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大企業にお願いしたい、スタートアップとの上手な付き合い方とは?

横浜YOXO BOXイベント「スタートアップについてあらためて知っておきたい『成長ステージと必要な支援』」レポート

特集
「YOXO BOX」イベントレポート

 横浜・関内のスタートアップ成長支援拠点「YOXO BOX(ヨクゾボックス)」で2021年6月10日、セミナーイベント「YOXO Study Series」の第2回セッションが開かれた。「スタートアップについてあらためて知っておきたい『成長ステージと必要な支援』」をテーマにオンライン配信されたイベントをレポートする。

スタートアップの成長ステージとそれに応じた必要な支援を解説

成長のステージで違う資本政策

 第1部は、4月27日の第1回に続いてシリアルアントレプレナー(連続起業家)でスタートアップ支援の株式会社tsam(ツァム)代表取締役、情報経営イノベーション専門職大学客員教授の池森裕毅氏が登壇した。前回の「スタートアップとは?」に続いて今回は「大企業とスタートアップ」をテーマに、スタートアップとの付き合い方について語った。

講師の株式会社tsam代表取締役 池森裕毅氏

 まず資本政策の概要として、スタートアップが短期間に成長するための資金調達には「エンジェル」「シード」「シリーズA」「シリーズB」「シリーズC」とラウンドがある。シードの前に「プレシード」、シリーズAの前に「プレシリーズA」を挟むこともある。

 エンジェルは、事業アイデアがなくても調達可能で主に個人投資家が捻出。シードは、MVP(Minimum Viable Product:顧客に価値を提供できる実用最小限の製品)がリリースされ、トラクション(成長実績)がわずかでも出ている状態でシードアクセラレーターが資金を出す。事業アイデアより起業家のポテンシャルと市場規模が重視される。シリーズAは、事業としてPMF(Product Market Fit:製品・サービスがマーケットに適合している状態)を迎えてVC(ベンチャーキャピタル)が出し、今後の戦略が考慮される。バリエーション(企業価値評価)は事業によっては2桁億円になる。この後、シリーズB、C、Dと続いたり、IPO(株式公開)やバイアウト(経営者・従業員が株式を買い取り独立する企業買収)されたりする。

 スタートアップは2次関数のような成長曲線を描くと第1回に登場したグラフが再登場した。一般的な中小やベンチャーの「スモールビジネス」は、右肩上がりの1次関数で成長するが、「スタートアップ型ビジネス」は、最初に資金調達して赤字に耐え、先行投資を経て指数関数的に成長する「Jカーブ」だ。

2つの成長曲線とその特徴をおさらい

 赤字の間をどうするかが資金調達で、ここから事業を伸ばせるかが勝負だ。最初のエンジェルの数百万円で開発費を手に入れてMVPを作ってリリース。トラクションが増えたらシードの数千万円でアクセルを踏む。つなぎでプレシリーズAを入れ、PMFを迎えて「この事業はもうずっと進む」と確証が得られたらシリーズAで一気に伸ばす。シリーズB、C、Dと続き、どこかでIPOやバイアウトとなる。

スタートアップ型成長曲線のJカーブと時間軸で示した資金調達の流れ(池森氏のプレゼン資料から作成)

デットファイナンスの勉強会が手薄

起業の流れを示した図

 起業の手順で見ると、「準備」でビジネスアイデアを考え、開発してリリース。必要に応じて資金調達となるが、池森氏は「開発からリリースは結構簡単だが、リリースからIPOは数年かかる長い戦い」と話す。準備段階で求められる支援は、「バイアスのかかっていない正しい情報の発信」だ。スタートアップのエコシステムは構造上どうしてもバイアスがかかってしまう。池森氏は「経験を積めばバイアスを判断できるが、20代・30代前半の若い人には情報が入ってこない」といい、メディアにはバイアスのない正しい情報の発信が求められる。

 また、メディアと接点を作って認知拡大するとともに、ファイナンスのイベント・勉強会の開催が求められている。成功した起業家も「最初の資金調達で失敗した」とよく話す。ファイナンスの知識は初期に一番必要だが持っていないので、エクイティ(出資)とデット(融資)をやってもらいたい。「特に手薄なのがデットの勉強会。VCが教えるものではないので、公認会計士や税理士の方に開催してほしい」と池森氏は強調した。

ノーコード・ローコードのプログラミング学習を

 「開発」では、エンジニアのネットワーキングの場とプログラミング学習の機会が必要だ。過去にあったエンジニアの勉強会が最近は少ない。さらに今、最重要なのが「ノーコード・ローコード」によるプログラミングの学習機会だ。プログラミングが分からない人でもサービスを作ることができるものだ。

 Webサイト作成の「ペライチ」「WordPress」「STUDIO」や、Webアプリ開発の「Bubble」に注目が集まっており、「これらにはシードマネーを獲得できるレベルのサービスを作れるポテンシャルがある。まずローコードでMVPを作ってシードの数千万円を手に入れ、その資金でフルスクラッチ(システムをゼロから自前で制作すること)でリニューアルする流れが来る」と池森氏は強調した。数年後にノーコード・ローコードでプレシリーズAやシリーズA、Bまで行く見通しを示して「これは確信している」という。

 次の「リリース・プロモーション」では、メディア掲載と展示イベント、ピッチコンテストの開催を池森氏は求めた。リリースしたサービスの認知拡大でトラクションを得るため、メディアに積極的に取り上げてほしい。池森氏は「どうしたら取り上げてもらえるかと聞かれるが、製品をリリースしただけでニュースになるといっている」と話す。

 スタートアップを集めた展示会は、以前は「サムライベンチャーサミット」「アプリ博」「Bridge fes」などがあり、コストパフォーマンスがよかったと振り返る。「資金調達」では、VCではない出資者が慣れておらず、「買戻請求」などでトラブルになる。支援者も起業ファイナンスの基本知識や最新の手法を学んでほしい。

長期視点でギブ・アンド・テイク 人事異動で戦略変えないで

 「スタートアップは大企業との連携なしに伸びることはない。相乗効果で高め合う関係であるべき」と話す池森氏は、今回のメインテーマであるスタートアップとの付き合い方について力説。大企業がスタートアップに接触する「情報収集」「新規事業・協業機会探し」「事実上の課題解決」「資本提携先の開拓」の4つのケースに分けてトラブルを解説した。

企業の「情報収集」を有意義な時間にする姿勢を心がけて

 ケース1の情報収集が目的の企業には、「有意義な時間にする姿勢を心がけて」といい、事業提携・調達に役立つ情報を提供してほしいと話す。スタートアップにどんな技術があるのかと来てトラブルになるのは、大企業側が「ギブ・アンド・テイク」ではなく「テイク、アンド、テイク」だけを求めて帰ってしまうからだ。「短期的な付き合いと思うと人間はテイクだけになりがち。長期的な視点でギブ・アンド・テイクを心がけ、実践的に次に進めるギブをしてほしい。人と人との付き合いなので」と切望した。

 ケース2の新規事業・協業機会探しでは、シナジー(相乗効果)のあるパートナーを求めて接触したときに「自社都合を押しつけない」ことだ。「スタートアップは大企業に使ってくださいとお願いする立場でパワーバランスが弱く、不利な条件でも飲まざるを得ない」。知的財産権で不利な条件を結ばされることが話題になっており、ハラスメントもある。「明らかにおかしいことが結構ある。自社都合を押しつけないでアライアンスを提案してほしい」

 ケース3の事実上の課題解決では、先進技術やソリューション、自社で不足する要素を補完しようとスタートアップに来るのは大歓迎だが、大企業の内部手続きに時間がかかりがちだ。担当者の仕事は速いが「最後の決定で上の人に手続きに時間がかかる。1カ月止まるとお金の動きがなくなり死活問題だ。スタートアップの1カ月と大企業の1カ月は別物と理解してほしい」

 ケース4の資本提携先の開拓では、流行や話題にのみ込まれないようにしたい。「そのときの流行や話題にのまれ、本来なら相性が悪いのに無理して(提携して)うまくいかないことがある。冷静になってバズワードには飲まれない。シナジーがきくのかを考えて資本業務提携を」と池森氏はまとめた。

 また、さらに2点を追加。「大企業の一部の方で、会社の方針だけで主体的には動いてくれない方がいる。組んでも合わないので自責思考で自主的に動いてくれる方とプロジェクトチームを組成してほしい」と訴えた。また、「担当が変わったから」と意思決定者の人事異動を理由に戦略を変えられるのも非常に困ることだ。「スタートアップは大企業では手が届かない気の利いたサービスを作っている。お互い利用すればシナジーがきく。そうした関係が築きたい」と締めくくった。

山口氏「ノーコード・ローコードは起業ハードルを下げた」

 第2部は、スペシャルゲストの株式会社54(ゴウヨン)代表取締役社長の山口豪志氏を迎えて、角川アスキー総合研究所 ASCII編集部ガチ鈴木と池森氏の3人でセッションした。山口氏は料理レシピサービスのクックパッド株式会社や、クラウドソーシングのランサーズ株式会社を経て15年に54を創業。ベンチャーの役員を兼務して自身で30数社に投資し、事業開発や営業、広報支援をしている。(以下、敬称略)

第2部セッションで登壇した株式会社54 代表取締役社長 山口豪志氏

山口:2015年から横浜市のインキュベーション施設で約2年半ベンチャーを支援しました。(クラウドビジネスアプリの)Zohoジャパン株式会社が「横浜IT飲み会」を主催され、都内に勤めて横浜に住むITやベンチャー業界の人が来てくれて面白かったですね。

鈴木:当時からYOXOでやりたいことを先駆けてやっていましたね。

山口:プレゼンテーションで出たバイアス情報の話は「どこぞはこうやっている」みたいな情報だらけ。うまくかいくぐるTips(ヒント)はないでしょうか。

池森:非常に情報がゆがんでいて、スタートアップのエコシステムに取り込まれると分からくなる。私たちのような全体を俯瞰してるポジションの人と話すといいと思います。

山口:資本政策や株式への理解という意味でも情報格差がありますね。取り組みたい事業テーマや原体験があってそれを解決したいと起業して事業を作るのに、資本政策は事業作りとは異なる別のルールがある。

池森:「株は血液と思って大切に扱う」と常々伝えていても実体験が伴わないと理解するのは難しいですね。

鈴木:「ちょっと先の先輩」が足りないと、スタートアップによく相談されます。

山口:この5年、10年でエクイティの考え方が急激に変わったんです。2006~07年にクックパッドに関わり、「株式買取条項」(投資家が会社や経営者に株式買い取りを請求できる権利。経営者個人で対応できない金額になるケースも)や、もっと厳しい投資契約は存在していました。2010年から15年で起業家に不利な投資契約はかなり改善されて、今はちゃんと株式に対しての知識を持ってから起業して事業を興すにはいい環境だと思います。

 それとノーコードとローコードについては先日、学生ビジネスコンテストに呼ばれた審査員で、本当にクオリティー高いWebサービスがノーコード・ローコードで作られていたんです。「チームにエンジニアがいるの?」と聞いたら「いません」といいながら利用者が既に2000~3000人いるWebサービスが作られている。本当に起業のハードルが以前より下がっているのを感じます。今のタイミングで起業する方にはこういった新しいツールをぜひ活かしてほしいですね。

池森:すごいですよね。ノーコード・ローコードがさらに改良されたら本当にシリーズAまで調達できそうだ。

山口:サービスの見た目をよく見せるインタフェース部分でもノーコード・ローコードツールが使われている状況だと思います。こういうツールを使いこなせるメンバーがサポートしてくれれば、起業家はもっと自由な発想で事業に取り組めるはず。

「ノーコードは起業のハードルを下げた」と語り合う山口氏(右)と池森氏

大企業はベンチャーのサービスを使って助言を

山口:大企業とのリレーションの重要性について。まずベンチャーのサービスを自分たちで利用してみた上で具体的なフィードバックをもらったほうが、ベンチャー側もサービスを提供する意義を感じやすいと思います。

 クックパッドで株式会社ミツカンや味の素株式会社と一緒にお仕事をさせていただいたときには、クックパッド社が提供するサービスをよりよくするためのメンター的なフィードバックをしてくれた。ランサーズではパナソニック株式会社と一緒に仕事をさせていただき、先方の担当者に提供するサービスのブラッシュアップをしていただきました。ベンチャー側は知見も実績もでき、より顧客企業によいものを提供しようとサービスを提供する責任感も高まる。大企業もベンチャーとの仕事の仕方や、付き合い方の作法を分かってもらえると思います。一緒に改善・改良のプロセスを歩めると双方によって良いですよね。

鈴木:企業からフィードバックを受けるスタートアップと、できないところの違いはなんでしょう。

山口:そういう意味ではBtoB(企業間取引)の経験のある担当者がいるベンチャーは恵まれていると思います。BtoBの実績経験のない起業家とインターンだけの組織だと、大企業の仕事を進めるペースやBtoBの仕事のやり方の知見がない。契約書で約束していいことと、ここから先はあくまで口頭で担当者と握っておくことというような所作のナレッジがベンチャー側にないと、大企業側だけのペースで進めたときに「思っていたのと違う」となります。

 現状の環境で言えばメンターが入り、アクセラレーションプラグラムでBtoB経験のある人と3社協議するのもありえますね。数千万円を資金調達したら、BtoBの知見のある営業マンで自社の取り組もうとしている事業モデルに知見がある人がメンバーに入るフェースです。シードやシリーズAで資金調達をする前だと大企業と仕事で付き合うには早すぎることがあるので。

鈴木:(クラウド型ソフトウエアサービスの)SaaS系ベンチャーは、「会社全体ではなく部署単位で導入できないか」といいますね。(大企業は)融通がきかないのでしょうか。

山口:SaaSの「ソフトウエア・アズ・ア・サービス」のキーワードは5年以上たっているので流石に大企業の担当者の方もどういったものかは分かっていると思います。多くの大手企業は自社向けにカスタマイズしたITシステムを使っているので部署単位(の導入)は2010年代半ばではほぼ不可能だったんです。直近で徐々にできるようになったのは、先進的な会社がそうしたプロダクトに慣れ始めてきたからだと思います。

これからの3年、5年先が楽しみ

山口:ベンチャー企業特有の赤字を出しながら事業を伸ばす(Jカーブの)期間軸では特に、私たちのような役割の人たちがベンチャーにメンタリングする一方で、大企業の担当者やメディアの記者とのハブ、事業を分かりやすく伝える翻訳者になることが重要ではないかと思います。

池森:アクセラレーションプラグラムなら間に立つ人がいます。初期のスタートアップが大企業と円滑にいくには、支援会社が間に入って調整役となる。とても重要な役だと思いますね。

山口:アクセラレーションプラグラムは属人化していいと思います。「池森さんがいるから」とコミュニティーはその中心人物に出来ていく。いろいろなコミュニティーに出入りしている人の何人かがパズルのように連携していくと面白くなると思います。東京、横浜、大阪と池森さんがあちこちに行くことで人と会社と組織とがつながる。私の場合は岡山出身で大学は茨城なので、岡山と東京と茨城をつなげる。あと面白いのは、各地域ごとに起業家の毛色が違いますよね。この前うかがった群馬のイベントで出会った起業家たちはものづくり県で質実剛健だったなと感じました。大阪ではどうですか?

池森:大阪はスモールビジネスで中小の地元に根付いたものが多いですね。

山口:私の場合は30社以上投資しているベンチャーの中でも、1次関数で直線に上がって行きながら途中で2次曲線のJカーブの事業に向かうベンチャーがあります。トラクションを上げて稼げていることを見きって、赤字になりながらもJカーブに事業投資をしていく起業家は根性がありますよね。コロナ禍でほとんどのベンチャーがビジネスモデルを変え、なかでも1週間の間にがらっと事業を変えたスピード感のある起業家はすごいなと。ここから3年ぐらいで新しい事業をマーケットに根付かせ、2025年ぐらいまでの時間軸で大きく成長していくのを期待しています。

池森:最初の1次関数から2次曲線に切り替えるのは理想的なモデルですよね。安定的な収益基盤を築いて知見を稼いてから挑戦する。私のまわりでもコロナで大打撃を受けて、左手で守りながら右手で攻める企業があります。コロナはある意味チャンスで、普段なら出てこない物件が出て、そこを取りに行く勇気ある人が結果を出す。2025年には攻めた先のものが見えてくると感じていますね。

山口:これからの3年、5年のベンチャー企業の動向は今まで以上にちょっと楽しみですね。

スタートアップと大企業の関係でセッションした(左から)池森氏、山口氏、ASCII編集部のガチ鈴木

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