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ITの本質は「情報の形を変化させる」ことだ

なぜスターバックスは手話が共通言語のサイニングストアを開店したのか

文●石井英男 編集●ASCII

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21世紀は経済ではなく価値観でまとまってゆく

鈴木 たとえば国立店でロイヤルカスタマーになったお客様が、近くのパタゴニアに行った場合、もし同じ価値観で企業が運営されていて、資本は違うけれども、じつは客層がほとんど重なっているようなコミュニティーがあったとした場合、スターバックスさんのロイヤルカスタマーが他の事業者にとってもロイヤルカスタマーになるようなステータスマッチングが行なわれたら面白いなと。

 近くのコーヒー店に行くよりも、スターバックスがあるなら遠くてもそっち行こうという方はいると思います。そんな方々にとって、おそらく環境志向とか人権志向という意味ではパタゴニアと通じている気がします。そういった志向が見えるにも関わらず、現状では資本の壁でロイヤリティーのプログラムは閉じていますよね。

 それはつまり、20世紀型の資本主義社会を経て現在の企業間連携、アライアンスのかたちが作られてきたわけですが、それらは主に経済的な合理性の観点で消費者のクラスタリングをしていたわけです。

 では、経済ではなく価値観ごとにまとめたら? 同じスターバックスさんのエシカル志向の高いお客様であっても、人権配慮に関心のある方と環境配慮に関心のある方では来店の動機が違うかもしれませんし、そこで上手く『この人はこの理念で動いている。そういう意味では私がロイヤルティーを持っているこっちのお店も紹介したいな』とか、お客様が同じ価値観のなかで一番平和な文化圏を形成できるような仕組みが生まれてくると面白いなと思いました。

 特にスターバックスさんのような理念・求心力を持っている異業種さんがそういった動きをもし取れるなら……。

 そういう意味で、上手く理念に共感できるお客様が、コミュニティーとしての自分のロイヤリティーを他所に行っても見える化できたら、スターバックスのロイヤルカスタマーは大きな意味があるのではと思いました。私の感想ですけれど、そういった未来が来ると、「いざ儲けたらん!」みたいな店よりも、よっぽど通いたくなると思いますし、そういうお客さんが揃ってるお店って従業員にとってもよいのでは。

向後 ありがとうございます。ちょうど昨日、とある市の職員の方とお話をしていて、弊社の理念は社内では普通ですけれども、外部から見ると「少し特異な部分があるのでは」と仰っていました。「行政としてこんなこと考えています。こんな協力をしたいと思っています」という申し出に賛同していただける企業さんが本当にまだまだ少ない、と。

 翻って、私たちの存在意義、成し遂げたいことは、その地域に住まわれている方たち、そして近隣の企業さんと、より良い地域を作っていくことです。シンプルではあるのですが、共感度はまだまだ決して高い状態ではありません。

 ですからロイヤルカスタマーとつながりを持ちながら、別の企業の方とも垣根を超えて、同じ地域で営みをする者として線を引かずにやっていける未来はとても面白いと思っているのです。お話を聞いて、あらためて自分たちの未来にワクワクしました!

 なお戦略的な部分で言うと、サイニングストアから何かを打ち出そうということは考えておらず、あえて言うならば「普通にオープンすること」が私のなかで大きな戦略でした。特別な店ではないと思っています。「ぱっと見、普通のスターバックスじゃん」という見え方が大切な部分ですね。そこはこれからも変わらないでしょう。

 また、聴覚障がいのあるパートナーが多く働いていて、たしかに特徴的ではありますが、これが『まあよくある店だよね』と思われる世の中になっていくことを、将来的には目指して進んでいきたいです。

但馬 「普通にオープンする」は素晴らしいアクションだと思いました。大々的なプロモーションがあったわけではなく、社内の自然な流れのなかで立ち上げが進み、しかもそれがビジネスとして成立している。

 僕がいま関わっている京都の清掃会社がありまして、障がいのある方だったり、高齢者の方もいらっしゃいます。高齢者の方はそこを最後の職場として働きたいと思っている方もいらっしゃるのです。じつは、その清掃会社の社長とサイニングストアの話を共有しているうちに、スタバのサイニングストアの高齢者版のような清掃会社も成り立つのではという話になりました。

 つまり、すでにスターバックスの皆さんが意識していないところで、皆さんが起こした波紋が広がっているのです。僕のようにサイニングストアについて語っている人はもっとたくさんいますが、「あなたたちのおかげで勇気が持てた」とスターバックスにまでわざわざ言いには行かないじゃないですか。

 皆さんは本当に小さな、1600店舗あるうちの1店舗だと思われるかもしれませんが、でも皆さんがやった行為は社会に対してすごく大きな一歩であり、素晴らしいブランドとしてのアクションだと思っています。

筆談でのやり取りも珍しくない。利便性だけでは得られないコミュニケーションがサイニングストアには存在する

鈴木 スターバックスの本社はアメリカですし、そちらはそちらで動きがあると思いますが、人間の情緒性や共感性に訴える部分において日本独自の進化があっても良いでしょうし、それがもし上手くいけば世界に発信できます。

 機能性・利便性を追求するのはコロナ禍では有効だと思いますけれども、一方でリピート客をどう増やすか、但馬さんのおっしゃられる、愛される企業としてどんな形で発信作業をしていくかと考えると、サイニングストアの取り組みを軸として「対面でのコミュニケーションにもまだまだ可能性があるんだよ」ということが広まっていくとよいなと。

 ITは機能性・利便性の部分がフィーチャーされがちですが、コミュニケーションを裏支えする黒子としての役割がこれから重要になると思いますし、そのあたりのバランスを上手くとれているからこそ、nonowa国立店は面白いんじゃないかなと思って期待しております。

向後 国内では初めての取り組みで、どこまでデジタルの助けを得るのか、どこまでパートナーの力を信じるか、というのは課題の1つだったのです。デジタルウォッチで音を振動に変えるなどはデジタルの力を借りましたが、「ここだけは譲れないよね」というのが、最後のお客様とパートナーの会話の部分でした。目と目を合わせるから成立することなので。

 ですから音声変換アプリで注文することもできますが、やはり筆談をして、「そうそう、これこれ」と伝わった気持ち、つながり合う気持ちを大切にしていきたいなと。この感覚だけはなくしたくないと思っています。ここがブランドとしてのスターバックスらしさにつながっていくのではないかと。

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