年の初めは日本ではいわゆる新年ムードだが、アメリカでは新年2日から普通に働き始めるという文化の違いもある。そのアメリカでは恒例のCESがリアル開催された。そこから発信されたニュースのうち、興味を持ったものを2点ほどピックアップした。
ゼンハイザーの「Conversation Clear Plus」
まずはゼンハイザーが発表した完全ワイヤレスイヤホン「Conversation Clear Plus」だ。
価格は749ユーロ(約10万6100円)と高めの設定。従来の音楽を聴く目的より、簡易補聴器としての使用を主眼に置いている点に特徴がある。ポイントは2点ある。ひとつはゼンハイザーが買収された影響を感じるということ。もうひとつは完全ワイヤレスイヤホンを聴覚補助デバイスとして使用する、最近の海外トレンドをうかがえることだ
はじめのポイントについて。ゼンハイザーのコンシューマーオーディオ部門は、スイスの補聴器メーカーであるSonavaに吸収されたのだが、このConversation Clear Plusにおいては、会話の明瞭化をする部分にSonovaのチップが採用されている。Sonovaは補聴器の大手メーカーで、傘下には別にPhonakという補聴器ブランドがあるのだが、ゼンハイザーはのちに書くように補聴器とはもう少し異なったオーディオよりのアプローチで製品を位置付けているように思える。
もう一つは、昨年からアメリカでさかんになっているトレンドだが、これは米国FDAが昨年補聴器の処方基準を大幅に緩和したことにも関係している。(米国で)従来補聴器を本格的に適用するには専門医の指示と数千ドル(数十万円)が必要だった。もし完全ワイヤレスイヤホンがこの分野に向いているとすると、イヤホンとしては高価でも補聴器としてははるかに安いことになる。
FDAが認可したのはOTC補聴器という処方不要の補聴器だ(OTCはOver the Counter=市販のという意味)。OTC補聴器は米国の場合、18歳以上の軽度から中程度の難聴者向けとされている。ただし、Conversation Clear Plusに関してはこの類の製品ではあるけれども、正しくはOTC補聴器ではなく、完全ワイヤレスイヤホンとOTC補聴器の間を橋渡しする製品という位置づけの機材のようだ。
このことに関してもう一つ興味深いのは、最近話題のLE Audioは「もともと補聴器のために発案されたものだった」ということだ。補聴器はイヤホンとは違い装着時間が長いので、補聴器をBluetooth機器として扱うと消費電力が従来の枠組み(クラシックBluetoothの規格)には収まりきらないので、BLEを適用した音声通信が必要になったわけだ。その後にソニーが参画してオーディオ用も含まれることになる。Conversation Clear Plusについてはまだわからないが、今後は聴覚補助デバイスの役割を持たせた完全ワイヤレスイヤホンというカテゴリーの流れが、LE Audioとも結びついていくと考えられる。
これらの事柄は完全ワイヤレスイヤホンが単に音楽を楽しむための機器ではなく、広く耳に装着するウェアラブルデバイスとして考えられるようになってきたことを示しているように思えて興味深い。
xMEMSはiFi audioと協業
もう一点、この連載でたびたび取り上げているMEMSスピーカーでもCESにおいて興味深い発表があった。
それはxMEMSが、あのiFi audioとパートナーシップを締結したというニュースだ。iFi audioのパートナーシップ責任者であるVictoria Pickles氏は、xMEMSの画期的なマイクロスピーカーは、IEMおよびヘッドフォンの性能の限界を押し広げる大きな可能性を提供すること、同社のポータブルオーディオ技術は、この可能性を完璧に実現するためにとても適していること、そしてそれに最適化したiFi audio製のDACやヘッドホンアンプが2023年に発売される予定であると述べ、「エキサイティング(xMEMSのxをかけている)な年になるでしょう!」と語っている。
これに加えて、xMEMSではIEMメーカーのSingularity Audioともパートナーシップを結んでいる。iFI audioはIEMを持っていないので、Singularity Audioとも協業するのか、あるいは別に開発するのか、今年の展開がとても楽しみなニュースだ。
また、xMEMSは最新のMEMSスピーカーである「Montara Plus」を正式にリリースしている。このMontara Plusは、昨年私が試聴させてもらったプロトタイプも採用していたドライバーだ。フルレンジのドライバーで、ダイナミックドライバーにも似た音質は、シリコンのドライなイメージをくつがえすほど素晴らしく音楽的で美しい響きを聞かせてくれていた。コロナ禍で遅れていたが、今年こそはMEMSスピーカー搭載のイヤホンが新しい時代を切り拓いて欲しいものだと思う。
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