フジテレビプロデューサー赤池洋文が紡ぐ!読むだけで美味しいラーメン「物語」 第11回
大行列店でありながら、秋葉原への移転を決意した若き天才の真意に迫る 麺処 ほん田(東京・秋葉原)(後編)
2020年04月29日 12時00分更新
私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏りまくった「物語」を紹介していきます。
先週に続き、2週に渡って私が「物語」を紡ぐのは、つい先日、秋葉原に移転したことで話題の「麺処 ほん田」。前回、ラーメン界の若きカリスマである本田裕樹さんの「天才物語」の前編を紡ぎましたが、今回はその後編です!
(※前回までのあらすじ)
弱冠21歳にして「麺処 ほん田」で革命的なラーメンを作り上げ、一躍時代の寵児となった本田さん。多数のメディアにも取り上げられ、20代中盤で自身のお店を5店舗まで拡大。まさに順風満帆。しかし、そんな本田さんに予想外のピンチが訪れます。若さがゆえに招いたトラブルとは? そして、秋葉原移転に際して、本田さんが試みた様々な挑戦と、その真意について、詳しく紐解いていきます。(前回のコラムはコチラ (https://ramen.walkerplus.com/article/4010215/))
一気に拡大路線を突き進んだ「ほん田」。ラーメンの味作りに関しては、類まれなる本田さんの技術とセンスをもって、全く問題ありませんでした。しかし、意外なところに落とし穴があったのです。
従業員同士の喧嘩や足の引っ張り合い、お客さんからの理不尽なクレームなど……店舗拡大に伴い携わる人も増えた結果、人間関係にまつわるトラブルが噴出。
しかも、当時まだ20代中盤だった本田さんにとって、従業員もお客さんもその多くが年上。とにかく気を使うことばかりで、日々のストレスが溜まり続け、精神的に最もしんどい時期だったそうです。そして、ラーメン以外に割かねばならない時間が増え、ラーメンともしっかり向き合えてない自分に危機感を覚えたと言います。
ラーメン職人としてではなく、経営者としての悩み。「ほとんど社会経験もない自分の弱さが露呈した」と本田さんは振り返ります。しかし、この時まだ20代後半。ぶつかるには早すぎる壁。そう考えると、ただただ致し方なかったと、同情の念しか浮かびません。
結局本田さんは、多店舗展開をやめることを決断します。収入は下がりますが、問題はお金ではありませんでした。もちろん、一気にお店を畳んでしまったらそれはそれでまた別の問題が生じる危険性があるので、時間をかけて一軒ずつ手放していきました。
「結果、再び東十条のお店一本に絞ったことで、疎かになりかけていたラーメンとの向き合いを、もう一度見つめ直すことができました」
と本田さんは振り返ります。そしてこの思いが、2015年4月のラーメンのリニューアルへとつながっていきます。
このリニューアルは、ファンにとって忘れられないものとなりました。ナント、それまで盤石の人気を誇っていた「香味鶏だし」をスパッとやめてしまったのです。
当時私はしばらくご無沙汰になってしまっていたのですが、このリニューアルを聞きつけて、急ぎ「ほん田」に向かったのを覚えています。
新たな看板メニューとなったのが「手揉み中華蕎麦」。
煮干しが香る醤油スープに、ほのかな背脂が浮び、そこに合わせるのは茹でる直前に手揉みする中太の縮れ麺。鶏を前面に押し出すスタイルから一転、昔懐かしいクラシカルな装い。それでいて、ちゃんと現代にアジャストした旨味をしっかり堪能できる、計算し尽くされた味。今「ネオクラシカル系」と言われるラーメンが流行っていることを考えると、先見の明があったと言わざるを得ない、まさに本田さんならではの一杯でした。
本田さんは決して現状に甘えることがありません。常に自分のラーメンを進化向上させることを考えています。「香味鶏だし」然り、「手揉み中華蕎麦」然り。時代の一歩先のラーメンを打ち出して、結果それが清湯ブームやネオクラシカル系という、ラーメン界のトレンドとなっているのです。こうやって振り返ると、改めてその功績の大きさに驚愕します。
そんな本田さんが今年4月、過去最大と言える変革を起こしました。そう、12年間ホームであり続けた東十条から、新天地・秋葉原への移転です。
具体的な移転の理由や経緯は、前編に記しましたの割愛させて頂きますが、本田さんが覚悟を決めた最大の理由だけ、まだ語っておりませんでした。
本田さんは12年前、東十条に「麺処 ほん田」をオープンさせた時、漠然とながら「10年くらいは頑張ろう」と考えたそうです。それと同時に、
「お店を増やしたいな」
「カップ麺出したいな」
「ベビースターとのコラボがしたいな」
「テレビで取り上げられるようになりたいな」
と、いくつかの目標を自分の中に掲げました。21歳の野望(笑)。 このあたりは若者らしい可愛らしさも窺えますが、本田さんが凄いのはこれらを全て早々に叶えてしまったこと。
困難だと思われた目標を、若くして達成してしまった本田さん。日々の営業はそれなりに充実しているものの、正直最近は、自分の中で燃え上がるものがないと感じていました。しかも、体力的なことを考えると30代、つまり今がピーク。
「今のうちに挑戦できることは全てやらなければ」。ナント、天才は新たな目標に飢えていたのです。ここまで達成しても現状に甘んじることができないなんて、どんだけストイックなんですか……。
そんなタイミングで舞い込んできた移転話。ようやく次に自分が燃え上がるものを見つけました。こうして、秋葉原移転に照準を絞ったのです。
当然、本田さんがただの場所の移転だけに留まるわけがありません。メニューの刷新にも踏み切ります。これまでも惜しげもなく人気のラーメンを捨てて、リニューアルさせた過去を考えれば、当然のことと言えるでしょう。
新たなメニューは「醤油」「塩」のラーメンとつけ麺、そして「汁無し担々麺」。
その中でも特筆すべきは、看板メニューの「醤油」。
煮干しが効いてキリっと醤油が立っていたあの味を一新。本田さんの原点の味である「大勝軒」のような、いい意味での「泥臭さ」「ごった煮感」が感じられる味になりました。その上で、ハマグリなどの旨味もちゃんと主張してくるスープは後引く美味さで、レンゲが止まりません。そこに合わさる自家製のストレート麺は、フレッシュな小麦の香りと心地よい喉ごしを堪能できて、スープとの相性抜群。気づけば完食完飲。
「上品すぎる清湯ではなく、いわゆる『ラーメンらしさ』を意識したい」という以前の「手揉み中華蕎麦」から一貫した本田さんの想いは、今回も引き継がれてさらにブラッシュアップされています。天才に死角なしです。
そして、本田さんが「移転に際しての最大の挑戦」と語るのが、価格の改定です。基本のラーメンの価格を1100円としました。この値上げの真意とは?
東十条では、その土地柄を考えて、ラーメンを850円で提供しており、それ以上の値上げはできませんでした。その結果、「使いたい食材がコストの問題で使えない」という事態に何度も直面しました。そんな長年抱えていたジレンマも、このタイミングで解消しようと、本田さんは覚悟を決めました。
ラーメン業界の長年の課題と言える「1000円の壁」。本田さんはこう語ります。
「ラーメンでよく言われる『1000円の壁』って、作っているのはお客さんではなく、ラーメン屋さんだ……って、僕の通っている整体の先生が言ってました」
えっ、ここでボケます!? 予想外のタイミングと絶妙な間に、不覚にも笑ってしました。「ラーメンのセンスだけでなく、笑いのセンスまで持ってるのか……」と、12年ぶりに本田さんに嫉妬したのはさておき(笑)、照れ隠しの裏にある真意を、しかと受け取りました。
悩みに悩み抜いた末に、「全ては美味しいラーメンを提供するために」と、「1000円の壁」を越えることを決意した本田さん。これには正直賛否あるとは思いますが、個人的には、他ならぬ本田さんがこのような挑戦することは、今後のラーメン文化の発展のためには大変有意義なことだと思っています。全面的に支持します!
もちろん、ただ値上げするだけではありません。値段に見合った満足感を提供することをちゃんと考えています。その象徴として挙げられるのは、チャーシュー。これまでの低温調理と吊るし焼きの2種類に、オーブンで焼き上げたものと、鶏チャーシューが加わり、4種類のチャーシューが乗りました。説得力抜群の重厚な布陣です。
「塩」もラーメン、つけ麺共に提供され始めましたし、取材の中で「落ち着いたら、以前のように曜日限定を作って、そこで東十条時代のラーメンを復活させてもいいかなと考えてます」というファンには嬉しい言葉も飛び出しました。
天才の新たなる挑戦。今後さらに進化していく秋葉原の新店が楽しみでなりません!
ここまで本田さんとの「物語」を紡いできて、確かに人間関係での多少のつまづきはあったものの、改めて振り返ってみると、特にラーメンにおいては全く隙がありません。常に時代の先を読んで新しくて美味しいラーメンを提供し、たくさんのファンから愛され、多くの優秀な弟子も輩出している。そして人間性においても、謙虚で優しく穏やかで、しかも笑いのセンスまで持ち合わせている。
もう嫉妬するのすらおこがましいくらい、まさに天才。センスの塊。ただ、1つだけ勘違いしていけない大切なことが……。
「よくそう言って頂けるのですが、そんな何もしないでセンスだけで、次から次へとできるわけじゃないですよ。実際死ぬほど努力してますよ」
そう、本田さんは天才は天才でも、「努力の天才」なのです。
そりゃセンスがなければ、あんな美味しいラーメンを作れるわけがありません。しかし、センスだけで作れるわけでもない。本田さんの家にはラーメンはもちろんのこと、他のあらゆる料理の本が揃っているそうです。日々ひたすら勉強しています。美味しいと噂のお店があれば食べに行き、その食材や手法を研究し、取り入れられるものは取り入れる。たゆまぬ研鑽が、あの抜群に美味しいラーメンを生み出しているのです。
東十条のお店では、毎週水曜に週替わりの限定メニューを出していました。水曜は本田さんの唯一の休みで、お店の営業自体は助手の方が行っていました。しかし、実際そのレシピを考案して、休みの当日である水曜の朝までかけて仕込んでいたのは当然本田さんです。
少ない休みを削ってまで、毎週違う様々なラーメンを作る。ここまでの人気を誇りながらも、まだ飽き足らず、貪欲に向上することを目指して努力できる。これが本田さんの天才たる所以なのです。
そして、その原動力は何なのか?
「そりゃもちろん、お客さんに喜んでもらいたいからですよ。自己満足だけじゃそんなに頑張れないです」
本田さんの飽くなきラーメンへの向上心。これは何も自己実現のためではありません。「少しでも美味しいものを、お客さんに食べてもらいたい」。その一心で、天才は類まれなる技術とセンスをフル稼働させ続けてきたのです。その気持ちは、あの「牛久大勝軒」でのバイト時代からずっと一貫して変わりません。
さらに驚きなのは、単にお客さんを喜ばせたいというサービス精神だけでなく、本田さん自身がお客さんとの向き合いを、ピュアに楽しんでいるということです。
その証拠に本田さんは、お店を愛してくれる常連さんと仲良くなって、飲みに行ったりしています。そして、常連さんのSNSも積極的にチェックして、こまめにコメントしたりしています。まさに友達付き合いをしているのです。週1日の休みすらままならないくらい忙しい中、こんなこと、自身が好きでなければ絶対にできません。
「お客さんを楽しませて、それで自分も一緒に楽しみたい」。そのためならどんな努力を苦もなくできてしまう。そこに元来持ち合わせていたセンスが掛け合わされて、稀代の天才ラーメン職人が誕生した……。
本田さんの「天才物語」を紐解いてみると、その原点はシンプルかつピュアなものでした。
今回の秋葉原の店舗の契約期間は7年間。本田さんは現在33歳。つまり、この秋葉原の地で、40歳までに今後の人生設計を考えるつもりだと言います。このままラーメン職人として一線に立ち続けるのか。あるいは、経営者としてもっと俯瞰からラーメンと向き合うのか。はたまた、ラーメンとは全く関係ない事業を展開するのか。天才がどんな決断を下すのか到底考え及びません。
ただ一つ言えることは、天才は常に我々お客のことを一番に考えてくれているということです。まずは、天才が新たな挑戦を始めた秋葉原の新店で、美味しいラーメンを楽しみましょう!
是非あなたにも「麺処 ほん田」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べて頂きたいです。
※新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策により、各店舗の営業日・営業時間・営業形態などが変更になる場合があります。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
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