ダイドードリンコは飲料自動販売機(以下、自販機)における顔認証決済サービス「KAO-NE」(カオーネ)を4月26日から正式に展開している。搭載自販機では顔認証とパスコードの二段階認証で決済へ進めるため現金や電子マネーを持参せずとも“手ぶら”で飲料を購入できる。顔認証の技術にはNECの生体認証を取り入れている。
KAO-NEの前身になる顔認証決済サービスについて、ダイドードリンコでは2020年7月から、ダイドードリンコ本社、NEC本社などに対応自販機を設置して実証実験を進めてきた。その結果を活かして正式にサービススタートに至った。ターゲットはオフィスや工場、病院など、固定客がいるロケーションという。
電子マネー決済の自販機は当たり前になったが、顔認証決済機能を有した自販機は国内ではダイドードリンコが先駆けだ。本当に便利なのか使用感が気になるところ。記者は実際に、ダイドードリンコオフィス内にある自販機で顔認証決済を試してきた。
ダイドーの顔認証自販機「KAO-NE」
どんな「私」でもわかってくれるの?
まずは、手順について。KAO-NEの顔認証決済を利用するには、事前にスマホで顔写真とクレジットカードの情報を登録する必要がある。いざ飲料の購入の際には、商品を選択→顔認証→パスコードを入力する手順で決済に進む。一回登録さえすれば飲料購入の流れは電子マネーで買うのと近い感覚だ。
事前登録からやってみよう。KAO-NE自販機で案内されているQRコードをスマホから読み取ると、登録用のブラウザが立ち上がる。専用アプリなどはないため事前に登録しておけないのが個人的にはもどかしく感じた。ただ、基本的にオフィス内に設置されることを考えると、接触機会がない人にとってはアプリの必要はないのかもしれない。なお一度登録するとKAO-NE搭載の自販機なら共通して利用できる。
顔写真の登録の際には、なるべく明るい場所でマスクを着用しない状態で撮影する。「平常時での顔」が求められるため、ふだんからメガネをかけている人はメガネ着用で撮影する。
登録自体はマスクを着用しない状態での顔写真だが、購入の際にはマスク着用でも認証するという。実証実験の段階では、マスク着用だと認証ができなかったが、本展開においてマスクにも対応した。NECの生体認証の進化がうかがえる。
では、実際にKAO-NE自販機で顔認証を試してみよう。自販機で商品選択ボタンを押す。すぐにタブレットが認証画面に切り替わって顔を探し始める。タブレットはサイドミラーのように内側をむいているため、自販機の前に直立の状態でも顔を見つけてくれて認証をしてくれた。1秒以内、速い!
何回か試してみたところ、マスク着用でも非常に素早く顔認証をしてくれることが多かった。正確な比較ではないが、私が利用しているiPhone 12 Pro Maxの使用感から比べると、iPhoneの顔認証と同等、もしくはそれ以上にスムーズと感じた。iPhoneの場合はそもそもマスクだと顔認証をしないため、自宅にて素の顔で利用している時の体感との比較だ。
マスク着用でも認証してもらえることはわかったが、メガネを着用したり髪型を変えてみるとどうだろう? マスクとメガネ着用でも高い確率で認証。髪型も替えてみたがまったくもって問題なし。私の髪型の差など顔認証にとって気にも留めないことなのだろう……。
どうやら個人差もあるようで、最初に撮る写真なども要因か、顔認証と相性が悪いと感じる人もいるようだが、それでも概ね「スムーズに認証してもらえる」といった感想が多いらしい。
これでもかと変顔すると……!あ、ついに認証がはねられた! どうやら眼がポイントらしく極度な変顔で薄眼になってしまうと認証の精度が落ちる。あえて変顔で飲料を買おうとする人は少ないとは思うが、もし自社のオフィスに設置されたらどの変顔ラインまでいけるか徹底的に試してみたい。
ついでに、たまたま手元にあったぬいぐるみで顔認証を試みたところ……。残念、ちっとも顔だと認識してくれなかった。もう少しリアルなぬいぐるみや人形であればどうだろうか? このあたりも機会があったら再度トライしてみたいものだ。
目をつぶらなければだいたいオーケーだった
認証速度の体感はかなりスピーディー
KAO-NEは、よっぽどの変顔をしないかぎり、マスク着用でもスムーズに顔認証してくれることがわかった。ついつい顔認証機能を試したくて何度も商品の選択ボタンを押してしまう。認証されてもパスコードを入力しなければ購入はキャンセルになるので、繰り返し顔認証で遊べる。おっと、遊んでいては他の利用者に迷惑になる。もちろん、体裁を保つために飲料も何本か買った。あれ、飲みものこんなに必要だったかな?
私と同じような行動をする人はいるらしい。実際にオフィス内に設置しているダイドードリンコでは社内から「顔認証自販機が楽しくてついいつもより飲料を買ってしまう」という声があるようだ。顔認証を試してはしゃいでいる様子を想像すると微笑ましい。
顔認証の速度に関しては、実は実証実験の段階からもかなり速度が上がったそうだ。自販機とモジュールの接続をWi-Fiから有線に切り替えるなどの見直しで、最速化をはかった。KAO-NEの開発に携わったダイドードリンコ自販機営業企画部の古門義浩さんによると「飲料の購入が少しでも快適になるよう、なるべく速く、スムーズにと、できるところまで追求しました」とのこと。
……しかしその結果、なんと認証速度があまりにも速くて「速すぎて不安」「いつ認証されたかわからなくてこわい」といった声も聞こえたため、一度マックスまで認証速度を上げたが、わずかに減速のチューニングをかけたという。「スマホの顔認証なども当たり前になってきて、今は顔認証機能の過渡期です。ただ速くするだけではなく、人の心に受け入れてもらえるサービスにする必要があります」と気が付いたそうだ。
個人的には、パスコードの入力が必要ない本当に“顔パス”のみの決済に憧れる。顔認証だけでの決済はできないのだろうか? 古門さんにお聞きしたところ「セキュリティーの観点から二段階認証は必要だと考えます。例えば、飲料購入の際に二人以上の顔が映り込んでしまうと、どちらの顔が認証されたかわからなくなってしまいますよね。パスコード入力も必須であることで誤った決済を防げます」
「ユーザーの視点としても、二段階認証がないと不安に感じて利用を控える可能性があります。パスコードの入力の手順に関しては、実証実験を通して、そこまで手間とは思われず受け入れてもらえる、というところまで確信がもてました」と古門さん。
自動車部品メーカーや精密機器メーカーから引き合い
サービスを正式にスタートしてからの引き合いはどうだろうか。コロナ禍で営業活動に足止めがかかる中、自動車部品メーカーや精密機器メーカーなどから興味をもってもらい、実際にいくつかKAO-NE自販機の設置に至った。
事例として、豊田合成は工場内にKAO-NE自販機を設置。背景として、工場内には財布を持ち込みにくいため、休憩の際に飲料を買う場合は都度ロッカーに取りに行くことがあるそうだ。豊田合成の担当者は「現金や電子マネーが不要で飲料が買える顔認証決済なら、そのような不便を解消できる」と考えて試験的に導入した。
現在、KAO-NE自販機の設置数はダイドードリンコオフィスやNECオフィスを含めて20台満たずだが、今後2000台の設置を目指すという。古門さんは今後のサービスの拡張性として“顔”と自販機が繋がことで、例えば、会社の福利厚生の一環で対象者の飲料の決済を負担するなど、新しい自販機サービスの可能性も考えている。今後の展開に期待だ。