赤澤賢一郎の不自由自在第4回

車いすでもドライビングプレジャーを感じたい!

文●アカザー ●写真:曽根田元 編集●ASCII STARTUP

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この記事は、国土交通省による歩行空間データの活用を推進する「バリアフリー・ナビプロジェクト」に掲載されている記事の転載です。

 車いすユーザーである筆者が日常生活の中で感じるあれこれをお届けする連載コラム第4回。今回は、車いすユーザーでもサーキット走行が楽しめる、手動運転装置でのドライビングスクールを体験レポート!

 どうもアカザーです! この夏で車いすユーザーデビューから22周年を迎えるオレです。受傷した当時は数年先も考えられないほど落ち込んでいたんですが、気が付けば健常者の頃とさほど変わらない感じで、楽しく22年が過ぎてました。

 怪我をする前はRX-7(FC3S)でサーキットを走るくらい車が好きだったオレですが、「さすがに車いすユーザーで、手動運転装置を使ってサーキット走行はいろいろとムリがあるだろ~」と、思っていました。2年前にクルマ好きの知人(車いすユーザー)から、こんなメールが届くまでは……。

「車いすのレーシングドライバー青木拓磨さんが主催する、手動運転装置ユーザー向けのドライビングスクールが開催されるんですが、アカザーさん来ませんか?」

 ちょうど青木拓磨選手が鈴鹿8時間耐久ロードレースの企画「Takuma Rides Again」にて、21年ぶりにバイク(下半身不随でも操作可能な特別仕様のホンダCBR1000RR)に乗って鈴鹿サーキットを走行したというニュースも記憶に新しい頃で、ドライビングスクールへの参加よりも、憧れの青木選手に会えるというコトだけで二つ返事でオーケーしていました。それが今回紹介するHDRS(ハンドドライブレーシングスクール)です。

HDRSの校長を務める車いすのレーシングドライバー青木拓磨選手(右)と筆者アカザー(左)。

HDRS(https://hrs.base.ec/about)は車いすユーザーのための日本で初めてのサーキットを使用したレーシング&セーフティドライビングスクール。理念は、「モータースポーツとバリアフリーの融合」。

モータースポーツとバリアフリーの融合を目指すドライビングスクール

 この「HDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)」は、その名のとおり、手で車を運転する方法を学ぶドライビングスクール。車いすユーザーにも運転する楽しみをもっと知ってほしい! さらに安全にドライブを楽しんでほしい! と青木さんとその仲間が10年以上前から年3~4回のペースで開催しています。体幹が弱い車いすユーザーがより安全に車を走らせるテクニックを実際にサーキットで学べる、日本唯一のドライビングスクールです。

講師を務めるのは2人の現役レーシングドライバー。HDRS校長でもある青木拓磨選手とスーパー耐久にも出場する山田遼選手(右)。

 とはいえ、HDRSに参加すれば、いきなり青木拓磨選手のように手動運転装置でル・マン24時間を走れるようになるワケではないのですが、青木さんのように車いすになっても諦めないで前に進む心や、チャレンジすれば案外できることは多い! というコトを身をもって体験できると思います。

6月末に開催されたHDRSのスケジュールはこんな感じ。

 この日のスケジュールは10時の開校式からスタート。まずはHDRS校長でもある青木拓磨選手と、もう1人の教官である山田遼選手による座学から。ちなみに山田選手もスーパー耐久などに参戦中の現役バリバリのレーシングドライバーです! たぶんこの2人の座学だけでも、お金がとれるレベル!

 もちろん受講者にはサーキット初体験の参加者も多いので、サーキット走行時のコースインの仕方や、コース上に表示されるレース旗の意味など基本をイチから教えてくれます。

コース上でのマナーやマーシャルが出すフラッグの意味など。サーキットを走る上での最低限必要な知識を学ぶ。

体幹が弱い車いすユーザーならではのドライビング!?

 座学後はいよいよ実技の開始。最初はコース裏にある駐車場広場でのスラローム教習から。参加者は安全のために長袖と長ズボン、ヘルメットにグローブを着用します。オレは最初の頃は滑り止めがついた軍手や自転車用グローブを使っていましたが、HRDSにハマってからは1万円ほどのレーシンググローブを購入しました。

 このスラローム教習では、パイロンスラローム、中速の右コーナー、エリア内でキッチリ止まるブレーキ、の3つを体験します。ドライビング時に足を踏ん張り横Gに耐えるコトができない我々車いすドライバーにとっては、どれも体幹がブレるので正確なドライビングが難しい実技です。

ゆっくり走るぶんには問題ないが、スラロームを高速で左右に切り返すと、足の踏ん張りが効かず体幹が弱い車いすユーザーは正確なハンドル操作が難しい。

 ここではいかに早くセクションをこなすか? よりも、自分自身と愛車の限界を知り、体幹や愛車のタイヤグリップがどこまでGに耐えられるか? を実感するのが大切とのこと。

 1本走行を終えるたびに青木さんや山田さんからアドバイスをもらえるのですが、いただいたアドバイスの中で特に目からウロコだったのが、“3点式シートベルトでしっかり体を保持する方法”です。

【3点式シートベルトでしっかり体を保持する方法】
①まずシートを下げて、シートベルトを勢いよく引き出します。
②勢いよく引き出したシートベルトはロックがかり、それ以上伸びなくなるのでその状態で装着。
③最初に下げておいたシートを前に出しながらシートベルトが右肩をシートに押し付けるまで前に出す。
④その状態でステアリングがちゃんと左右に切れて、アクセル・ブレーキレバーの操作も問題ナシなら完成。(※ドライビングに支障が出る場合は①からやり直し)

シートベルトをピンと張った後にシートを前に出す。体をシートとベルトで挟んで固定するイメージ。

 この方法で運転すると、右肩と左右の腰骨がシートベルトで押さえられシートとの一体感が高まって、Gがかかるような状態でのドライビングの安定感が段違いなんですよ! 左肩が固定されてないぶん4点式シートベルトには劣りますが、それでもいつもの街乗りで使用しているようなユルユルの3点式シートベルトの使い方とは、体の保持力に雲泥の差を感じます。締め方を調整すれば頚髄損傷者でも運転時の体の保持力を高め、より安定してドライブができるようになる小技だと思います。

サーキット走行

 45分のスラローム教習を終えピットで15分ほど待機した後は、いよいよ袖ケ浦フォレストレースウェイの本コースへコースイン。YouTubeとかで憧れのレーシングドライバーが走っているコースなので、この瞬間は毎回ドキドキです!

青木さんの指示でコースイン。走行中は車内に取り付けたトランシーバーから教官の指示が伝達される。

 とはいえいきなり1人だけでの走行ではなく、青木さんや山田さんがドライブする先導車の後を付いて、参加者全員で走る完熟走行。

 ここではスピードを抑えた走行ながらも、先導車が走行ラインやブレーキングポイントを教えてくれるので、それを脳裏に焼き付けながら走ります。午後からの20分×3本のフリー走行を気持ちよく安全に走るためにも、このラインやブレーキングポイントの場所を覚えるのはかなり重要です。ていうかプロのレーシングドライバーのラインやブレーキングポイントを生で見られる機会なんてなかなかないですからね~。

山田選手がドライブするN-ONEを先頭に、一列に走行しながら走行ラインを学ぶ。

 慣熟走行後1時間の昼休みを挟んで、13時30分より1本目のフリー走行開始! 1回の走行時間は20分です。この日の最高気温は34度、というコトは路面温度はそれ以上! 走行前に青木さんからは「ブレーキも熱ですぐにタレるので、少しでもスカスカしてきたら流してブレーキを冷却するか、ピットに帰ってきてください」とのアドバイスも。

参加者には専用のピットスペースが与えられる。走行中に散らかりそうな車内の荷物などはあらかじめピットの隅に下ろしておく。

 とはいえこの日の参加者はオレを含め皆さんHDRSは複数回参加のドライバーたち。その辺はじゅうぶん理解し、車のコンディションを見ながらそれぞれのペースで走行。アップダウンが多く、縦方向のGコントロールも必要なこの袖ケ浦フォレストレースウェイをそれぞれのペースで安定して走っていきます。

アクアラインを使えば都内から1時間ほどでアクセス可能な袖ケ浦フォレストレースウェイ。1周約2.4kmの本格的ハイスピードコース。雨が降ると川ができる2コーナー先、下りの4コーナー、高低が切り替わる5・6・7コーナーなど、テクニカルなセクションが多い。

 と、ちょっと常連っぽい余裕ある雰囲気で書いてみましたが、過去の走行でオレは最終コーナーをオーバースピードで侵入>リアがブレイク>スピンしてアウト側のグラベルに突っ込んでフェンスまで数メートル! というアクシデントを起こしています。

 調子に乗ってペースアップして、タイムを出そうと欲を出すとリスクは跳ね上がります。特に最後の走行枠では車も人も限界を超えやすいので、スピンやコースアウトが発生する傾向が!(経験談)

 そのスピンからのコースアウト経験のおかげで、「愛車が4WDといえど100キロオーバーでリアがブレイクすると超危険! 俺の腕ではコントロール不能!」という教訓を恐怖体験とともに学びました。よく言われるコトですが、車は楽しくて便利なものであると同時に、怖くて危険なものでもあるのです。それ以来、サーキット走行には特にそのコトを忘れずに走っています。

昨年9月に参加したHDRSで調子に乗って最終コーナーでスピンしながらコースアウトしたオレ。HDRS専属のメカニックさんのおかげで自走して帰路につくことができました。

サーキットを自分で走るのが怖いなら“サーキットタクシー”!

 なお、自分では怖くてサーキットは走れない、けど体験してみたい! なんて方にオススメなのが、“サーキットタクシー プロドライバー同乗走行”です。これは青木選手や山田選手のドライブするレースカーの横に乗って、コースをありえないスピードで周回してくれるサービスです。

青木選手や山田選手がドライブする助手席で、プロの走りを堪能できる“サーキットタクシー”。

 オレも何回か体験しましたが、プロのライン取りやタイヤの使い方が素人のオレとは全然違いました! 青木さんからは「いきなりコレをやろうとしないでくださいね~(笑)」と言われたんですが、オレがいきなりそれをやるとコーナーひとつでコースアウトすることだけは理解できたので、真似をする気にはまったくなりませんでした。

 そんな異次元なレーシングドライバーの走りを体験してみたいという方は是非! アドレナリン出まくりのジェットコースター以上の体験ができますよ!

コーナーでのGは想像以上で、転倒するかと思うほど!

 ちなみにこのサーキットタクシーで使用するレースカーを格安でレンタルできるサービスもありますが、レースカーの手動運転装置の操作には少しクセがあるので、「オレなら余裕だぜ!」と思っても、何度か参加されてからにすることをオススメします。

オレがHDRSに参加するいちばんの理由

 毎回HDRSに参加した帰り道で、公道を飛ばしている車を見ると「あ~あ」と冷めた目の賢者モードになるオレ。テクニックもそうですが、サーキットで自分の限界を体験するコトで精神的に成長できる感じなんですよね~。そんな技術的・精神的にドライビングが成長できるHDRSですが、実はオレがリピート参加するいちばんの理由はそこじゃないんです。

 オレが毎回参加したくなる理由。それはHDRSに参加すると障碍者や健常者なんてコトは関係なく車好きで同士で楽しい時間を過ごせるから!

 走行枠の待ち時間には仲良くなった他の参加者や、レーシングドライバーの青木さんや山田さん運営の方たちと、ただの車好きとしてマニアトークで盛り上がれたりするんです! これが最高に楽しいんですよ。

オレをHDRSに誘ってくれたO氏の愛車は通勤快速使用のスイフト。手動運転装置はスポーツドライビング向けのグイドシンプレックス!

『リスタート:ランウェイ〜エピソード・ゼロ』の帆根川廣監督も、映画で青木さんと知り合って以来、HDRSに足繫く通う常連。

 もしこの記事を読んでいるアナタやあなたの周りに、車いすユーザーとなって引きこもったりしている人がいて、その人が車好きならこのHDRSのことを教えてあげてください。もしかするとHDRSが再び前を向けるきっかけになるかもしれませんヨ。

 ちなみにあまり知られていませんが、車いすの参加者が少ない場合には健常者の方も走行が可能だったりします(※参加費は少し高くなります)。なので、車いすの友人と一緒に健常者の参加も大丈夫なのです。障害者・健常者関係なく、ただの車好き同士で繋がり盛り上がれるのもHDRSの大きな魅力なんですヨ!

アカザー(赤澤賢一郎)
週刊アスキーの編集者を経て、現在は車いすのフリー編集者・ライターをやっています。2000年にスノーボード中の事故で脊髄を損傷(Th12-L1)。車椅子ユーザーになって21年です。2018年に札医大で再生医療の治験を受け、2020年に20年ぶりに歩行!!!

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