スタートアップエコシステム創出に向けて関西の産学官金41機関が手を組んだ 26の大学発新事業構想
KSAC Demo Day2022レポート
提供: 大阪産業局 KSAC事務局
ライフサイエンス:7プロジェクト
■人工肛門患者の社会復帰を促す高機能排便制御デバイスの開発
京都大学消化管外科 谷 亮太朗
大阪大学大学院 医学系研究科/日本バイオデザイン学会 八木 雅和
人工肛門は本来の肛門が使えなくなった患者に対して、腹部に作る排便をするための出口を指す。肛門のように締めることができず常に便が流出してしまうため、排出された便を入れるパウチ袋を24時間身に着けておく必要がある。この人工肛門は、例えば袋から便が漏れてしまうことや、袋にたまった便の処理が手間であるなど、患者に多くの負担をかけていた。
これらの課題によって、患者のうち2割が収入を減らしていたり、1割が退職を余儀なくされるなど、患者の社会生活にも多くの影響を与えている。この離職者による経済的損失は国内だけで年間 1932億円に達するとの試算がある。そこで本PJでは、人工肛門患者の抱える課題である排便の制御を実現するデバイスの開発を行っており、これによって患者の負担と経済的な損失を無くすことを目指している。
このデバイスは、その密閉機構、制御機構、排泄機構によって本来の肛門のように患者が排便を制御可能にしている。その結果、便やその臭いが漏れることもなく、排泄の手間も軽減され、人工肛門の手術前と同じように仕事をすることができるようになる。
「海外には同様の排便制御デバイスが出てきつつあるが、(本PJのデバイスは)導入に手術が必要ない、適用可能な人工肛門の種類や便の性状に制限がないため、より患者に寄り添った製品となっている」(谷氏)
初期ターゲットは国内の就業している人工肛門患者 14 万人を対象にしており、市場規模は年間115億円を見込んでいる。将来的には海外も含めた人工肛門患者200万人を対象に年間1700億円の市場へと展開していく計画だ。
「特に女性患者が現在の人工肛門に課題を感じているので、まずは女性患者にフォーカスを当てて(ビジネス展開を)進めていと考えている」(谷氏)
■抗体配列進化追跡法を用いた抗体創薬プラットフォームの構築 -新興感染症抗 体開発の POC-
京都大学 工学研究科 准教授 松田 知成
抗体医薬品の開発は抗原がわからないと始めることができない。これは特に病原体の正体が判明していない新興感染症の場合に問題となる。また、新たながん治療薬の開発やがんのオーダーメイド治療への対応のためにも、新たな抗体開発スキームが求められていた。
本PJで開発を進めているスキーム(抗体配列進化追跡法:特許出願済み)は、患者の血液を基に抗体遺伝子を解析して抗体配列を抽出するもので、抗原が不明であっても抗体の作成を可能にしている。この手法は患者の血液を使うために完全ヒト型抗体を作るために高い安全性を持ち、個別化医療へも対応可能になることが期待されている。
既に食道がんや新型コロナを対象に抗体の試作を進めている。抗体を開発するベンチャーはいくつかあるが、それらに対しても抗原に依存しない唯一無二の抗体スクリーニング法であり、多様な抗体を取得できるなど技術的優位性を持っているとしている。
■ナノ光アンテナを利用した微生物迅速検査の実用化加速
大阪府立大学大学院 工学研究科 客員研究員 西井 成樹
本PJでは、迅速で簡便、安価な微生物検査手法の開発を進めており、まず食品中の微生物検出に適用しようとしている。食品中の微生物検査は食品メーカーなどでも行われているが、検査に時間がかかったり、コストがかさむなどの課題を抱えていた。
本PJの手法は微生物に付着させた金属ナノ粒子を、光散乱を利用して検出するもので、従来2日以上要していた検査を10分以内に短縮することが可能となる。また、検査ステップを簡素化することにより、労務費の削減にも貢献できる。
食品分野だけでなく、医薬品や医療分野においても、微生物検査の迅速化が求められており、バイオ+工学の連携によって微生物検査に破壊的イノベーションを起こすことを目指している。
■蚊のバイオミメティクスによる無痛針穿刺と微細血管認識とを融合した自動注射システム
関西大学 システム理工学部 准教授 鈴木 昌人
現在の採血や注射は痛みを伴うため、糖尿病患者が治療を忌避したり、乳児や小児患者の治療が困難になるといった課題があった。本PJでは、世界一細くて痛みを与えない注射針を用いた自動採血/注射システムを開発し、患者に優しい医療の実現を目指している。
20年近い歳月をかけて開発に成功した無痛針に加えて、AIを用いることにより皮膚表面の微細血管を検出するシステムも開発しており、これらを組み合わせて開発する自動採血/注射システムは、競合技術に比べて安価に提供できることが期待されている。また、遠隔医療など将来の医療事情への対応も可能としている。
自動採血/注射システムは少子高齢化に伴う看護師不足への対策としても求められており、市場としては自動採血だけで国内4000億円、海外8兆円と試算されている。ただし保険適用の実現が前提となるため、まずは微細血管検出システムを製品化し、その販売をステップに資金調達を計画している。
■DNAナノテクノロジーを活用した迅速・簡易的な細菌検査キットの事業化検証
関西大学 化学生命工学部 教授 葛谷 明紀
国際的なSDGsへの流れを見ても、食の安全性に対する注目度は高まってきている。日本は非常に高い食品の安全性を確保している国ではあるが、それでも年間数名の食中毒による死亡者が発生しており、海外ではその100倍以上の死亡者が発生している国も少なくない。
本PJでは食中毒を防ぐために迅速、簡易に利用できる細菌検査キットを開発している。このキットで用いる検査手法はDNA Origamiという DNA を素材として用いる技術を活用している。これにより、試薬を順次混ぜるだけという簡便な作業で短時間に様々な細菌やウイルスの検出と特定が可能になる。
知財も2件出願済みであり、既存の検査手法に比べて時間が20分の1、コストが5分の1になる細菌検査キットの販売により、世界市場1.5兆円の獲得を目指して2025年の起業に向て基盤技術の確立やキット開発を進めていく計画になっている。
■標識不要な単一高性能化細胞の評価・単離回収装置の開発
兵庫県立大学 大学院理学研究科 准教授 鈴木 雅登
ゲノム編集技術や細胞解析技術の進歩によって細胞の多様性が認識され、それとともに有用な細胞の産業利用に注目が集まるようになってきた。本PJでは標識不要で短時間の単一細胞の回収を可能にする細胞回収装置の開発を行っている。
細胞を回転電場に曝すと回転現象(電気回転)が発生する。複数の細胞を一括で電気回転させた場合、細胞の種類によって回転速度が異なる。この速度の違いと細胞の大きさからラベルフリーかつ迅速に細胞を分類することができる。また、細胞の分化の状態および細胞膜に作用する薬剤の効果も評価が可能になる。さらに免疫細胞の活性化やウイルス感染した細胞の識別まで視野に入れた開発を行い。ビジネスへの展開を狙っている。
細胞移植治療の市場拡大に伴い、特に本手法のように細胞を傷つけず、単一の細胞を取り扱うことのできる技術にもとづく細胞分離装置の市場規模は急成長することが見込まれている。本PJでは基本原理検証が完了しており、今後は試作機の開発へと進めていく予定になっている。
■ポリプを起点としたサンゴの高効率増殖による二酸化炭素の固定化
関西大学 化学生命工学部 教授 上田 正人
世界中にあるサンゴのうち、3分の1が絶滅の危機にあると言われている。その結果、漁業や観光などの経済活動に与える影響は50年間で約80兆円と試算されており、サンゴが固定化しているCO2量の減少による地球温暖化への影響と併せ、それらの解決は喫緊の課題となっている。
サンゴの保全と増殖には様々な取り組みが進められてきたが、本PJでは再生医療に用いられる技術を適用してサンゴの表皮から軟組織(ポリプ)を単離し、そこを起点にサンゴを増殖させる手法を開発した。この手法には受精卵による手法のように年に1、2回しか実施できないという欠点もなく、断片移植のようにサンゴにダメージを与えることもない。
まずは普及啓発も目的とした企業、個人参加型のサンゴ育成サービスから事業を開始し、CSR投資市場やCO2排出権取引市場への参入を視野に入れている。また、サンゴを活用した創薬材料の提供など横展開も計画している。