HPCとは「ハイパフォーマンス・コンピューティング」の略で、膨大なデータに対し複雑な演算処理を高速に実行することを指します。
HPCは特定の領域や分野を対象にしたハードウェアやアプリケーションのことではなく、適用範囲は広範に広がっています。たとえば異常気象や自然災害に起因する地球環境問題など社会課題解決のためのシミュレーション、流体力学や構造解析、電磁場解析、地震波データ解析などが思い浮かぶかもしれません。また、画像解析や自然言語処理をイメージする方も多いでしょう。
HPCの市場規模は2020年の約380億米ドルに対し、2025年には500億米ドル近くまで成長すると予測されています。その背景には、5G普及によるAI・IoT拡大に伴うデータ量の爆発的増加やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に比例するVDI(仮想デスクトップ)導入など、さらなるコンピューティング能力増強といった要因があると考えられます。
この記事ではHPC領域について、チップセットの種類とコンピューティング方式の2つの視点から横断的に捉え、解説させていただきます。HPC領域をチップセットの観点から捉えるとCPU、GPU、FPGA等に大別されます。一方でコンピューティング方式の観点からは、スーパーコンピュータ、量子コンピュータもHPC領域に含めることができます。
では、各々についてHPCとの関わりをみていきましょう。
チップセットの観点から捉えたHPC
|【CPU】“ムーアの法則”限界論説の打破に期待
「集積回路上のトランジスタの数が18カ月ごとに2倍になる」として知られる“ムーアの法則”ですが、近年はトランジスタサイズの微細化が限界に近づきつつあるという論調を目にすることが増えました。
CPUの特徴として、単一チップセット当たりのコストは低い反面、前述のようにCPU単体での性能向上に陰りが見え始めたことから、並列に複数システムを連結するPCクラスタのような形態や、ハードウェアアクセラレータにより性能向上を図る方法などが存在し、ビッグデータ解析や機械学習にも利用されています。
|【GPU】ディープラーニングで注目を浴びHPCの主役へ
膨大な計算処理を必要とする3Dグラフィックス用途に設計されたプロセッサであるGPUは、その高い演算性能から画像処理以外の用途にも利用されています。
その1つが、近年急速に需要が高まっているAIに必要となるディープラーニングです。大量のデータをもとに膨大な計算処理を行うディープラーニング用に、CPUの代わりにGPUを搭載したGPUサーバーが活用されています。
CPUのように汎用的な処理は苦手である反面、単純な処理を並列に実行することが得意なGPUは、機械学習との相性が良く、比較的安価にAIのプラットフォームとして利用できることから、ベンチャーや中堅・中小企業での利用が進んでいます。
詳細はこちらの記事をご参照ください。
●[5分で理解]GPUとは?CPUとの違いや性能と活用
|【FPGA】ソフトウエア技術者の取り込みが成長のカギ
CPUでは回路構成が決まっているため、論理設計の変更ができない代わりに、メモリ上のプログラムを動かすことで汎用的な処理を行うことが可能です。それに対し、FPGA(Field-Programmable Gate Array)はその名前が示すように、製造後であっても現場(Field)でプログラムの書き換えが可能(Programmable)なので、もし論理設計を間違えたとしてもハードウェア記述言語で設計し直すことができます。
かつては比較的コストが高かったFPGAですが、高集積化が進んだことでコストパフォーマンスが大幅に向上し、HPC領域での適用場面も増加しました。独自のアルゴリズムで高速に処理したいニーズに適した車載用やロボットアーム制御など組み込み用途に最適なソリューションと言っても過言ではありません。
一方で回路設計の知識や経験を持たないソフトウエア技術者にFPGAを使う気にさせるためには、直観的に使える開発ツールの提供やGPUで使いなれたライブラリを手間なく使える工夫などの環境整備が課題と言えそうです。
詳細はこちらの記事をご参照ください。
●【図解】FPGAとは ?? わかりやすく解説します
コンピューティング方式から捉えたHPC
|【スーパーコンピュータ】世界のスパコン性能ランキング、トップ返り咲きで再注目
2011年に「京」が世界トップに立って以降、アメリカや中国の後塵を拝してきた日本のスパコンでしたが、2020年に後継機「富岳」が9年ぶりにトップ※に返り咲き、明るい話題となりました(※2021年5月執筆時点の内容です)。
また、新型コロナウイルス対策関連のシミュレーションを行う映像がマスコミで取り上げられ、社会課題解決に直結する実用性の高さも証明されました。
科学技術計算が主要目的であり、超高速の計算能力が要求されることから「富岳」のようなフラッグシップモデルでは大規模、高消費電力、高発熱という課題を有しています。その一方、ミドルレンジのスパコンではダウンサイジング化が進み、GPUを搭載したグラフィクボードのように、PCI Expressスロットに挿入可能なボード型スパコンも登場し、大学の研究室単位や一般企業の開発部門でも導入しやすい環境ができつつあり、スパコン利用の裾野が一気に広がる可能性を感じます。
|【量子コンピュータ】異次元の処理能力でコンピュータサイエンスの常識を覆す
従来のコンピュータでは[0]か[1]のどちらかの状態しか保持できないという特性に対し、量子コンピュータでは[0]でもあり[1]でもある状態を持つことが可能です。このような量子力学の基本性質である「重ね合わせ」や「量子もつれ」の現象を計算過程に適用することで、これまでのコンピュータでは実現困難と言われるテーマの解決が期待されています。
一例として「セールスマン巡回問題」のような組合わせ最適化問題において、巡回する都市が多くなった場合、天文学的な組み合わせ数になり、処理時間の長さや計算量の多さがハードルとなり解決不可能と考えられている難題への適用が考えられます。
量子コンピュータは膨大な組み合わせの中から最適解を見つけ出すことが得意であることから、創薬や金融の世界でブレークスルーを果たすかもしれません。
一般的に量子コンピュータは「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」に大別されますが、双方に一長一短があり、今後どちらの方式が本流になるかを予測することは難しい状況です。
商用化という面で先行しているのは「量子アニーリング方式」で、D-wave社によるクラウドサービス提供などが行われていますし、研究段階ではありますが、量子アニーリングマシンの代替手段として、ベクトルマシンによるスーパーコンピュータを用い、アニーリングをシミュレーションしたシミュレーテッドアニーリングへの取り組みが進みつつあることは注目に値します。
まとめ:HPCのこれから
ここまで見てきたように、色々な方式でHPCが展開されていますが、ますます複雑になることが予想される多種多様な課題に対して膨大なデータを圧倒的な速度で処理するためには、GPUやFPGA、スパコン、量子コンピュータ各々の特性を活かしたヘテロジニアス(異種混合)なシステム構成によって、様々な課題に対応していくことが予想されます。
例えば、大雨による河川の増水・氾濫に備え、メモリー性能が要求される河川氾濫の事前シミュレーションをベクトル型スパコンで行い、監視カメラ画像解析のようなメモリー性能要求が低く、演算コアを増加することで並列処理性能が向上する処理はGPUで行うような組み合わせが想定できます。
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