変えてきたし、これからも変えていくだろう。

西川隆博(にしかわ・たかひろ)●1970年生まれ、兵庫県出身。株式会社ル・スティル 代表取締役。2003年、渋谷に「VIRON」渋谷店、2005年に「VIRON」丸の内店を開店。2009年、北海道・美瑛町に「美瑛放牧酪農場」を開設。2013年、銀座に食パン専門店「CENTRE THE BAKERY」を開店。パンに携わっているが、実は米と肉が好き。趣味はドライブとゴルフ。

聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室。エリアLOVEWalker総編集長。国際大学GLOCOM客員研究員。一般社団法人メタ観光推進機構理事。京都市埋蔵文化財研究所理事。大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会会長代行。産経新聞〜福武書店〜角川4誌編集長。