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ヒストリックカーの祭典「オートモビル カウンシル」で見た未来を感じる過去の名車たち

2020年08月03日 17時00分更新

文● 栗原祥光(@yosh_kurihara) 編集●ASCII

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マツダ MX-30

 2019年の東京モーターショーで発表されたマツダ初の市販EV車。ただし国内ではEVではなく、まずはハイブリッド版がこの秋に発売開始する予定だ。搭載されるパワーユニットは2LのSKYACTIV Gエンジンに24Vマイルドハイブリッドシステム(ISG)を搭載したe-SKYACTIVの予定。同様のシステムは既にマツダ3で実現していることから、新規の専用設計ではなさそうだ。外観上の特徴はRX-8を彷彿させる観音開きのドア。100周年を迎えたマツダのプレミアムSUVに注目しよう。

トヨタ セリカ LB 200GT

 1970年に、日本初の本格スペシャリティカーの2ドアクーペとして誕生。ダルマセリカ、またはダルマの愛称で親しまれた。好みのエンジン、内装、変速機が選べる「フルチョイス」が好評で、最上位では2L直4DOHCエンジン(最高出力145馬力)を選ぶことができた。またリフトバック車は、大型レジャー用品を搭載が可能であったことから、レジャー志向の若者に人気を博した。約7年間製造され、約41万台が世に送り出された。

トヨタ セリカ GT-FOUR(1990サファリラリー優勝車)

 今年でブランド誕生50年を迎えるセリカ。その歴史の中でもっとも輝きを放ったといってもよいモデルがST165型だ。1987年から始まった「グループA」によるWRC参戦用に同社初のフルタイム4WDカーを1988年5月のツールドコルスに投入。当初はエンジンパワーと信頼性で問題を抱えたが、1989年に初優勝。1990年にはカルロス・サインツが年間4勝、2位1回で日本車初となるドライバーズチャンピオンを獲得。ST165型も年間5勝を挙げてマニュファクチャラーズ2位を獲得した。

トヨタ セリカ ターボ(1988 IMSA GTO Class参戦車)

 セリカのモータースポーツ参戦といえばラリーというイメージが強いが、オンロードでの活躍も忘れてはいけない。その中のひとつが4代目(T160型)セリカをベースとしたセリカターボだ。1987年、北米IMSAスポーツカー・チャンピオンシップのGTOクラスに参戦。17戦8勝を獲得し日本車初となるドライバーズならびにマニュファクチャラーズチャンピオンに輝いた。日本メーカーがシリーズを制したのはIMSA史上初の快挙であった。

マツダ R360クーペ

 マツダが1960年に発売した軽自動車。同社が初めて四輪乗用車市場に参入するとともに、戦後の日本車として初めてクーペを名乗ったクルマでもある。空冷V型2気筒エンジンを後部に配置したRRレイアウトで、最高出力は16馬力。ミッションは4速MTのほか、軽自動車としては初のトルコンAT(2速)が設定された。ローパワーゆえに軽量化対策が徹底され、アルミニウム合金のほか、マグネシウム合金、プラスチックが多用された。安価な価格と相まって同様の車種であるスバル360のライバルとして人気を得たが、R360クーペの後席はとても狭く、子供しか乗ることができなかったことから、62年に完全4座の軽自動車キャロルに主役の座を渡すことになる。

MG TA Q-Type

 1934年にMGによって製造されたレーシングカー。シャーシは、MG K3で使用されていたものをベースに、より狭いNタイプの車軸を使用した。エンジンは、746 cc 4気筒でスーパーチャージャーが取り付けらているのが特徴。2.5気圧のブーストがかけられ、113馬力を発生した。スプリントバージョンも作成され、出力は146 馬力へと増加しました。これは、1リットルあたりほぼ200 馬力を達成しており、当時世界で最も高いエンジン出力特性であった。

シボレー コルベット

 GMのシボレー・ブランド初となる2シーターレイアウトのオープンスポーツカー。スポーツカー好きであった後のデザイン部門初代副社長ハーリー・アールが、第二次世界大戦後の自動車競技における欧州スポーツカーに感化され、GMはスポーツカーを製造する必要があると決意し誕生。それまでの米国車にはみられなかったコンパクトかつ軽量なボディーに(それでも大型だが)、最高出力150馬力を発する排気量3859ccの直列6気筒OHVエンジンを搭載した。GMとしては初のFRPボディーパネルを採用したものの、温度差によるボディーパネルのゆがみをはじめとする問題が続出した。C1型はレースにも参戦。デイトナや最高速チャレンジなどで活躍し名声を高め、63年にC2型へとバトンを渡した。

FIAT 500L

 一般的にチンクチェントとの愛称で親しまれているモデル。1957年に登場した500シリーズの2代目で、NUEVO 500と区分されている。当時のイタリアは軍需を失った戦後の代替製品として、航空機メーカーや鋼管メーカーがこぞってスクーター市場に進出しており、自動車を買えない大衆の足として大きな成功を収めていた。そこでフィアットはスクーターを高価下取りする販売施策でスクーターユーザーの乗り換えを促し、それまで2輪車に乗っていたイタリアの大衆を4輪車に乗り換えに成功。NUEVO 500が庶民の脚、いわゆる大衆車へと変わっていった。

 エンジンは479cc・15PSの空冷直列2気筒OHVでリアにマウント。ボディーは全鋼製モノコックとされたが、エンジンの騒音が屋根板のせいで車内にこもってしまうため、対策として屋根をオープンにできるキャンバストップを標準装備した。写真の500Lは71年製造のモデルで、いわばデラックスバージョン。フロントバンパーに補強バーが供えられたほか、ガソリン残量系が取り付けられたモデルである(通常は残量5リットルで警告灯が点灯するのみ)。

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