スタートアップエコシステム創出に向けて関西の産学官金41機関が手を組んだ 26の大学発新事業構想
KSAC Demo Day2022レポート
提供: 大阪産業局 KSAC事務局
ヘルスケア:6プロジェクト
■持続可能社会実現のための珪藻の大量産生と販売
兵庫県立大学 大学院理学研究科 准教授 菓子野 康浩
珪藻は地球上の光合成の約25%を担っているだけでなく、養殖用餌料として利用されていたり、内部に油脂を蓄積するといった特徴を持っている。本PJでは、この珪藻を効率的に培養する手法を開発し、化粧品原料や食材としての利用、バイオ燃料への活用といった事業開発を目指している。
例えば珪藻が持っているフコキサンチンは高い抗肥満作用や抗糖尿病作用などを持ち、サプリメントや化粧品原料として利用できる。また貝類やエビなどの餌料としても利用でき、安心安全なアサリや牡蠣などの養殖が可能になる。本PJの手法は自然光下で培養を行うため、環境への負荷を最小限に抑えることができる。また、ツノケイソウが含む油脂はバイオジェット燃料にも活用が期待されている。
「先行的に利用が進んでいるユーグレナやボトリオコッカスはフコキサンチンを含んでいないし、いずれも餌料としての利用は進んでいない。ユーグレナは燃料生産における利用が進んでいるが、燃料化のために嫌気条件処理が必要だし、ボトリオコッカスには増殖速度が遅いという特徴がある」(菓子野氏)
有用物質の生成に向けた遺伝子組み換え技術は特許取得済みであり、既にプラスチック原料となるリシノール酸の合成に成功している。また、珪藻中に生成された有用物質の回収のためには細胞を集める作業が必要になることが多いが、細胞破砕によって有用物質を濃縮する技術を開発し、これも特許出願を済ませており、さらに大量培養のノウハウ蓄積を進めている。
「屋外で培養していると多くの微生物の混入は避けられない。しかしバイオ燃料では珪藻が増えることが一番大事なことで他の微生物の混在も増殖を妨げなければよい。私たちは下水処理場に流れてくる滅菌していない汚水を使って培養を成功させており、混入してくる微生物に対しても十分に対処できる培養ノウハウを蓄積していると考えている」(菓子野氏)
今後は市場の見えやすいフコキサンチンの効率的生産から始めて事業領域の拡大を狙っていくとしている。
■熱中症早期検知デバイスのPOC創出に向けたシステム開発加速とバイタルデータ実計測
大阪府立大学 大学院工学研究科 教授 竹井 邦晴
本PJでは、心拍数や発汗量などのバイタルデータを用いて熱中症の予測を行うセンサ HSPatchの開発を行っている。このデバイスは薄いフィルムに回路をプリントしたもので、薄く柔らかいため違和感がない上に非常に安価に生産することができる(原価60円以下)。皮膚に張り付けての利用を想定している。
HSPatchは皮膚温度、心電図、呼吸、発汗、活動量の常時計測を行い、その結果を無線でスマホなどに送信する機能を有している。心拍数や活動量から熱中症を予測するデバイスは既に存在しているが、呼吸数や皮膚温度を計測することができず、予測精度が上がらなかった。HSPatchはそれらのバイタルデータの相関関係から正確な判定を行うことが可能になっている。
まず熱中症や睡眠障害などの検知を行うデバイスおよび計測システムの販売からスタートして、将来的には遠隔見守りや遠隔診療、さらには海外への展開を視野に入れている。
■ビッグデータ駆動型眼球運動トレーニング社会の実現に向けたコンテンツ・プロトタイプ開発
関西学院大学 工学部 教授 山本 倫也
小中学校に通う児童のうち、約 20%が「視る力」に課題を抱えていると言われている。「視る力」とは視力だけを指すのではなく、見る対象の動きに合わせて目で追いかけたり体を動かしたりする能力を含んでいる。特に「視る力」を支える眼球運動に課題があると、読み書きや球技などを上手く行うことができず、学習や行動に困難が生じることがある。
本PJでは「視る力」に課題がある人を対象に眼球運動のトレーニングを行うためのシステム「視るトレ」の開発を行っている。これはアプリ中で誘目性の高い動画を見てもらい、それに合わせてユーザーが眼球を動かすものだが、独自の視線計測技術を導入し、ユーザーの視線の動きを正確に計測することによって、従来専門家の持つ経験に頼っていたトレーニングが指標化、AI化されている。今後、システムを普及させてビッグデータ型駆動型のトレーニングを実現することと目指している。
まずは家庭向けにトレーニングサービスを提供する事業をスタートした後、小学校や自治体の保健センターなどへの導入を進めて「見るトレ」が当たり前になる社会の構築を目指す。将来的にはプロスポーツ選手の能力向上などに役立つシステムへと拡張を進めていく計画としている。
■看護技術自己トレーニングシステムの事業化加速 (コロナ下でもちゃんと身につく看護技術自己トレーニングシステム)
大阪府立大学 大学院 人間社会システム科学研究科 教授 真嶋 由貴恵
看護師は2025年ごろに約7万人不足すると言われている。また新人看護師を指導する熟練者も不足しており、看護師の教育環境の整備は大きな課題となっている。本PJは看護師が自主的な学習で技術を習得するトレーニングシステムの開発を行っている。
従来の学習は教科書や1度きりの講義や演習に頼るもので、知識の定着には一定の効果があったが、熟練者が持つ技術やノウハウの習得にはあまり効果的ではなかった。本PJのシステムは、血管モデルなどを用いた自己学習を撮影した動画と熟練者の動画の比較を通じて内省を行い、そこからの気づき、失敗体験によって高い学習効果を実現するものとなっている。
オーサリングツールの開発も進んでおり、熟練者の動画を使うなどしてプログラミングの知識なしでコンテンツが作成できるようになっている。Webベースへのリニューアルを進めている採血技術の自己トレーニングシステムが完成したら、他コンテンツへの横展開と並行して海外展開も視野に入れている。
■視覚障がい者向け車輪付きガイドナビの機構改良と多対多の遠隔見守りシステムの開発
大阪市立大学 大学院工学研究科 講師 今津 篤志
日本には30万人、世界では3900万人の視覚障がい者がいる。彼ら/彼女らの多くは外出時に白杖や手引き、盲導犬などを利用しているが、いずれも自身や介護者などの負担が大きく、気軽に、安全に、一人で、思いたったときに外出できる手段を求めていた。本PJはそのような視覚障がい者のニーズに応える杖型のガイドナビの開発を行っている。
このガイドナビはレーザーを用いた自己位置推定および自動ナビゲーション機能を持ち、センサによる自動ブレーキを備えている。また進行方向に杖の持ち手が向く利用者への直感的フィードバック機能もある(特許取得済み)。今後は AI を用いた歩行者認識およびポーズ(向きや止まるかどうかなど)推定機能の実装を計画している。
今後は施設内での実証と運用を進めて2025年の大阪万博への出展を目指している。2030年には公道での運用を実現したいと考えている。
■ヨウ素担持DNA結合色素とナノ粒子を用いた新技術
京都大学 高等研究院 物質細胞統合システム拠点 特定教授 玉野井 冬彦
日本では年間100万人ががんに罹患し、その約3分の1が死亡している。全世界では年間1900万人が罹患しており、新たながん治療の開発は急務となっている。本PJではがんの新たな放射線治療法(オージェ治療)を開発し、そこで用いる試薬による事業の立ち上げを目指している。
オージェ治療はナノ粒子を用いて DNAの近傍に局在させたガドリニウムやヨウ素に低エネルギーの単色X線を照射することによって電子を発生させ、その電子でがんのDNAを切断し、治療する。この治療法は従来のX線治療が利用していた高エネルギーの白色X線による副作用を防げること、また効率よくDNA切断を引きおこす等の利点がある。さらに、使う元素と単色X線エネルギーの組み合わせを変えることによって放射線治療の多様化、最適化の実現が可能になるなど、がん治療のさらなる革新が期待できる。
私たちはオージェ治療において重要になるガドリニウムやヨウ素を含む試薬をいろいろ開発している。こうした試薬を医療機関や研究所向けに少量の試薬を販売するところから事業を立ち上げ、資金調達後に海外展開を狙っている。その後追加の資金調達を経て病院などでの臨床に用いる試薬の大量販売へとつなげていく計画としている。