スタートアップのサードドアを開く他者貢献コミュニティの在り方
第1回IP BASE AWARD エコシステム部門グランプリ マスターマインドビジネスコミュニティ 主宰 土橋 幸司氏
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。
マスターマインドビジネスコミュニティは、産金学官とスタートアップをつなぎ、社会に貢献することを目的に設立されたビジネスコミュニティだ。設立から9年で1200名ほどのコミュニティに成長。すでにその中からは10社を超えるスタートアップが上場に至っている。主宰の土橋 幸司氏に、第1回IP BASE AWARD エコシステム部門グランプリとなったマスターマインドビジネスコミュニティの取り組み、また知財を含むスタートアップ支援の必要性や課題について伺った。
他者貢献意識から始まったビジネスコミュニティ
マスターマインドビジネスコミュニティは、スタートアップや中小企業を産金学官(産学官連携に金融機関が加わった形)とつなぎ、経営課題の解決を支援する目的で2011年に設立されたオープンイノベーションプラットフォーム。現在約1200名のメンバーが参加するコミュニティは、第一生命保険株式会社に勤務する土橋幸司氏が、参画する経営者に、信頼できる仲間の力を借りて、商談や人脈を紡いできたことが始まり。
「紹介を重ねていくと、徐々に知り合いや頼まれごとが増えて、1対1のリアルなマッチングをひとりでこなしていくことに物理的な限界を感じるようになりました。私が仲介しなくても、知り合い同士が自由につながって交流できるように、と立ち上げたのがマスターマインドビジネスコミュニティです」(土橋氏)
Facebookの秘密のコミュニティ機能を活用して、メンバーの近況を共有し合い、関係者による勉強会やピッチイベントを定期開催している。大所帯となった今でも、メンバー全員が土橋氏とリアルに接点があるのが同コミュニティ最大の特徴だ。
仕事とコミュニティ活動の境目はなく、土橋氏曰く、コミュニティメンバーへの貢献に9割の時間とエネルギーを費やしているという。この情熱はどこから来ているのか。
「なぜやるのか理由を聞かれても、好きだから、としか答えようがないのです。人の役に立てるのは楽しいですし、元気を頂けます。仏のジャック・アタリ氏は『利他主義は最も合理的な利己主義』だと述べています。思いやり、助け合い、共創・共存の社会に移行する時代が来ています」
スタートアップのサードドアのノブに手を添えたい
志を持って起業した時点で、ビジョンの実現に必要なアイデア・人脈・資金その他必要十分なリソースを備えているスタートアップ経営者はほとんどいない。それゆえに、起業間もない時期に寄り添う支援こそが大切、というのが土橋氏の考えだ。
「僕自身にネットワークがあれば商談機会はすぐにつなげますし、なかったとしても、スタートアップが自ら行動するよりは大企業の信用の看板を使ったほうがつながる可能性が高まります。目の前の経営者の時間を増やすために代行する貢献を継続するうちにサードドアが見つかれば、これ以上の喜びはありません」(土橋氏)
土橋氏のいうサードドアとは、ベストセラーとなったアレックス・バナヤン著『サードドア 精神的資産の増やし方』(東洋経済新報社刊)に記されている「第3の扉」のことだ。第1の扉は、一般向けの正面の入り口。第2の扉は特権階級だけが通ることのできる入り口。第3の扉は裏の通用口だ。同書では、この第3の扉を見つけることが成功のカギだとしている。スタートアップの経営者がサードドアを開けられるように、人脈をつなぐことがエコシステムとしての役割だ。
土橋氏は、スタートアップとの出会いの初回に、事業内容や今後の方向性を聞き、思いついたアイデアはその場で惜しみなく伝えるようにしている。アイデアの実現に向けて協業できそうな相手にその場でメッセージを送り、すぐにオンラインミーティングを設定する。大抵ほどなくアポイントがとれるそうで、これが氏の言うスタートアップ経営者の時間を増やす心がけだ。
「即座に商談の設定に着手するのは、ベストを尽くしてこそ縁がつながる可能性が高くなることを経験しているから。先送りにすれば、その分縁が薄くなると思っています。目の前のスタートアップ経営者への貢献の基本は最速で行動し、相手の時間を増やすことです」
近年は、公的機関や企業のアクセラレーションプログラムなどスタートアップ向け支援が充実し、スタートアップ側もその使い方がうまくなってきた。これからは、支援する側とされる側が、よりよい関係性を築けるプログラムのあり方が求められてくるだろう。
「大企業が自社単一の利益を求めるのでなく、公器として社会に貢献する意識を持ち、スタートアップはもちろん他の大企業のイノベーション担当者とつながって価値共創に取り組むことが大切。マスターマインドビジネスコミュニティは結果としてスタートアップと産金学官のメンター・サポーターが半々の絶妙なメンバー構成になっています。大企業同士、産金学官の横つなぎに今まで以上に力をいれていきます」と土橋氏は意欲を語る。
一方、スタートアップが大企業と連携する際には、「求める前に、大企業あるいは担当者に何を提供できるか、相手の立場に立って考えることが大切。また同じ企業の中にも、登山口は1つではないので、ひとりの担当者に断られてもあきらめず、別の登山口を探し、一緒に登り直そう」とアドバイスすることもあるという。
知財戦略によって事業は様変わりする。早期の取り組みが重要
最近は、コミュニティ内で知財の専門家を紹介する機会も増えてきているそうだ。
起業間もない経営者は、知財の重要性の認識が不十分であったり、認識はあっても即座に着手することが物理的にも経済的にも難しいことが多い。特許は大企業との事業提携や資金調達の際の技術的な裏づけであると共に競合から自社を守るうえでの大前提だ。大企業やVCとの商談の際、特許・商標の登録自体をプレゼン資料に盛り込むことはもちろん、商談前に知財戦略の検討、特許・商標の出願手続を経験することによって、事業計画自体のブラッシュアップができたり、PRのポイントが浮かびあがるということも少なくない。
土橋氏は、起業後なるべく早い時点から、スタートアップの支援に意欲的な専門家と話し合うことを勧めている。
「ライセンスビジネスを事業の中核に据えて、次々と国内外の大手メーカーとの事業提携を進める友人の経営者がいます。その姿は衝撃的ですらあり、私自身が知財の専門家の方とのネットワークを太くするきっかけとなりました。起業後なるべく早い時点でスタートアップの支援意欲旺盛な専門家と話し合うことでビジネスモデル自体を見直す機会となることも少なくないはずです」
最後に、社会貢献やスタートアップ支援に関心はあるけれど、一歩踏み出せずにいる人へ、土橋氏からメッセージをいただいた。
「現在は社会経済環境がきわめて予測困難なVUCAの時代です。社会課題の解決にチャレンジする起業家にとって、必要なリソースを相互共有しあえるエコシステムは貴重なものです。現代社会は一個人、一企業はもちろん、一国家単位ですら、解決できない多くの課題を抱えています。そのような状況下ではエコシステムと呼べる事業や集まりは自然に増え続けると思いますし、損得勘定を超えたメンバー相互の他者貢献、共創の意識が循環することがエコシステムの存在の本質だと思います。マスターマインドビジネスコミュニティは利他主義の一体現として在り続けたいと願います。スタートアップと大企業の成長拡張ツールとなれるよう、共感するメンバーと緩くつながり、オープンクローズの調和のとれた、安心できる温かなコミュニティを守っていきます。私自身、大企業の一従業員です。共有・共創のHUBとなる人が日本社会の色々なところに増え、さらには世代や仕事、地域を超えてつながっていけたら、幸せな社会ができるはずですし、もちろんHUBとなる本人も幸せな気持ちを得られます」