実証実験に終わらせず、事業化・社会実装へとつなげる入口に知財がある
株式会社Liquid 代表取締役 久田 康弘氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。
Liquid株式会社は、独自技術の生体認証エンジンを活用し、金融機関や企業向けに本人確認・決済システムを提供しているスタートアップ。社会のデジタル化を目指し、都市のスマートシティ化、コンビニやガソリンスタンド店舗の無人化、アパレルのデジタル化へと事業を拡げている。創業期からコアとなる生体認証エンジンと周辺技術の特許を幅広く取得しており、それらがようやく事業として世に出てきた形だ。将来の社会変化を見据えた知財戦略、実証実験に終わらせず、事業化・社会実装へとつなげるためのポイントを代表の久田 康弘氏に伺った。
特許の効果が出るまでには3、4年かかる
Liquidの主力である生体認証を用いた本人認証・決済システムは、金融機関や官公庁をはじめ、国内外の企業へ導入されており、久田氏もLiquidから派生した国内外の子会社を含めて7社を運営している。具体的な事業でも、高齢化や人口減少による労働力不足の解決策として、コンビニやガソリンスタンドなどの店舗の無人化、スマートシティの構築、さらには全身の体型情報やAIを用いて、店頭スタッフなしで商品提案やカスタマイズができる店舗をワコールと共同で運営するなど、幅広い産業でのデジタライズに挑戦している。
アパレルやコンビニの無人化といったビジネスは、新たに思いついたものではなく、実は3、4年前から関連する特許をあらかじめ出願していたという。
「いずれも過去に出願した特許が今のビジネスになっています。時代が変わるタイミングで公開して、大手企業とアライアンスを組ませてもらいます」(久田氏)
今でこそ知財戦略に力を入れている久田氏だが、Liquidを創業する以前はIT系の事業だったこともあり、それほど知財の重要性は感じていなかったそうだ。
「ソフトウェアスタートアップは、たとえ権利を侵害されても、細かいアルゴリズムの類似性を証明することは難しい。ビジネスの差別化としてのPR効果もさほど期待できないでしょう。しかしLiquidが取り組むのは、現実社会のデジタライゼーションなので、実生活の中で目に見えるものです。そのため、似たようなビジネスが発生してしまうと、投資を得づらくなります。投資先に権利が守れていることを示すために、知財は非常に重要です」
Liquidの目指す現実社会のデジタル化は、知財と深く関係する。これまで個人がもっていた知識や能力をデータとして収集・解析することで、自動化の段階へと押し進めることになるためだ。このとき、既存の知財を侵害しないように注意を払いつつ、知財化されていない領域をどのように権利化していくかを考える必要がある。
「たとえばアパレルの世界は属人的で、ほとんどの技術が特許化されていません。とくに、型紙情報などはすべてクローズです。画像解析やセンシングによって高度化・自動化する際は、こうした技術をいかに権利化していくかが重要です」
Liquidでは、生体認証をコアに、生体認証に機械学習を使って高精度化する仕組みなどの特許も取得済みだ。出願当時はまだ機械学習が注目されておらず、久田氏もここまで市場が盛り上がるとは思っていなかったという。この先、マーケットが広がれば権利侵害が発生する可能性はあるが、もちろん主要国での特許も取得済みだ。インドネシア、フィリピンなど東南アジアにも進出し、海外企業との連携にも取り組んでいる。
スタートアップが成長することで、弁理士界も成熟する
知財を重視した久田氏は、創業時に優秀な弁理士を見つけるため、社内のメンバーをはじめ、知人やVC、大手企業などの人脈を駆使して全国から探しまわったそうだ。
「日本では大きな特許事務所であっても、海外の訴訟経験のある弁理士は非常に少ない。争った経験がなければ、実際に使える戦略は立てられないのではないか、と考えています。十数名の弁理士の方に会い、しっかりと戦略を考えてくれる方に出会うことができました。おかげでいい権利が取れました」(久田氏)
Liquidでは、海外の訴訟経験のある個人の弁理士と大手事務所の2社と契約しているが、それでも将来、大きな問題が起きたときに守り切れるのか、という不安はあるという。「知財のエコシステムとして成熟させるためにも、まずスタートアップ側が大きくなり、多くの事例をつくっていく必要があるでしょうね」と久田氏。
社内には専任の知財担当を設けておらず、久田氏が中心に見ているとのこと。スタートアップが知財戦略を立てるうえで、弁理士に相談する際のポイントを教えてもらった。
「スタートアップは、特許を取ること自体が目的になってしまいがちです。弁理士に勧められるままに特許を取っても、使わなければ維持費がかかり続けるだけ。権利を押さえることで何を守れるのか、他社にとって障壁になるのかをきちんと考えて出願してほしい」
Liquidでは、直接ビジネスには関係なくても、技術的に重要であれば特許申請することもあるし、もちろんビジネスの兼ね合いで申請するケースもあるそうだ。早期から外国出願も進められたのは、Liquidの場合、知財に理解のある東京大学UTECファンドから出資を受けていたことも大きいだろう。
とはいえ、知財に使える資金には限りがある。最大の効果を得るため、まずは最低限守りたい権利範囲を決め、そこからどれだけ範囲を広げられるかを弁理士と話し合ったそうだ。
オープンイノベーションの実現には根気が必要
Liquidは、オープンイノベーションが今ほど盛んでなかった3、4年前から大手20、30社とさまざまな形で業務提携を実現していた。現在、サービスやソリューションの導入企業を含めると3000社を超えているという。こうした企業と連携する場合、知財の権利をどのように配分しているのか気になるところだ。
「ケースバイケースですね。弊社側のもつ技術の完成度や相手側のニーズによって、バランスは変わってきます。例えば、権利化に必要なパーツが欠けており、大手企業のもつ技術が必要であるなら、共同出願になります。現在取り組んでいる特殊な領域では、その領域での運営や技術開発実績のある大手企業と共同で出願しています」(久田氏)
スタートアップにとって知財をもつことは、大企業との連携において強みにはなるが、相手企業によっては必ずしも知財を評価してくれるとは限らない。知財部門のある大手メーカーであれば、特許の内容を細やかに評価できるが、それ以外の場合、法務部などの管理部門が兼任しているケースも少なくない。
金融や社会インフラについては社会への影響が大きいだけに、関連する企業や行政機関は慎重にならざるを得ない。技術的な信頼性や優位性をどんなにアピールしても、なかなかすぐに導入とは動いてくれないものだ。実際、大手企業との連携では事業化されることなく実証実験で止まってしまうケースも多い。そこを乗り越えるには、何が必要だったのか。
「すぐには成果が出ないのは当たり前なので、とにかく根気が重要です。我々は生体認証×金融機関の領域ですでに5年ほどやっていますが、昨年ようやく法改正が実現して、実用化が見えてきたところです。当初、金融庁はそれほど無人化にポジティブではありませんでした。社会への流れから、このままではインフラが維持できなくなると判断されたことが法改正に踏み切った大きな要因だったと思います。いずれ世界は変わるから、あきらめずにやり続けよう、と信じて続けることですね」
バッテリーの進化で生体認証のサービスはさらに発展する
技術に関するビジョンを持つ久田氏が今注目しているのは、バッテリーのイノベーションだ。
「バッテリーのせいでできないことが多い。基本はエネルギー効率の悪さ。脳をどれだけ強くしても体力がもたない。例えるなら、考える人ばかりが増えて動く人がいない状況。弊社がバッテリーの技術を持っている企業と組むことによって、もっと社会が変わっていくのではないでしょうか」(久田氏)
今後は、生体認証スタートアップとして企業へ要素技術をライセンス提供していくだけなく、幅広い産業と協業しながら、社会のデジタライゼーションへ取り組んでいくとのこと。「技術によって世の中を変えていくことが我々のモチベーション。今後は、社会への広がりも含めてお手伝いしたい。これからは、ビジネスのバランスが変わってくると思います」