国民健康保険や介護保険、予防接種などのデータを連結、学術機関の研究活用を可能にする「ヘルスケアデータ連携システム」4
神戸市、市民ヘルスケアデータの学術活用に向けたシステムを構築
2021年03月08日 07時00分更新
神戸市は2021年3月5日、同市が独自に構築した「ヘルスケアデータ連携システム」の運用成果などに関する記者説明会を開催した。国民健康保険や介護保険、予防接種など、個別システムで記録、管理しているデータを個人ごとに連結し、匿名化したうえで大学や学術機関に提供し、研究目的でのデータ分析などに活用できるようにするもの。神戸市によると、ヘルスケアデータを連携させて積極的な活用の仕組みを作ったのは、国内では初めてだという。
同システムを活用したデータ分析の最初の取り組みとして、新型コロナウイルス感染症の拡大が、救急搬送の代表と言える狭心症や心筋梗塞になった人の治療に影響していないかを調査、分析したことを発表している。
EBPM(根拠に基づく政策立案)を目指してヘルスケアデータ活用に取り組む
2020年度から運用を開始した神戸市のヘルスケアデータ連携システムは、これまで市庁の中でも別々の業務システムで記録、管理されていた市民のヘルスケアデータ(医療・介護レセプトデータ、健診データ、予防接種データなど)を個人単位で連結したうえで、個人を特定できるデータ(氏名や生年月日、住所など)を削除。研究用データセットとして学術機関に提供可能にするものだ。
神戸市健康局健康企画課課長の三木竜介氏は、従来は“縦割り”の所管部署で個別に管理されていた個人のヘルスケアデータを連結するためには、個々のデータをどう紐付けるのかという技術的課題やコストの課題があり、また本来の目的から外れる研究利用での活用には個人情報保護上の課題もあったと説明する。こうした課題を解決するために、ヘルスケアデータ連携システムが開発された。
「(神戸市が)目的としているのは、EBPM(根拠に基づく政策立案)だ。データを活用して、立案した政策の効果を定量的に計ることを目指している。たとえば、どんな人が要介護状態になりやすいのか、どんな頻度で薬を飲んだり通院したりするようになると再入院リスクが高まるのか、といったことが理解できるようになる。またワクチンを接種した人の副反応を早期に検出したり、がん検診などの施策の効果なども測定できると考えている。(市内の)特定のエリアに要介護者や入院患者が増える可能性があることがわかれば、事前にそのエリアへの保健師の配置を増やすといったことも可能になる」(三木氏)
同システムが連携するデータは次のとおりだ。神戸市の人口は約152万人だが、そのうちおよそ4割、国民健康保険に加入している市民や後期高齢者医療に加入している市民など約60万人ぶんのデータ連携が可能となっている。ただし若年層のデータは少ない傾向がある。
●医療レセプトデータ:年齢、性別、傷病名、診療行為、医薬品、医療機器、受診医療機関、医療費、受診日数など
●介護レセプトデータ:年齢、性別、種類別介護サービス単位数、利用介護施設、要介護度、介護費など
●介護認定調査票:日常生活自立度、ADL、要介護度など
●健診データ:身長、体重、BMI、腹囲、血圧、中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、GOT、GPT、γ-GT、血糖値、HbA1c、尿糖、尿蛋白、メタボリックシンドローム判定、保健指導レベル、生活習慣など
●予防接種の接種状況
●転入・転出・死亡日等一覧表
これらのデータは、インターネットに接続していないスタンドアロンの専用端末上で収集、連結され、同時に個人を特定できる情報を削除したうえで、記録媒体に記録し管理委託先である九州大学のデータセンターに移送。ここから各大学や学術機関に提供される。九州大学大学院 医学研究院 医療経営管理学分野 准教授の福田治久氏は、九州大学側でもデータセキュリティには十分に配慮していることを説明した。
「九州大学では、厳密な入退出管理をした専用の部屋で、国が定めたセキュリティポリシーに準じてデータを管理している。このデータを外部(大学や学術機関)で利用してもらう場合には、九州大学で再度匿名化の加工作業を行い、必要なデータだけを提供する」(九州大学 福田氏)
大学や学術機関が神戸市にデータの研究利用申請を行うと、神戸市では公益上の必要性を判断するとともに、研究に必要なデータ範囲を特定。それをもとに、神戸市保健事業に係る研究倫理審査委員会が倫理審査を行い、データ提供を承認するかどうかを決定する。この承認を受けて、管理委託先のデータセンターから研究用データセットが学術機関に提供されることになる。
ここでは神戸市の個人情報保護条例などに基づいて個人情報の保護を行う。また、承認のもとで実施される研究については神戸市のWebサイトで公表し、市民への情報提供とオプトアウトの機会確保を図っていると説明した。
三木氏は、過去から現在までのヘルスケアデータを分析することによって、生活習慣病と要介護状態の関連性や発症予測が可能となり、将来的に要介護状態になる可能性が高い市民に生活改善指導などの効果的なアプローチができるほか、学術機関から研究成果のフィードバックを受けて健康増進施策に生かせる先進的な知見を得られると期待を語る。
「今後もほかの学術機関からの申し入れに対応するほか、神戸市が政策評価上で必要と考えたデータ分析については、こちらから依頼することも考えている。データを提供し、活用することで、市民にどんな利益が還元されるのかといったことを具体的に説明していく」(三木氏)
新型コロナウイルス感染症の流行が他の緊急治療に影響を及ぼしたかを分析
今回は、福田氏らの研究グループが同システムのデータを用いて、新型コロナウイルス感染症が他の疾病治療にどのような影響を与えたのかについてデータ分析を行った結果も発表された。データを分析した結果、新型コロナ以外の緊急治療が必要な患者に対しても適切な治療が行われていたことが明らかになっている。
具体的には神戸市の医療レセプトデータを用いて、新型コロナウイルス感染症の流行前(2019年)と後(2020年)の同月で、狭心症や心筋梗塞のカテーテル手術実施率がどう変化したのかを比較した。
発表によると、データ分析の結果、新型コロナウイルス感染症の流行後にはカテーテル手術の全体件数が減少していたが、そのうち緊急手術の実施率には変化がなかったことが明らかになったという。
「2020年2月~5月を対象に(データ分析を)実施したが、新型コロナウイルス感染症の流行によって影響を受けたのは緊急治療が必要ない心臓発作だけで、緊急治療が必要な症例については適切に治療されていたことが確認できた」「これだけの単位でまとまったデータはなく、活用性の高いデータであると認識している」(福田氏)
この研究は今後、新型コロナウイルスの“第3波”による影響についても分析を行うなど、継続して実施していくという。さらに新型コロナウイルスワクチンの効果や副反応に関する研究、医療機関での受診抑制が続くことで発生する健康への長期的な影響の研究なども実施予定だとした。
(※図版注釈:【STEMI】貫壁性心筋梗塞。閉塞した血管を直ちに開通させなければ、不可逆的な心筋壊死に陥るため、臨床現場では“時間との勝負”となる。【Non-STEMI】心内膜下心筋梗塞。こちらも血管の開通が必要であるが、臨床現場ではSTEMIと比較すると急がないため、STEMIとNon-SETMIは区別される)