対面講義で起業家マインドが急成長!? 「起業家教育プログラム」参加校の特別授業に潜入
「新しい会社を作ることを起業、事業を立ち上げる人のことを起業家と呼びます。これまでにないものを作ったり、すでにあったとしてもより良いものを作る。新しい会社が生まれることは経済の新陳代謝にも繋がるんですね」
上記は11/16、起業家教育に取り組む福井県立坂井高校でのひとコマ。特別講師として招かれた、角川アスキー総合研究所のベルマーカス麻里氏が学生たちにテンポ良く語りかけた。
福井県内最大の総合産業高等学校である坂井高校は、独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が主催する「起業家教育プログラム」に応募し、9月より参加。「起業家教育プログラム」とは、経済産業省中小企業庁が作成・ホームページで公開している「起業家教育の標準的カリキュラム」に準じたプログラム、「起業家教育の標準的カリキュラム」を参考にした独自の起業家教育プログラムのことで、教員・生徒らからの相談対応、起業家や講師の紹介・マッチング、派遣といった支援を中小機構より受けることができる。
チャレンジ精神や創造性、探求心といった「起業家マインド」、情報収集や分析力、判断力、リーダーシップといった「起業家的資質」は、起業の有無に関わらずこれからの社会人にとって必要不可欠なもの。不確実性の高い社会になることが予想される昨今にこそ必要となる素養を、行政や学校はどのように伝え、生徒たちはどのように吸収しているのか? 坂井高校の特別授業に潜入し、起業家教育の最前線をレポートする。
アドバイスを受け、開発済みのツアー商品をブラッシュアップ
坂井高校では毎週水曜日の4、5、6限に開講する3年生が対象の課題研究において、女子8名の受講生徒に起業家教育を行っている(今回は4限は7名、5、6限は6名の生徒が受講)。4限に登壇したベルマーカス氏の授業は、起業とは? 起業家とは? といった基本的な話からスタート。実在する起業家の名前や具体的な事例を挙げ、対面での講義は初めてとなる生徒に向けて、起業の定義や意義をわかりやすく伝えた。
「日本の企業の平均寿命は40年前だと30年ぐらいだったんですね。それが3、4年前になると23.7年に。就職したら40年ぐらい働くことになるんですけど、企業の寿命が短くなると一社では終わらなくなる。転職したくなくても転職しなければいけない時代が来るかもしれないんですね」
自分の力でキャリアを構築する必要性、就職したとしてもアグレッシブに動くことが重要であることを示された生徒たちは、起業家マインド、チャレンジ精神の大切さをより身近に感じ取っていた。
後半はより実践的な内容に移行。商品に対するターゲット(お客さん)と利用動機(お金を払ってくれる理由)について、「起業家教育の標準的カリキュラム」のワークシートを活用しながら、売れる商品の作り方やプロモーションの手段を駆け足で、かつ丁寧に講義した。
坂井高校では首都圏の中学3年生と力を合わせ、ふるさと納税返礼品として、坂井市内を巡る旅行商品「坂井高校生と幸福度連続日本一の謎を探る冬の午後旅『ぶらり坂井』のツアー」をすでに企画・開発。予約の受付も開始し、いかにPRするかが当面の課題となっている。
首都圏に住む50代後半から70歳、中学生の孫が考えた小旅行に関心を持つ保護者世代をターゲットに開発した商品だが、授業ではより詳細にターゲットを洗い直すことに。参加する人数は? 2人なら夫婦が中心? 夫婦だとすると決定権を握っているのはどっち? ターゲットを鮮明にすることで、より魅力ある商品を作ることができ、より効果的にPRすることができることが伝えられた。
「ツアーの参加者を募ることも大変ですが、申し込みがあったあとはもっと大変。ある意味、体験を売る商品なので、お客さんが求めていることを常に考えながら進めていってほしい。価値観がずれないように。利用動機を明確に把握して、すばらしいツアーを作り上げてください」。開催に向けた準備や心構えのアドバイスをもって、50分の講義は終了した。
初体験のブレストでは前向きで新しいアイデアが続出
続く4、5限の講師は、企業の組織開発や採用のコンサルティング、イベントのサポートなどを行なっているフリーランス、田中彬士氏が担当。複数の参加者が自由にディスカッションを行い、アイデアを出していくブレインストーミング(以下、ブレスト)を用いて授業を展開した。ビジネスの場では広く普及しているブレストだが、生徒たちにとっては初めての体験。質ではなく量を重視すること、どんな発言でも否定したり質問攻めをしないこと、話が脱線しないように気を付けることなど、ブレストの基本的なルール説明から授業は始まった。
「とにかくアイデアをたくさん出してください。野球で言えば暴投を気にせず投げまくる感じ。周りの人はどんなボールが飛んできても拾いまくって、アイデアに乗っかっていく。大切なのは決して否定しないこと。どんなアイデアが出てきても誉めまくってください。『いいね!』でも『来てる!』でもなんでもOK。よくわからない時は『いい声すぎてやばい!』でも(笑)」
臆することなく発言できる場、温かな雰囲気作りがブレストの基本。田中氏がかつて所属していた会社で開発したブレストカードを使ったアイスブレイク(緊張をほぐすことでコミュニケーションを円滑にする手法)では、高校生ならではの柔軟な発想が続出した。サンプルを示した田中氏に対しても、生徒たちから自然と「いいね!」が飛び出すなど授業は一気に和やかな雰囲気に。
アイスブレイクではめくったカードから連想する夢の話を自由に発表し合ったが、次なるお題はハードルが少し上がって「坂井市の新しいイベントアイデア」について。突然突きつけられたとしたら悩みそうな難解なテーマだが、ここでもブレスト効果でさまざまなアイデアが湧き出した。ある生徒がカードから連想した「音符の上に座れるイベント!」に対し、別の生徒は「みんなで演奏できたらもっと楽しいかも!」と、飛んで来たボールを拾って広げるテクニックも自然な形で身に付けていた。
6限では3限で学んだターゲットの重要性を頭に入れながら、PR方法のアイデアを提案・発散していく。「ツアーのチラシを作ってみる?」「地元の小学生に描いてもらったら家族にも見てもらえるかも?」など、ターゲットもしっかり絞られてきている様子。
そして、最後に行われた発表では「エアドロップを使って、不特定多数の人にツアーのチラシを送り付ける!」というアイデアが。アイデアの発散から収束まで、限られた時間の中で驚くほどの成長を見せた生徒に対し、田中氏からも「いいね!」が飛び出した。
「ブレストスイッチをカチッと入れて、これからもどんどんアイデアを生み出していってください。アイデアが豊富だったら、悩まなくて済むんですよ。一つがダメだったとしても、じゃあ次って感じで前に進めるので。最初は検討外れだったとしても繰り返すことで、正解に近づいていく。意見を出すことで、テーマや課題が自分ごとのように感じられてくる。試行錯誤を繰り返しながら徹底的に考えてください。意見が言い合えるこのメンバーなら、きっといいツアーにできるはず!」と、田中氏の心強い言葉で3限に及んだ特別授業は幕を下ろした。
教室の後方から授業を見守っていた顧問の伊東輝晃教諭も、「いつもはこちらから決めないといけないことを提示して、生徒から意見を引き出す感じですね。生徒たちが自主的に発言し、収束までいけたのには驚きました。今日の体験を生かして、ツアーを成功に導きたいですね」と、生徒の成長に驚きながら確かな手応えを感じていた。
起業家教育は徐々にではあるが、着実に定着してきている。開業率、起業への関心度の低さが顕著な日本を、低迷が続く日本の経済を若い力が変革する。きっかけを与えられさえすれば短時間でも大きく成長する生徒たちの姿を見て、未来へのひと筋の光を感じた潜入取材となった。
また中小機構が主催する「起業家教育事業」では、「起業家教育講師等派遣支援」を行っている。起業実績のある協力事業者(起業家)から、起業に必要とされるマインドや資質、実体験などを聞く機会が提供されている。教育関係者はぜひ一度チェックしてみてほしい。