「保安距離」の壁をIoTフル装備で飛び越えたニチガスの「デジタル営業所」

指田昌夫 編集●大谷イビサ

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 ソラコムの年次カンファレンス「SORACOM Discovery 2021 ONLINE」で、日本瓦斯(以下・ニチガス)が自社のIoT事例を発表した。同社執行役員 営業本部 南関東支店長の鈴木壮氏が、遠隔監視による検診レス、ペーパーレス化を実現した無人営業所の稼働事例を説明した。

ニチガス 執行役員 営業本部 南関東支店長 鈴木壮氏

7つのテクノロジーを集結した「デジタル営業所」

 ニチガスは、関東と静岡、山梨の1都8県に都市ガス、LPガス、電気のエネルギーを販売する。顧客数は合計186万世帯に達する。

 鈴木氏が担当する静岡県は、従来は三島、富士、静岡、焼津の東部4都市に営業所を構えており、西部の大都市である浜松にはサービスを拡大できていなかった。浜松市は静岡でもっとも人口が多い都市で、周辺の4市の2.3倍の規模がある。しかも、LPガスの比率は約2/3を占めていることがわかった。

 浜松をターゲットにすぐにでも進出したいところだったが、ガス会社には、営業所から「距離20km、車で30分以内」という「保安距離」を守って営業しなければいけない決まりがある。そのため、東の三島から進んできた同社は、焼津の次はいったん中間地点の掛川に営業所を作り、そこから浜松に進む手順を経るのが定石だった。

 しかし同社は、これまでのセオリーをあえて無視して、一足飛びに浜松に営業所を作る決断をした。「IoTテクノロジーを使うことで、飛び地でもサービスを提供できる新しい営業所の挑戦と位置づけた」(鈴木氏)

自社開発の「スペース蛍」が中核

 浜松営業所は、構想から店舗の確保、リフォーム、人員の確保含めて約1年半で準備を終え、2020年に営業を開始した。短期間で開設できた理由を鈴木氏は次のように語る。

「目標達成のために、7つのテクノロジーを組み合わせて使っている。特に中核を担うのが、スマートフォンアプリの『My NICHIGAS』と、NCU(ネットワーク・コントロール・ユニット)の『スペース蛍』だ」

構想から約1年半で浜松営業所の営業を開始

「MyNICHIGAS」と「スペース蛍」

 まずスペース蛍は、ニチガスがソラコムと共同開発したスマートメーターである。ガスメーターに設置することで、通常は検針スタッフが顧客の家に出向いて行うガスの検針を、遠隔で完了できる。通信はSigfoxとLTE-Mのハイブリッド構成で、幅広いエリアをカバーする。

 これには、人手がかからないメリット以外の副産物もある。「従来は月に1回、検針スタッフが検針伝票を発行して置いてくる作業が必要だったが、アプリと組み合わせることで、ペーパーレス化を実現した。また、検針は1カ月に1回から、1時間に1回、つまり月に720回行なわれ、リアルタイムのガスの使用状況をアプリで確認することができる」(鈴木氏)

 月1回の検針の場合、LPガスの配送は、予測値に基づいて手配する必要があった。しかし、リアルタイムに残量がわかれば、実測値によって交換できるため、配送を大幅に効率化した。また、異常値が発生すれば、瞬時に営業スタッフに伝わるため、保安の高度化も図られた。

 鈴木氏は、「スペース蛍がなければ、静岡営業所のための検針スタッフの採用と管理スタッフの確保、スタッフが持つモバイル端末、モバイルプリンターなども揃えなければいけなかった。そのため、開業には時間がかかっていたはず」と話す。

 ちなみに同社は2021年3月、川崎市浮島に「夢の絆」という世界最大級のLPGハブ基地を建設した。検針のIoT化によって、スペース蛍という末端の情報から、LPG基地の充填、配送まで、全てがデジタルでつながる世界ができあがった。

 ペーパーレスの次は、キャッシュレスだ。同社では全体的に「pring(プリン)」という送金アプリを使って社内の経費精算をキャッシュレス化している。「営業所には現金がなく、金庫も置いていない」(鈴木氏)。また、紙の電子化には富士フイルムビジネスイノベーション(旧・富士ゼロックス)の「ドキュワークス」を利用している。「浜松営業所でやりとりされる紙の文書を電子化して、静岡営業所から遠隔管理するために導入している」(鈴木氏)

 浜松営業所が開業したときは、これらの装備で無人営業ができていたが、開業後に課題が出てきた。たとえばガス器具を営業所に送った際の納品だ。荷物を受け取るために、倉庫の鍵を開けるなどの管理者が必要になったのだ。そこで、ここにもテクノロジーを導入して、無人化を進めた。

 まず、トラックの受付サービスである「Hacobu」の入退場受付機能を使い、車両待機の解消と入出荷の効率化を実現した。次に、入退室管理や鍵の管理をクラウド化できるフォトシンスの「Akerun」を倉庫の入り口に設置し、施錠解錠を自動化した。また、倉庫内と入り口付近の監視カメラにソラコムの「S+ Camera Basic」を導入した。「受付すれば自動で倉庫の鍵が開き、中に荷物を置いて出れば自動的に施錠される。これで納品完了となり、当社の社員に連絡が届く」(鈴木氏)

「浜松モデル」へ異業種からも熱い視線

 これらのテクノロジーによって、鈴木氏は、「『キャッシュレス』『ペーパーレス』『事務員レス』の3つのレスによって、完全DXを実現した。営業所は無人化されており、事務作業の再定義ができたと考えている」と語る。

 同社では浜松営業所に続き、有人で運営していた焼津営業所も無人化を実現した。「焼津に勤務していた人は、営業サポートの仕事をしてもらえるようにスキルアップを進めている」(鈴木氏)ということで、営業力の向上にもつながっている。

 鈴木氏は、「デジタル営業所は、3つのレスを実現していく過程で、パズルのピースを埋めていくように、複数のテクノロジーと出会い、組み合わせることで実現した」と話す。

 デジタル営業所は人的リソースの削減でコストが下がり、人が介在しないためリスクも下がっている。一方、生産性は大きく向上している。鈴木氏は「当社では、今回の無人化、ペーパーレス化などの取り組みを『浜松モデル』として、同業他社はもちろん異業種に対しても、事務所効率化に生かせるノウハウとして提供していきたい」と語った。

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