ハイブリッドの特許を無料開放した
トヨタの真の狙いとは何か?
4月8日、東京のトヨタ社内で小規模なプレスカンファレンスが実施された。内容は、「車両電動化技術の特許無償提供に関する説明会」というもの。実はトヨタは、この日の5日前の4月3日に「トヨタ自動車、ハイブリッド車開発で培ったモーター・PCU(パワー・コントロール・ユニット)・システム制御等車両電動化技術の特許実施権を無料で提供~約23740件が対象。車両電動化システム活用の技術サポートも実施し、電動車普及に貢献~」という報道発表をしている。特許の開放は2030年までで、技術サポートも実施するという。
そして、この発表を伝えた報道の多くは、以下のような論調であった。
「トヨタが特許を無料で公開。トヨタは、これによりハイブリッドを生産するメーカーが増加し、ハイブリッド市場が拡大することを期待。EVが本格的に普及する前の今がハイブリッド車の市場を拡大する最後の機会として捉えている」
しかし、どうもトヨタの本心は、こうした報道とは微妙に異なっていた。そのために追加で説明会を実施したというのだ。説明に立つのは、トヨタ副社長の寺師茂樹氏。大物がわざわざ登場するということは、それだけトヨタは重要と考えているのだろう。
トヨタがサプライヤーになって部品を供給する
寺師副社長の説明で、もっとも驚かされたのは「トヨタがティア2になります。今まで部品を買う立場でしたが、これからは売る立場にもなります」ということだ。特許を公開するというのはあくまでも二次的なものであり、真の目的は部品供給と技術サポートにあったのだ。しかも、購入希望者はすでに存在しており、「5年分くらいの仕事はある」というから驚く。
そういえば、トヨタからスズキへのハイブリッド技術提供も発表されている。スズキもこの顧客の一人というわけだ。そうなればビジネスの規模は数十台単位ではなく、年間10万台規模になるだろう。1台あたり1万円の収益でも、10万台あれば100億円となる。トヨタの販売台数が増えなくても収益が上がるのだ。
さらに「特許を公開したからといって、それで新たにハイブリッドを作り始める自動車メーカーはほとんどないはず」とも言う。言われてみれば、トヨタ式のハイブリッドの肝である遊星ギヤを使う動力分割機構の特許は、もう期限が切れている。しかし、同じものを採用したという他メーカーの話は聞いたことがない。特許があっても、モノを製造するには別の苦労があるのだ。
また、トヨタが公開した技術はハイブリッドだけではなく、EVにもFCV(燃料電池車)にも利用できる。つまり、「EVを作りたい」という要望にも応えられる。そういう意味で、ハイブリッドとEVが市場で対決するという構図も、トヨタの考えとは異なるのだろう。トヨタはEV技術も持っており、近く中国やインドなどでEVを投入する予定もある。
「ライバル社のEVがトヨタのハイブリッド車を駆逐する」のではなく、「トヨタの販売するハイブリッドとEVのうち、徐々にEVの割合が増えてくる」というのがトヨタ視線ではないだろうか。
厳密に考えれば、トヨタがサプライヤーになることと特許の公開は、関係のない話だ。部品を供給しつつ、特許料を徴収してもいい。それに対しては「トヨタ的に儲かるものではありません。いろいろな人とビジネスをするというアピールになる。姿勢を示したい」と寺師氏は言う。特許の公開には、トヨタの新しいビジネスへの挑戦という真の狙いがあったのだ。
筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。
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